外国人
「アリー。綺麗だ。ありがとう」
ニックがそう言うと、アリソンは再びカツラを着用した。
「・・俺の父親は誰なんだろうな?」
ニックがポツリと呟く。
「誰か分からないの?」
アリソンの問いにニックは首を振った。
「・・・使用人の噂だと母親が呼んだ外国からの商人が黒髪だったそうだ」
「外国から来た商人?外国人が国に入れるなんて知らなかったわ。何かを買ったの?」
「分からない。ただ、母は野心家だった。絶対に特定されない毒を外国から買おうとしたという噂があった。当時正妃、つまりアランの母君が妊娠したばかりだったからな。まったく・・・」
「そっか・・・」
改めてニックが辛い子供時代を過ごしていたことを実感してアリソンの胸は苦しくなった。
ニックは遠い目をして何かを考えている。
「アリー、絶対に特定されない毒なんて聞いたことがあるか?」
アリソンはぶんぶんと首を横に振った。そんな彼女の頭をニックは優しく撫でる。
「この国ではポーションで毒を生成する時も必ず魔法を使うだろう?俺の母親が買おうとした毒は魔法を全く使わずに植物から抽出した毒物だったらしい。だから、魔法で痕跡を辿ることができない。外国でしか手に入らない物だったそうだ」
確かにこの世界では便利に魔法を使っているが、前世のように毒を検出するような検査技術は存在しない。
「まったく・・・・その結果、浮気してりゃ世話ねーぜ」
自嘲するようなニックの言葉にアリソンの胸はズキリと痛んだ。
***
翌朝、ニックの提案でジンル ―― 巨大な一枚岩を目指して歩くことにした。
港には騎士団が常駐しているが、得体のしれない輩も多く治安が心配だという。
ジンルは神聖な存在として厳しい立ち入り制限をかけられているので、誰かが侵入した場合はすぐに近衛騎士団が転移してやって来る。
以前ニックは近衛騎士団でジンルに侵入した賊を捕えたことがあるそうだ。
「人間がジンルに触れるとすぐに警報が鳴り、王宮と教会に伝わる。だから、俺たちがジンルに近づけば騎士団が俺たちを捕まえに来るだろう。ま、保護されることになる。特に王宮ではアリーが居なくなったことで大騒ぎになっているだろうし」
「そうね。何の目的で、魔法陣で飛ばされたのかは分からないけど・・・王宮に戻ればきっと調査してもらえるわね。えっと、それじゃまず・・・」
そう言うとアリソンはスルスルと手近な木に登り始めた。
「お、おい!?アリー?」
「ジンルがどこにあるかを確認するだけよ。大丈夫よ。慣れてるから!」
(・・・若き乙女がこんなに木登りが上手くていいのか?)
様々な疑問がニックの頭をよぎる。
木の枝で下から見えない場所に落ち着いたアリソンは慌ててニックに手招きをした。
「ニック!!!あっちの方角から馬が来る!ニックも木に登って隠れた方がいいわ!」
それを聞き、急いで木に登ったニックはアリソンの近くの枝に隠れた。
(ゆ、ゆれるな)
木の枝が多少しなりはするもののニックの重みは十分支えられるようだ。
二人で茂った葉の影に隠れていると、馬のいななきと蹄の音が近づいてくる。
四~五人のガラの悪そうな男たちが馬に乗ってやってきた。
その全員が黒い髪色だ。
「おい!焚火の痕だ!夕べはここに居たんだろう。まだ近くにいるかもしれない。探せ!」
リーダー格の男が叫び、他の者達は周辺を探しに行った。
しばらくして戻ってきた男たちは焚火の周囲の痕跡を探し始めた。
幸いアリソンたちはそこに何も残していない。
「・・・くそっ!役立たずがっ!あの女は港に来るはずだったんじゃないのか!?一晩中探して結局成果無しかよ!」
「ねぇ、早く戻りましょうよ。この辺りはマズいっすよ。あの岩から魔物が来るんでしょう?俺たちは魔力がないんだから、あっという間に殺されちまいますよ」
「あの女が近くにいるなら魔物は消えるはずだが、万が一居なかったら・・・。くっ!仕切り直しかっ。おい!戻るぞっ!!!」
そう言うと男たちは元来た方向へ去って行った。
アリソンとニックは用心のため、男たちの姿が見えなくなった後もしばらく木の上で待っていた。
「アリー、お前はどうやら魔法陣で港に送られる予定だったみたいだな。恐らくそこで人身売買組織に売り渡されるところだったんだ」
