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過去のトラウマ

*主人公が過去のトラウマを語ります。前半に暴力的で辛い描写がありますので、苦手な方は回避推奨です。


野宿はアリソンの独壇場だった。


森の中で比較的安全な場所を選び、火をおこす。


木の実を摘み、川で捕まえた魚を焼いて夕食にした。


「・・・アリー、お前、やっぱ逞しいんだな」


あまりに手際が良くて、感心したというよりは呆れた口調でニックが言った。


「はは・・・」


とアリソンは頭を掻いた。




夕食の後、焚火を囲んでアリソンは前世の記憶のことを話し始めた。


前世の生活のこと。事故死したこと。ゲームの世界に転生したこと。


目を丸くしながら聞いていたニックは一度も聞き返したり質問したりしなかった。


静かに、時折頷きながら聞いてくれた。


「それでね、十二歳の時だったの。中学校に入ったばかりの頃。学校からの帰り道、一人で道を歩いていたら突然知らない男に口を塞がれて、人のいない路地裏に引きずり込まれたの・・・地面に押し倒されて、服をビリビリに破られて・・・必死で悲鳴をあげて抵抗したら、顔を何度も殴られて馬乗りになって首を絞められた・・・口の中が切れて血で一杯になって・・・息が出来なくて苦しくて。首の痣が消えるまで何週間もかかったわ」


ニックの顔がピリリと強張った。眉間に深い皺が寄る。


アリソンは話し続けた。


「悲鳴に気づいた通行人が来てくれて・・・そいつは逃げ出したけど・・・怖くて体の震えが止まらなくて・・・。怖くて・・・怖くて・・・」


アリソンはガタガタ震えながら自分の体を抱きしめた。


「無事で良かったね、ってみんなが言ったの。でも・・私にとっては全然無事じゃなかった。その後も独りで歩いているだけで思い出して怖くて。男の人が近くにいるだけで怖くて・・・不安で・・・緊張して・・・。震えが止まらなくなって・・・」


アリソンの目尻からぽたりぽたりと涙が零れ落ちる。


一旦泣き出したら止まらなくなった。


ニックは困ったような顔でそっとアリソンの手を握ろうとしたが、彼女が思わずビクッとすると慌ててその手を引っ込める。


「・・・ごめん」

「なんで謝るの」

「お前を慰める言葉を知らない」


彼女は必死に首を横に振った。


「・・・いいの。お父さんとお母さんには『聞きたくない』って言われて、結局誰にも話したことなかったんだ。通りがかりの人が警察に電話するって言ってくれたんだけど、駆け付けたお母さんが断っちゃって。その後も外聞が悪いって、警察に行かせてもらえなかったから。話せて・・・良かった。嫌な話なのに聞いてくれてありがとう」


端整なニックの顔が怒りで歪んだ。


「くそっ、そいつを殺してやりたい。俺がいたら・・・絶対にお前を守るのに!」

「ありがとう。そう言ってもらえるだけで嬉しい。だってね。酷いことを言う人がいたの。実はやられて感じてたんだろうとか、淫乱とか、同情を買おうとしているのかとか・・・色々。それも辛かった」


それを聞いてニックが拳を握りしめて立ち上がった。怒りの持って行き場、おさめようがないというようにうろうろとその場を歩き回る。


「くそっ!腹の虫がおさまらない・・・。怒りで頭がおかしくなりそうだ!そんな・・・酷い目に遭っていたら男嫌いになるのも当然だ」


「うん。しかも、この世界は乙女ゲームの世界でね・・・しかも特殊な」


「さっきも説明してもらったが、よく分からないんだ。ここはお前がいうゲームの世界そっくりなんだな?ゲームの筋書きに沿ってお前は色んな男たちと関係を結ぶって言っていたが・・・」


「そうなの。ニック。あなたとも放課後空いている教室で・・・そういう身体的接触を行っていたわ」


「・・・俺と・・アリーが?」


呆然とそう呟くとニックの顔が完熟トマトのように真っ赤になり頭から湯気が立ち昇った。


その様子がおかしくてまたクスクス笑ってしまった。


「銀髪の乙女は色んな男性と関係を結ぶ運命なの。それを避けたくて修道院に入ったのよ」


「・・・そうだったのか。それを聞くと・・うん、そうだな。納得できる。まだ子供だった俺に話せなかった理由も分かる。話してくれて、ありがとう。俺が勝手にアリーに捨てられたと怒っていて・・酷い態度を取った・・・本当に悪かった」


ニックの言葉には真心が籠っていて、アリソンの目尻から大粒の涙がポロリと零れ落ちた。




涙が止まらないアリソンにニックは手袋をした手を伸ばした。


柔らかい革越しにニックの大きな手のひらを頬で感じる。


(ああ、やっぱりニックの手はホッとする)


