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神領


アリソンが意識を取り戻すと、ニックが心配そうに彼女を見下ろしていた。


「あ・・・。ニック、どうしたの?私、何があったのかしら・・・?」

「あのコレットとかいう女子生徒が魔法陣を使ったんだ。離れた森に飛ばされたらしい」


「私を・・・狙ってたのね?ごめん、ニックまで巻き込んでしまって・・・」

「いや、間に合って良かった。彼女が何の目的でやったのかは分からないが・・・」

「ニック。彼女は『ごめんなさい』って叫んでた。きっと無理矢理やらされたんだと思う」


コレットの強張った青白い顔つきを思い出す。


「まあ、順当に考えるとそうだな。コレットの単独犯ではないだろう。目的が何であれ、俺が飛び込んで魔法陣を乱したから予定外のところに飛ばされたんだと思う」


ニックが腕を組んで考え込んだ。


「そうね・・・。それにしても、ここはどこかしら?」

「多分、神領にある森だ」

「神領!?それって立ち入り禁止の神聖な地域のこと・・・?」


この国では山や森を御神体とする不入の山や森が存在する。


その中でも最も神聖とされるのが島で最大の巨石のある神領だ。


アリソンは文献でそれを読むたびに前世のオーストラリアにあったウルル、昔はエアーズロックと呼ばれた一枚岩を思い出した。


(この島にはウルルに似た一枚岩がある。周辺は人が立ち入ってはいけない禁忌の神領だ。この世界で、その一枚岩はジンルと呼ばれている・・・)


「ニック、この近くにジンルがあるってこと?」

「ああ。俺は以前ジンルに来たことがある。多分間違いない。もう夕方で辺りが薄暗くなってきた。帰り道は明日探すことにしよう。今夜は野宿だ。早めに水と食料を確保した方がいい。魔物が来るかも・・・・・・いや、お前がいれば魔物は来ないから便利だな」


とニックが笑った。


「そうね。野宿は得意だから大丈夫よ。マグが少し心配だけど・・・」

「もう飛べるんだろ?」


マグパイのヒナは二週間もあれば飛べるようになる。


「そうね。水はあるし、エサも・・・蚊やハエを食べられるから一晩くらいは大丈夫かな」


アリソンは溜息をついた。


「一体何の目的があって・・・」

「分からない。銀髪の乙女を狙う奴らは多いからな。その内の一つだろうとは思うが」


「変装していても銀髪ってバレたってことかしら?」

「銀髪の秘密を知る者は絶対に口外出来ないように誓約の魔法を掛けられているはずだが・・・。戻ってからアランに相談しよう。それより食べ物と水だ。明日帰り道を探すためにも体力を温存した方がいい。ここからは港が近いが・・・」

「そうね」


ジンルのある神領は島の西側にある港に近い。


この国唯一の港はほとんど使用されることがない割に、常に重装備の騎士が警備する物々しい場所だ。


島の沿岸はカプセルのような結界で守られているので、ランカスター王国唯一の出入り口とも言える港の厳重な警備は、この国が外国からの攻撃をどれだけ恐れているかを示すものでもある。


「とりあえず今夜休めるところと、食べ物を探したいわね」


そう言ってアリソンは地面に耳をつけるようにして横たわった。


「アリソン、何をして・・・?」

「しっ。ごめんね。静かにして。足音も立てないでくれる?」


しばらくして立ち上がるとアリソンがある方向を指さした。


「多分あっちの方向に川があるわ。微かに水音と震動がしたから」


ニックは驚きつつも素直にアリソンの後について歩きだした。



***



「すごいな。本当に川があった!」

「ふふんっ!」


アリソンは得意気だ。魔法実習のために動きやすい乗馬服を着ているアリソンは、川岸でブーツを脱ぐと素足を水に浸す。


「綺麗な川だな・・・」


ニックが感心したように呟いた。


涼やかな水音を立てる川は透明で水底まではっきりと見える。


「水、冷たくて気持ちいいっ!」


鈴が鳴るようなアリソンの声にニックはふっと微笑んだ。新緑の森を流れる澄んだ川と清廉な乙女が描かれた絵画のような光景にニックは見惚れた。


(君と一緒だと同じ景色も違って見える)