「そうみたいね。まさかコレットがあんなならず者たちと組んでるなんて想像も出来なかったけど」
「いや・・・コレット・ウィリアムズのような普通の貴族令嬢が外国の違法組織と関係を持てるはずがない。ウィリアムズ子爵が対外的な施策に携わっていると聞いたこともないしな」
ニックが腕を組んで考え込んだ。
「アリー、夕べゲームの話をしていた時に、ヒロインが外国の人身売買組織に売られそうになるっていう筋書きのこともチラっと言っていたな?」
「うん。ゲームの中では、アランと私の関係を嫉妬してアンジェラ・ポートマン公爵令嬢が人身売買組織にヒロインを誘拐させるストーリーがあって・・・」
「・・・アンジェラ・ポートマン公爵令嬢、ね。アランに頼んでコレット嬢との繋がりを調べてみるか・・・」
ふむ、とニックは手袋をした手で顎を擦る。
アリソンはもう一つ気がついたことがあった。
「ニック、あの男たちの言葉には独特のアクセントがあったわね?」
「あいつらは外国人だ。多分・・・。この世界は基本、どの国でも意思疎通はできるって聞いたことがある。ただ、地域ごとのアクセントがあるだけで」
「え!?そうなの?」
アリソンは前世日本を思い出した。日本各地に方言はあるけど基本どこでも日本語が通じるのと似たようなものなのかもしれない。
「外国人は黒髪が多いのかな・・・」
ぽつりとニックが言った。
「どういうこと?」
「この島の外のことはほとんど知られていないが、俺の父親は外国から来た商人だった可能性が高い。そいつは黒髪だったという噂だ。馬に乗ってた奴らもみんな黒髪だったろう?」
「そもそも、どうして外国のことがこんなに分からないのかしら?世界地図もないなんて異常じゃない?」
「この国の鎖国政策は情報統制も厳しいからな」
「いずれにしても、ニックのおかげで私は助かったのね。ニックが飛び込んで来てくれたから、魔法陣が乱れて港に私は飛ばされずにすんだ。危うく人身売買で売られるところだったわ。ありがとう。ニック」
アリソンがニックの目を真っ直ぐ見て御礼を言うと、彼の顔が唐辛子のように赤くなった。
「い、いや。お前を守るのは俺の仕事だし・・・」
「ニックに守ってもらって、私は幸せだわ。本当にありがとう」
「・・・・・・」
ニックは黙ってアリソンの顔を見つめ返すと、思い切ったように口を開いた。
「アリー。俺は生涯お前を守るよ。夕べ俺に秘密を打ち明けてくれて、すごく嬉しかった。でも、同時に怒りで爆発しそうだった。君が男嫌いになったのも無理ないと思う。これからは俺が絶対に守る。誰にも指一本触れさせやしないと誓うよ。だから・・・だから・・・」
「だから・・・?」
「だから、もう修道院に戻るなんて言わないで欲しい。俺の傍にずっといて欲しい」
「え・・・?」
アリソンの顔がカーっと熱を帯びる。
(そ、それって・・・告白・・・みたいじゃない?)
「ち、ちがう!誤解しないでくれ!俺がアリーを守れるようにずっと近くに居て欲しいってことだ!近くにいないと守れないからなっ!!!」
「そっか・・・でも、それだとニックの負担だけが異常に大きくなっちゃわない?申し訳ないというか・・・」
「俺がそうしたいんだっ!!!お前を守らせてくれ!」
ニックが必死の形相で叫ぶ。
アリソンは彼の表情を見て考え込んだ。
これまでだったら、即否定、何があっても修道院に行くと主張していただろう。
しかし、ニックと一緒に過ごすようになって、安心感を覚えるようになったのは本当だ。
彼は真摯に護衛の仕事に取組み、アリソンが不安を感じないように守ってくれている。
(ニックは正義感が強いから私のことを放っておけないのよね・・・そんな風に責任を感じる必要ないのに)
ニックの気持ちを無碍にしたくないと思ったアリソンは
「ありがとう。まだ卒業まで時間があるから・・・考えてみるわ。出来るだけニックに迷惑を掛けたくないし、私も強くなるように頑張らないとね」
とニッコリ微笑んだ。
ニックはアリソンの言葉に大きく目を見開いた。
「ホントか?!マジか!?」
「うん。考えてみる」
「やった!!!」
と叫んだニックがバランスを崩して枝から落ちそうになり、慌てて木にしがみついた。