幼鳥
翌朝、学院の女子寮の前にアリソンを待って佇むニックの姿があった。
端整な美貌に長い前髪が影を作り、少し憂いを帯びた表情が堪らない色気を醸しだす。がっしりと鍛え抜かれた体躯に抱きしめられたいという女性は多いだろう。
現に通りかかる女子生徒がひっきりなしに熱い視線をニックに送っている。
アリソンと一緒に出てきたリズは満足そうに微笑んで
「あら~。迎えに来たの?恋愛初心者にしては合格点じゃなーいい?じゃあ、私はお先に~」
とウィンクをしながら先に走って行った。
置いていかれたアリソンの顔が恐怖で強張る。
(ニックは二人きりにされたら、すごく嫌なんじゃないかしら?)
「あ、ああああの・・・ごめんなさい。迷惑ばかりで・・・」
「いや。いい。行くぞ」
相変わらず愛想はないが、いつもより近い距離で学院に向かって歩きだす。
「これくらいなら近づいても大丈夫か?」
(嫌いな相手なのに気づかってくれるんだ・・・優しいな)
「うん。ニックなら近くても大丈夫だよ」
(他の男子生徒だったら無理だけど・・・)
アリソンは心の中で独り言ちた。
寮から学院までは結構距離があり、森の中を抜けて行かなくてはならない。新緑の森には爽やかな空気が流れ、静寂の中に鳥たちの鳴き声だけが響き渡る。
朝早いせいか他の生徒の姿はほとんど見えない。
二人きりで森の小道を歩いていると沈黙が気になる・・・と思っていたが
ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、ぴーっ、
ひっきりなしに鳴く騒がしい鳥の声が聞こえてくる。
(なんの鳥かしら?ヒナの鳴き声みたいだけど)
そう思って木を見上げると、そのヒナがいるらしい巣を発見した。
(ああ、マグパイの巣かな。親鳥がいる)
黒と白のコントラストが美しいマグパイの親鳥が巣の近くの枝に止まっていた。
その時黒っぽい大きな鳥がその巣に近づくのが見えた。
―――― カラワンだ!
カラワンという鳥は他の鳥の巣から幼鳥、つまりヒナを盗んで食べてしまう。
当然ながら親鳥が即座に警告音を出し、カラワンを追い払おうと攻撃を開始した。
しかし、カラワンは大きい。マグパイの攻撃をものともせずに巣に近づくとヒナの一羽を嘴に咥えて飛び立とうとする。
(ひどい!魔法でヒナを助けて・・・)
と思った瞬間に、ニックが放った石がカラワンに当たってヒナが落ちてきた。
アリソンは慌てて魔法を使い、落ちてきたヒナを受け止める。
ピーピーと激しく鳴くヒナに怪我はないようだ。
「ニックが石を投げてくれたのね。ありがとう」
「いや、別に・・・」
(咄嗟にニックが石を投げてカラワンからヒナを助けてくれたんだ。すごい瞬発力と命中率!)
アリソンは魔法でフワリとヒナを浮かすと、慎重に巣の中にヒナを戻した。
ニックが意外そうに
「おい。一度人の匂いのついたヒナは親鳥が受け入れないって聞いたぞ」
と尋ねる。
(ああ、そういえば、これはニックとのイベントだったわ。このヒナを二人で育てて親密度を増していくイベントだったのよね。危ない危ない)
アリソンはゲームの内容を思い出してヒヤッとした。
「野生の鳥は確かに一度人間に飼われたら自然に戻すのは難しいわ。でも、ちょっと受け止めたくらいではそんなに匂いはつかないし、鳥の嗅覚はそこまで鋭くないからすぐに巣に戻せば大丈夫よ!」
得意気にサムズアップをしたアリソンの目の前に、たった今助けたヒナがヒューーーーッと落ちてきた。
(え!?)
親鳥が受け入れを拒否したらしい。
落ちてきたヒナを間一髪で大きな手のひらに受け止めるニック。
アリソンは激しく動揺した。
「あ、あぶなかった。ありがとう。無事で良かった・・・親鳥はもう受け入れないってことかしら?」
(そして、あんなドヤ顔をしてしまった自分が一番恥ずかしい!!!!!)
アリソンは穴があったら入りたかった。
真っ赤な顔をしてアワアワと口ごもるアリソンを見て、ニックがぷっと笑う。
「人間が育てるしかないってことだな。育て方は分かるか?・・・何を食べるんだ?」
前世でパーク・レンジャーをしていた頃、落ちているヒナや怪我をした動物の保護を何度もしたことがある。
「ピーナッツバターを食べるわ!一番いいのは生きてる虫なんだけど・・・」
「ピーナッツバターね・・・で、どうする。学校には連れて行けないだろう?」
「え、ええ。今から私は寮に帰って巣を作るわ。空き箱とタオルで・・・食堂でピーナッツバターを貰えたらいいんだけど・・・森に虫を探しにいかないといけないし・・・」
真剣な顔でブツブツ独り言を呟きながらアリソンはUターンをした。
ハンカチにそっと包んだヒナと一緒に寮の方向に歩き出すアリソンを見て、ニックは仕方ないなという風に苦笑すると、急いで彼女の後を追った。