思いがけなく魔法陣で飛ばされてしまったが、ニックはアリソンと二人きりでいられる状況に感動を覚えていた。



「私ね、サバイバルには自信があるの。魚を獲るのだって得意だか・・・」


と言いながら川の中を歩くアリソン。


「あ、あぶないっ!!!」


足をかけた岩が思っていたより安定が悪くグラグラしていたようで、アリソンは足を滑らせて思いっ切り川の中に落ちてしまった。



(・・・しまった!調子に乗るとすぐにコレだ!・・・・このポンコツ具合が情けない)



自己嫌悪を感じつつ必死で立とうとするが、川の流れが速くなかなか立ち上がれない。


もがくアリソンをニックが助け起こした。


「アリー!大丈夫か?怪我はないか?」


とアリソンの手を握ると、彼女がビクッと激しく震えた。


「あ・・・悪い。手袋をしていなかった」


慌てて手を離すニック。


「大丈夫!こっちこそごめんなさい!助けてくれたのに」

「いや、リズからもアリーに触れないようにって言われてたんだ。悪かった」


頭をガリガリ掻きながら謝るニックの顔をアリソンはまじまじと見つめた。


「な、なんだよ?」

「戻って来てから初めて『アリー』って呼んでくれたね」

「あっ!」

「嬉しい!」


アリソンの言葉にニックの顔が真っ赤になり片手で両目を覆った。


(・・・耳まで赤くなってる。かわいい)


アリソンは照れるニックの表情を見て、いつもより激しくなった心臓の鼓動をおさえるように自分の胸に手を当てた。



***



そして今、ニックは上半身裸になって魚を獲っている。


アリソンは自分が魚を獲ると主張したのだが


「絶対にダメだ」


とニックが許してくれなかった。


仕方なく火をおこすための材料を集めにかかっていたアリソンだが、彫像のように完璧な筋肉に覆われたニックの身体を目の当たりにして心臓がぴょんと跳ね上がる。


(あああ、変だわ。さっきから心臓のどきどきが止まらない。病気・・じゃないと思うけど)


当然ながら男性のそんな姿を見るのは初めてのアリソンは持っていた葉をパラパラと取り落としてしまった。



バシャンッと一際大きな水音がして


「捕まえた!」


と、ニックが満面の笑みを浮かべて大きな魚を頭の上に掲げる。


「すごいわ!!!」


パチパチパチと拍手をするアリソン。


しかし、裸に慣れずにそっぽを向いているアリソンに気づいて、ニックは岸に魚を置くと手早くシャツを身につけた。


しかし、慌てたせいかシャツのボタンを掛け違えたままで、濡れた髪から水がポタポタ滴り落ちている。


濡れた肌が艶めかしい・・・とつい思ってしまったアリソンはブルブルと頭を振り、魔法を使って彼の服や髪を乾燥させる。


フワッと心地よい風を感じたと思ったら全身乾いていた、という経験をしたニックは瞳を輝かせた。


「うわっ!!!スゲーな!やっぱアリーは魔法得意なんだな!」


自分の服や髪を触って乾いているか調べているニックの姿は幼い子供のようで可愛い。


その表情も少年のように興奮していて、アリソンは幼い頃の記憶を懐かしく思い起こした。


「うふふっ」


とつい笑ってしまったアリソンにニックはしかめっ面をした。


「おい!笑うなよ!」


一度笑い出すとなかなか止まらない。


「ご、ごめ・・・」


と言いながらクスクス笑っていると、ニックも思わずというように笑い出した。



ひとしきり笑い終えるとニックが真面目な顔になって


「そろそろ野宿の準備をしないと」


と促すがアリソンは余裕だ。


「大丈夫。慣れてるから」

「慣れてる・・・?」


思わず前世でのレンジャー経験から言ってしまったアリソンは内心『しまった!』と焦る。


「アリー」


久しぶりに聞くニックの優しい口調にアリソンの心臓が再びドキッと跳ねた。


「な、なに?」

「もう暗くなってきた。今夜眠る場所を見つけて落ち着いたらもっとお前のことを話してくれないか?」


「わ、わたしのことって・・・?」

「なんでそんなに男が嫌いなんだ?」


「・・・・・」

「俺の周りの女はみんな俺みたいな男が好きみたいだぞ。お前くらいだ。俺に触られて嫌な顔するのは」


「随分沢山の女の人に触れてきたのね?」

「・・・・妬いてるのか?」


「ち、ちがう!ただ、私は男の人には触られたくないし、近づきたくない。・・・怖いから」

「その理由を教えてくれないか?機会があったら話すと言ってくれただろう?隠していることがあるのは分かっている。俺を信じて話してくれないか?」


真剣すぎる眼差しに気圧されてアリソンは黙って頷くしかなかった。

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