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デート?


学院から一番近い繁華街までは乗合馬車に乗って二十分ほどで到着する。


馬車から降りる時にもニックはアリソンが転ばないように気を使ってくれた。


直接手を触るようなことをせずに「よろけそうなら俺の肩を掴め」と言いながら、アリソンが着地するまでちゃんと見守ってくれる面倒見の良さにアリソンの心臓がトクンと弾んだ。


嫌われていないという安堵と大切にされているようなくすぐったさで、アリソンは嬉しそうに隣を歩くニックを見つめる。


(横顔もカッコいいな)


と見惚れていると、彼を見つめる熱い視線があちらこちらから飛んでくることに気がついた。


街中を歩いていてもニックは目立つ。黒髪自体が珍しい上にやたらと背の高い美形が歩いているので、通り過ぎる女性たちの視線はニックに釘付けだ。


(やっぱりモテるのね~)


と感心しながらアリソンはニックの隣を歩いているが、実はアリソンも同じくらい男性の視線を集めていることを本人は自覚していない。ニックがアリソンに集まる視線に苛々しているだけである。




恋人の振りをする練習のはずだったがデート未経験の二人は、色んなお店をのぞいてきゃっきゃっと楽しむような時間を過ごすことができない。


一直線にお店に行き、二人でお揃いの革の手袋を購入した。薄茶色で柔らかい素材の手袋は触り心地も良い。


買ったその場で即座に手袋を装着するニック。


そして、アリソンに手を差し出した。


(だ、だいじょうぶかな・・・?)


アリソンも慌てて手袋をつけると、そっとニックの手に自分の指を重ねる。


(大丈夫そうだ。・・・怖くないわ)


ニックと顔を見合わせて『よし!』と頷いた。


「買い物も終わったし、もう帰るか?」

「そうね。もう用事もないしね!」


という会話を聞いていた親切な店員さんは


「え!?もう帰るんですか?今日は広場でマーケットが開かれてますよ。美味しい屋台もあるし、ちょっと見て行ったらどうですか?」


と声をかけた。


「・・・マーケット?」


アリソンの胸が期待に膨らむ。今世の人生でマーケットに行った経験はない。というより普通の人間が当たり前に体験するような生活を送ってこられなかった。


(マーケット。小さなお店が沢山あって、見ているだけでもきっと楽しいわ。屋台の食べ物も美味しそう。でも、これ以上ニックの時間を奪ってしまうのは我儘よね)


そんな彼女の表情を見ていたニックは躊躇いがちに


「行きたいか?」


と聞いてみる。


おずおずと申し訳なさそうに頷くアリソンの顔を見て、ニックは彼女の手を引っ張った。


「行くぞ!」


彼の力強さを手袋越しに感じたアリソンは思わず顔を赤らめた。



***



マーケットは多くの人でにぎわっていた。


混雑に慣れていないアリソンはすぐに通行人にぶつかりそうになるが、その都度ニックは壁になって守ってくれたり、ぶつからないように誘導してくれたりする。


男の人に近づくのが怖くて堪らないアリソンだったが、ニックと手をつないでいると心強くて恐怖を感じることはなかった。



マーケットには沢山の屋台が出ていた。美味しそうな匂いが押し寄せてきてアリソンのお腹がぐぅーっと鳴る。


「・・牛の鳴き声がしなかったか?」


というニックの台詞にアリソンは真っ赤になった。


「私のお腹が鳴った音です」

「・・・・そうか。勇ましいな」


穴を掘って自分を埋めたいアリソンだが、ニックが気にする様子はない。


「腹減ってんだろ?おい。これ美味そうだぞ!」


と勧められた串カツを購入して、揚げたてのカツを口に頬張った。ジューシーな肉汁と旨味が口の中一杯に広がる。ソースにもコクがあって肉とピッタリ合う。


「美味しい!」

「飲み物もある」


と言って差し出されたのはライムティーだ。甘くてさっぱりした喉ごしとカツとの相性は抜群でアリソンはゴクゴクと飲んで喉の渇きを癒した。


もきゅっ、もきゅっ、とカツを口一杯に頬張るアリソンを見守るニックの表情は柔らかい。


「ありがとう。ニックは優しいね」


ニックもまんざらではないようだ。


「・・他にも美味いものがあるから」


とあちこちの屋台を連れ回すニックはいつになく生き生きとした表情を見せている。


「もうお腹いっぱい!」

「・・・そうか?」


そこはかとなくがっかりした様子のニック。


「満足したか?」

「うん。すごく美味しかった。こんな美味しいものを沢山食べられたのは久しぶりだわ」

「そうか」


というニックの顔は堪らなく優しかった。


(今、恋人同士の演技をしているのね。さすが女慣れしているんだわ。好きな人にはこんな表情をするのかな・・・・ちょっと羨ましいかも)


アリソンが複雑な心境で俯くと


「おい!どうした?」


とニックに尋ねられた。


「ううん。ニックはカッコいいからモテるんだろうなって。私なんかに付き合ってくれてありがとう・・・迷惑ばかりでごめんね」

「えっ!?おい?何の話だ?迷惑なんかじゃないぞ。今・・・・・・・・・・俺のこと、カッコいいって言ったか?」


ニックが赤面した。こんな表情も再会してから初めて見る。


「うん。女性のエスコートも慣れてるから。女嫌いなのに女性の扱いが上手でエライなって思う」

「・・・っ、俺は女性のエスコートに慣れてなんかない!俺は女が嫌いだ!」

「そうなの?じゃあ、今日も苦痛だよね。ごめんね。早く帰ろう」

「そうじゃないっ!」


ゼエゼエと息を荒くするニックを見てアリソンは戸惑った。


「そうじゃない・・・?」

「・・・・苦痛じゃない。お前も楽しそうだったし、俺も・・・それなりに楽しい。」

「ホント!?」


嬉しそうに顔をほころばせるアリソン。


ニックは彼女に甘い眼差しを向けると


「頬を触ってもいいか?」


と尋ねた。


「あの、手袋をしたままなら大丈夫・・かも?」


手袋をしたままのニックの掌がアリソンの頬に触れる。


(あ・・・大きな手。気持ちいいな)


見上げるとニックが静かに微笑んでいた。

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