手袋
翌日もニックは寮までアリソンを迎えに来た。
黙々と学院まで歩く道のりでニックは思い切ったようにアリソンに話しかけた。
「あのさ、男が苦手なのは知ってるけど、お前は手もつなげないのか?」
唐突に聞かれてアリソンは戸惑った。
「・・・ほら。恋人同士だったら手くらいつなぐだろう?」
ああ、そういえば恋人同士の設定だったと思い出す。
「えっと、ごめんなさい。手をつなぐのもちょっと・・男の人に触るのは怖いかも」
「手袋をしてもダメか?」
「手袋!?」
アリソンは驚いた。
「手袋をして手をつなげば直接触れるわけじゃないから大丈夫じゃないか?」
(考えたこともなかった・・でも、確かに)
「そうね。もしかしたら大丈夫かも」
「よし!週末に手袋を買いに行くぞ」
「えっ!?どこに?」
「街に行くに決まってるだろう?恋人の演技の良い練習にもなる」
「ニックって・・・すごく仕事熱心なのね」
アリソンに言われてニックはぐっと詰まったが
「ああ」
と言うと、二人は言葉少なに歩き続けた。
***
週末、アリソンはニックと二人きりで街に買い物に行くことになった。
アランとリズは忙しくて一緒には行けないという。
アリソンは男の人と二人で出かける経験などしたことがない。緊張して前の晩は眠ることができなかった。
朝、身支度をしながら鏡の前でアリソンは憂鬱になる。
(あぁ、目の下にクマができてるなぁ。ニックは気にしないだろうけど・・・)
それでもニックに恥をかかせないように制服を着ることにしたアリソン。
持っている服の数が少ないので、制服以外にまともな恰好がない。
(まぁ、制服なら大丈夫よね。前世でもお葬式に行く時とか制服着てたし)
しかし、朝食の席でそれをリズに告げると彼女の顔が強張った。
「・・・アリー、私の服貸してあげるから、食べ終わったらすぐに私の部屋に来て」
ということで、あーでもないこーでもないとリズがコーディネートした結果、鏡に映るアリソンは年相応の可愛らしい少女になった。
茶色のカツラを被ったままだが薄く化粧をしたので、唇は薄い桃色のグロスでツヤツヤと光沢がある。薄水色のカジュアルなドレスだが、とても小さいとは言えない胸の部分に優美なレースの刺繍が施されていて清楚な印象を与える。ドレスの腰の部分で細くくびれた曲線はなまめかしくて、目を奪われる男は多いだろう。
「アリー。すっごく綺麗よ。思わず私もキスしたくなるくらい!」
リズの冗談にアリソンはクスクスと笑った。
「ありがとう。これならニックに恥をかかせずにすむかしら・・・?彼は本当にプロフェッショナルね。本物らしい恋人同士の演技を極めたいみたい」
リズは複雑そうにアリソンを眺めた。
「そうね~。今日は頑張って恋人らしいことをしていらっしゃいな。絶対に許可なくアリーに触れないようにとは伝えてあるから大丈夫よ。あいつは頑固で石頭だけに約束は守るから」
「リズ。本当にありがとう!じゃあ、行ってくるわね!」
アリソンは待ち合わせ時間より少し早目に出て行ったが、女子寮の入口には既にニックが立っていた。
(ま、まぶしい・・・なんという美貌!)
背が高いニックはすぐに目に入る。女子寮の中で女の子たちが彼を見つけて黄色い声をあげているのが聞こえる。
それも当然だ。
長い黒髪は無造作に後ろで結ばれており、後れ毛が襟足や頬にかかっているのが妙に色っぽい。すらりとして見えるけれども実は鍛え抜かれた堂々とした体躯には厚みがある。長く濃い睫毛に縁取られた切れ長の目は眼光鋭く、見つめられるだけで胸を打ち抜かれそうだ。すっと通った鼻梁に、少し薄い唇。凛々しい眉。顔が小さく背が高い理想的な体形。
彼の美丈夫ぶりにアリソンはごくりと喉を鳴らしてしまうほど緊張した。
ニックもアリソンの姿を見てポカンと口を開けた。
二人で言葉もなく見つめ合う。実はお互い恥じらっているのである。
(おいおいおいおいおいおいおいおいおい!ヤバい!可愛すぎだろう!!!!他の男たちに見せたくない!!!)
という内心の声を押し殺し、
「・・・行くか」
ようやくニックが声をかけて、二人は連れ立って歩き出した。