懸念?杞憂?
ニックとアリソンが一緒に登校し始めて以来、ザワザワと彼らを取巻く噂が止まらない。
「え・・・?本当に付き合ってんの?」
「たかだか男爵令嬢が第二王子とって・・・釣り合わなくない?」
「でも所詮、黒髪と茶髪だからな。出来ない者同士でお似合いじゃないのか?」
とバカにする男子生徒は多い。
実はアリソンに振られた負け惜しみも入っているのだが、それを耳にする度にニックはイラっとせずにはいられなかった。
(アリソンは本当だったら『銀髪の乙女』として学校中、いや国中の崇拝を集める存在なのに・・・俺なんかと噂になって、彼女は嫌じゃないんだろうか?)
しかし、ニックの隣を歩くアリソンは穏やかで満足そうだ。
アリソンは手袋越しに手を握るのに慣れてきたようで、少しはにかみながらも躊躇せずに手をつないで歩く姿が愛おしくて堪らない。
話をする時の距離も近づいて、アリソンの澄んだ金色の瞳や肌の透明感や長い睫毛を間近で見られるようになったニックは暴走しそうな感情をコントロールするのに苦労していた。
一方、ホンワカした雰囲気で歩くアリソンを見て、ニックは不思議な感覚に囚われる。
(彼女はどうして銀髪を隠したがるんだろう?自分が特別な存在だって知らしめたくないんだろうか?)
じっとアリソンを見つめていると不意に彼女と目が合った。
「・・・やっぱりニックはモテるのね。ニックのことが好きな女の子たちが恨めしそうに私を見ているわ」
「そうか・・・?黒髪の俺なんかに興味を持つ女はいなさそうだけどな」
「ニックはそう言うけど、女子だって髪色だけで人を好きになる訳じゃないよ」
「そりゃそうだ。顔とか地位とか金とかそういうモノに惹かれる女は多いよな!」
「・・・ニックはどうしてそんなに女性不信になっちゃったの?」
「そういう女にばかり好かれてきたからだろうな。それに・・・」
「それに・・・?」
「なんでもない!」
ぷいっと脇を向いたニックの表情は分からない。
「いずれにしても私に近づく男子生徒は急激に減ったから、安心して学校に通えるわ。ニックのおかげよ。ありがとう」
ふんわりと笑うアリソンはとても愛らしい。
そして、分かりづらいがニックの無表情も少しずつ緩み、柔らかくなってきていることにアリソンも気づき始めていた。
しかし、そんな二人を険しい眼で注視している人間がいる。
アランである。
当初は偽装恋愛に賛成していたが、徐々に距離を縮めていく二人を見て密かに危機感を募らせていた。
アランは重度のブラコン、かつ心配性なのである。
このまま二人の関係がうまくいけばいい。
でも、そうならなかった場合・・・
アリソンのせいで再びニックが傷つくのではないかと懸念しているのだ。
「アリー。ニックのことを弄ばないでくれよ?」
突然アランから糾弾されてアリソンは狼狽した。
「は!?なんの話?」
「お前は卒業したらまた修道院に戻るんだろう?」
「うん!」
「っ・・・・くそっ、だったら、ニックに期待させるな!」
「・・・期待って?」
「お前がずっとニックと一緒にいるつもりがないなら期待をさせるな。アリーが修道院に入った時、あいつがどんな風になったのか考えもしないんだろう?まったく残酷な女だ」
アランの言葉を聞いて、アリソンの膝からスーッと力が抜けていくようだった。
「・・・え?どういうこと?」
「アリー。ニックはお前が修道院に入った後、落ち込んでずっと人に会おうともしなかった。死んだ魚のような目をしてたんだぞ。お前に見捨てられて酷い有様だった。あいつの女嫌いと人間不信はお前のせいだ」
リズにも同じようなことを言われたことを思い出して、アリソンは地面にのめり込むくらいの衝撃を受けた。
ニックは母親に捨てられて心に大きな傷を負った。さらに一緒に過ごした幼馴染にも捨てられたと感じたのかもしれない。幼かった彼の「行かないで」という切実な瞳を思い出して、罪悪感で胸が苦しくなる。
そんな酷いことをした女と恋人の振りをするなんてやっぱりニックにとっては苦痛だろう。
彼は優しくて仕事熱心だから嫌だという気持ちを言い出しにくいのかもしれない。
「だから、アリー。お前は修道院に戻るのを諦めて・・・」
アランがまだ何か言いかけているが、アリソンの脳には入ってこなかった。
「ごめんなさい!!!私はニックに恋人の振りを頼む資格なんてないから、もう止めるように伝えます。教えてくれてありがとう!」
「え!?いや、そうじゃなくて・・・アリー、おい、アリー!ちょっと待て!」
アリソンはニックの元に走り、もう恋人の振りをする必要がないことを伝えた。
ニックの眉がピクリと動き、急激に表情が険しくなる。
「・・・どういうことだ?」
「あの、だから、ニックに無理させるのは申し訳ないから、ある程度落ち着いたらすぐに偽装恋愛は解消して・・・」
というアリソンの言葉を食い気味に
「お前はもう俺が嫌になったのか?!黒髪だからか?!」
と悲痛な声をあげるニック。
「髪色なんて関係ない!嫌になったとかじゃないのよ!・・・逆よ。ニックが私のことを嫌なんじゃないかって心配で・・・」
「そんな態度でひとを煽っておいて・・・」
ニックの顔が辛そうに歪んだ。
「これからも解消はしない!いいな!」
と怒鳴ると、彼はノシノシと立ち去って行った。