アリソンは、すり・・・と頬を手に押し当てた。


ニックは顔を赤く染めて


「アリー、アリーのことは俺が守る。絶対に誰にも指一本触れさせない」

「ありがとう」


アリソンは微笑んだ。


「ごめんね、迷惑かけちゃうね。どうして私は銀色の髪になんか生まれたんだろう?せめて普通の髪色だったら・・・」

「そうだな。俺もずっとそう思って生きてきた」


それを聞いてアリソンは激しく後悔した。ニックの方が髪色のせいでずっと酷い目に遭ってきている。無神経な自分に腹が立った。


「っ・・・ごめんなさい。ニック、あなたの気持ちも考えずに・・・」

「いや、いいんだ。俺はアリーやアランに救われたからな」


「・・・髪の毛の色で人を区別するなんてバカげているわ」

「そうだな・・」


ニックがしんみりと答える。



「髪色の神話を知ってるよね?」


話題を変えようとしてアリソンは問いかけた。


「ああ。始祖となる神々が船に乗ってこの島に辿り着いた。銀色の髪の女神。伴侶たる白、彼らを支える青、赤、黄色の髪の神々と一緒にやってきて文明を築いたんだ。今の王家や貴族たちの祖先と言われているな」


「でも・・・髪色が違う人達が結婚したら、その子の髪はきっと混ざってそんなにはっきり色を維持できなくなるんじゃないかしら?ずっと不思議だったの。ゲームの解説では『髪色を保持するために組み合わせによる交配が義務づけられ・・』とか書いてあったような気がするけど、遺伝ってそんなに簡単にコントロールできるものじゃないし・・」


ニックは皮肉な笑いを浮かべた。


「俺の母親は俺を産んで国王の寵愛を失ったって聞いただろ?」


アリソンは小さく頷いた。ニックは気にする様子もないが、やはり少し気まずい。


「俺が黒髪だったから、それが母親の不義密通の動かぬ証拠になってしまったんだ」

「・・・どういうこと?」


「アリーが言った通り、子供の髪色の予測は100%当たるわけではない。だから、これはあくまで確率の話なんだが、一定の法則は存在する。いいか?」

「うん」


「白と三原色、つまり赤、青、黄色の組み合わせからは、白か三原色かのどちらかの色しか生まれない。例えば、白と青の子供の髪色は必ず白か青なんだ。白の確率の方が高いが、白以外なら青しかない。それは100%間違いない」

「あ・・・国王が白でカッサンドラ妃が・・・」


「そうだ。俺の母親は赤い髪だった。だから、子供の髪は白か赤のはずなんだ。それなのに黒の俺が生まれた」


(そうか・・確かにそれは浮気の証拠になってしまうのかもしれない)


「でも、ニックは何も悪いことしてないのに酷い目に遭わされて・・・」


ニックは苦笑いした。


「まぁ、俺はもう気にしてないけどな。・・この世界の髪色の遺伝は興味深い。例えば赤と青の組み合わせだったら、生まれる子供は赤か青か紫になる。確率は低いが紫が生まれる可能性があるんだ」


(なるほど・・・)


「王族と高位貴族は神話の時代から髪色を保持することに腐心してきた。下位貴族はそれほどでもない。だから、様々な色が混じった髪色になっている」


「色を保持することで魔力も保持できるから?」


アリソンの問いにニックはゆっくりと頷いた。


「そうだな。現に白と三原色は一番魔力が強い。・・もちろん、銀色を除けばの話だが」


アリソンはまだカツラを被っている。


「アリーの銀色の髪を見せてくれないか?」


ニックの願いにアリソンは躊躇した。


でも、彼の懇願するような表情に促されて、アリソンはゆっくりとカツラを外した。


暗がりでも光る銀色の髪がサラサラと肩へ流れ落ちる。


銀色に艶めく滑らかな髪の毛は彼女の胸元にかかる。柔らかな服を押し上げる胸元につい視線を奪われてニックの頬が熱くなった。動きやすい服装をしているがアリソンの華奢で清楚なのに煽情的な曲線を描く体形はわかる。


ニックはアリーに見惚れて心臓が波打った。そして、外見と中身のギャップの大きさに彼女の生きづらさを感じて可哀想だと思う。


誰もが羨む魅力的な容姿を彼女は疎ましく思っている。


大人びた妖艶な外見の内側に幼い女の子が膝を抱えて泣いているような、そんなアンバランスな印象を受けた。


ニックはその小さな女の子を守りたいと思った。


泣き止んで心から笑って欲しい、とそう願った。

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