攻略イベント・・・だったのか?
ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、
ひっきりなしに泣き続けるヒナの目の前にアリソンはピーナッツバターを塗りつけた棒を差し出した。
ペックペックペックペックペック・・・
棒の周りをクチバシで擦り、ピーナッツバターを嬉しそうに食べるヒナ。
「うるせーな」
耳を塞ぐニックに
「ニックは私の部屋まで来ることなかったのよ。そもそも女子寮だし」
とアリソンが言う。
アリソンの素性とアランとニックが護衛であることは寮長には伝えられている。
国王直々の口添えもあり、二人だけは女子寮のアリソンの部屋に入ることを許されていた。
アリソンの部屋はわざと他の部屋から離れた人目につかない場所にあるが、それでも他の女性生徒には見つからないように厳命されている。
「いや、俺の仕事はお前を護衛することだから」
「女子寮なら安全でしょ?授業だってあるのに。あ、学院に連絡しないと」
「大丈夫だ。寮長に頼んで連絡してもらった。俺は授業に出る必要ない。お前の護衛の仕事がなかったら飛び級で既に卒業しているはずだった」
「え!?そうなの・・・なんだかますます申し訳ないわ。ごめんね」
「お前が謝ることじゃない。俺は仕事に私情を挟まない」
「誰か他の人に代わってもらってもいいのよ?もしくはリズとアランだけでも十分だし・・」
「大丈夫だっ!余計なことを言うな!」
強い口調で怒鳴られてアリソンはビクッと肩を揺らした。
「あ・・・ごめんなさい」
「いや、俺こそ。怒鳴るべきじゃなかった。悪かった。つい・・・」
ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ
気まずい沈黙の間にまたヒナが鳴きだした。
(助かった・・・)
ともう一度ピーナッツバターを与える。
「可愛いな。俺もあげていいか?」
「うん。どうぞ」
とアリソンが棒を差し出すとニックは嬉しそうに破顔した。
彫刻のような美しい横顔を見ながら、トクン、トクン、とアリソンの心臓が音を立てる。
少年のような笑顔でヒナにエサをやるニックを見ていると、昔の面影が鮮明に甦る。
「ニック。ごめん・・ね」
「ん?」
「勝手に修道院に入ることを決めちゃって。私もみんなと離れるのは寂しかった。でも、どうしても事情があって・・・。それにちゃんとお別れが言えなかったのも、ずっと心残りだった」
「・・・・・・・・・・・」
「大嫌いな人間から言われると気持ち悪いかもしれないけど、出来たらニックと仲良くしたいと思っているの」
「・・・・・・でも、どうせまた戻るんだろ?卒業したら修道院に?仲良くする意味なんてあるか?」
正論で返されてアリソンは言葉を失った。
「そう・・・だよね。ごめん。変なこと言った。私情を挟まないで私を守ってくれて本当にありがとうね。感謝してる」
「・・・・・・・・・別に、もう大嫌いって訳じゃない」
ボソリとニックが呟いた。
「ホントに!?」
アリソンが瞳を輝かせるとニックはガクリと肩を落とした。
「ああ、よえーな。俺」
と小さな声で自嘲する。
「ん?なに?」
「いや、なんでもない。森に虫を取りにいかないといけないな」
「そうね。もう学校はお休みしちゃったし、これから探しに行こうかしら」
「そうだな」
「ニックは来る必要ないわよ。私一人で・・・・」
「絶対に一人で行かせねーよ!」
のほほんと危機感のないアリソンにニックは厳しく釘を刺した。
***
その後、ヒナのエサを探しに森の中に入った二人は完全に形勢逆転していた。
虫だろうが八本足だろうが軟体生物だろうが、全く怖いものなしのアリソンに対して、ニックは節足動物が苦手らしい。
「大きな石の下には大抵いるのよね!」
ウキウキワクワク感まで漂わせるアリソンに
「おいっ!待て!まだひっくり返すな!」
と五メートルくらい後ずさりするニック。
「い、いいぞ!今だ!やれっ!」
安全地帯から堂々と指示を出すが、それでもアリソンが「えいっ」と石をひっくり返すとニックは「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「ああ、いたいた。沢山いるわね~」
ピンセットでガラス容器にポイポイポイと色んな虫を拾っては放りこむ。
「うちの子の好物が分からないからね~ふふんふん」
鼻歌まじりにエサ収集に励むアリソンに
「・・・やっぱり・・・ただものじゃない」
とニックは溜息をついた。
数日分のエサが獲れたと喜ぶアリソンにニックが話しかける。
「おい。そいつの名前、どうすんだ?」
「あ、そうね。何がいいかな。マグパイのヒナなのよね。マグパイはとっても賢いの。人の顔もちゃんと覚えてるし、攻撃されると相手の目を突いて応戦したりするのよ」
「へぇ、そりゃたいしたもんだな。で、名前は?」
「うーん。マグパイだから『マグ』とか?安直すぎ?」
「いや、いんじゃね?マグ、いいと思うぜ」
「じゃ、決まりね!」
***
(今日はニックとも少し打ち解けられたかもしれないな)
寝る前にその日の出来事を思い出すとアリソンの顔がほころんだ。
(もう大嫌いって訳じゃないって言ってたし・・・嬉しい)
やっぱり幼馴染とは仲良くしたい。
なんて、呑気に考えていた時に突如として思い出した。
(え!?あれってもしかして・・・攻略対象とのイベントだったんじゃ!?)
アリソンは動揺した。下手に好感度が上がって、ニックが攻略対象の本分に目覚めてしまっては大いに困る。
(でも・・・・好感度が上がったとしても、私の場合マイナスのカンストから始まってるし、恋が始まる好感度までは遥か遠いのではないかしら?うん。そうね。きっとそうだわ)
卒業まではもう一年もない。
逆に他の攻略対象と接触せずに、好感度が異常に低いニックとだけ時間を過ごせば安全なのではないかとアリソンは結論づけた。
(そうね!ニックなら何があっても私を好きになることはないだろうし、多少好感度が上がっても安全だわ!よしっ!)
心の中でガッツポーズを決めたアリソンだった。