恋人の振り
アリソンへの求愛行動をとる男子生徒は後を断たない。
リズだけでなくアランとニックも間に入らざるを得ないケースが増えた。
特にニックの怒気は凄まじく、殺意の籠った目線に恐れをなして逃げ出す生徒は多かった。
そうすると徐々に
『いくら幼馴染って言ったって、アラン様とニック様はなんであんな茶髪の娘を構うの?』
という女子生徒の反感が高まることは必至。
それが原因でアリソンがさらに女子生徒の反感を買うという悪循環に陥っていた。
アリソンと護衛たちは放課後空いている教室で話し合いを行った。
「アリーのフェロモンは予想以上だわ。そのうち暴走する男子生徒が出ると思う。しかも、表面上は単なる男爵令嬢でしょ?軽く見ている男たちもいるわ。ちょっとくらい手を出してもいいだろうって・・・腹立つけど」
クラスメートとしてすっかり敬語が抜けたリズが言う。
「そうだな。リズ。何か妙案はあるのか?」
アランの問いにリズは頷いた。アリソンは申し訳なさで小さく縮こまっている。
「ええ。アランかニックのどちらかがアリーと付き合っている振りをすればいいと思う」
「「「は!?」」」
綺麗に三人がハモッた。
「いやいやいや。それは無理よ!」
アリソンは必死に抵抗する。
「・・・いや、それはいい考えかもしれない」
とアラン。
「彼氏がいればある程度の抑止力になるし、その恋人を敵に回したくなかったら男子生徒も遠慮するんじゃないかしら?誰も王族を敵に回したくはないわ」
リズの言葉にニックも頷いている。慌てているのはアリソン独りだ。
「だ、だめよ。だって、嫌いな相手と恋人同士の振りをするなんて苦痛でしかないじゃない?そんな失礼なことをお願いできないわ!」
「アラン、ニック。どう思う?」
アリソンを無視してリズが尋ねる。
「「俺は構わない」」
ユニゾンで二人の返事が来た。
「ほら!じゃあ、アリー、どっちがいい?」
「は・・・え・・・?どっちって・・・」
周章狼狽するアリソンは、パニックになりすぎて言葉が出てこない。
リズがぷっと噴き出して
「分かってるわよ。アリーに選ばせるようなことはしないわ。ニックがいいわね。アランはモテすぎるし、王太子っていう立場は目立ちすぎて厄介だから。ニックはみんな怖がって近づかないからちょうどいいわ」
とニックに笑いかける。
ニックは無表情で何を考えているか分からないが、口は一文字に厳しく引き結ばれている。
アリソンは慌てふためいた。
「り、りず。ダメよ。ニックは私のこと、大嫌いなんだから・・・」
小さい声で伝えてもリズは「大丈夫よ!ね?ニック?」というだけだ。
ニックは
「俺は与えられた仕事をするだけだ」
と言って、アリソンの顔を見ることすらしない。
アランがふっと噴き出した。
「ニック。お前、恋人同士の振りをするんだったら、それに見合った態度を取らないといけないんだぞ。もっと巧みに演技しないとすぐにバレる」
アランに言われて、ニックが初めて動揺の色を見せた。
焦ったように
「俺だって恋人の振りくらいできる!」
と断言するが
「今まで誰とも付き合ったことないのに?」
とリズに言われて、少し顔を赤らめるニック。
アリソンはひたすらニックに申し訳なかった。護衛だけでも迷惑を掛けていると思う。更に恋人の振りなんて神経を逆なでされるような不愉快な行為に違いない。
「あ、あのね。無理にそんなことをしてもらう必要ないわ。・・・私のせいで本当にごめんなさい!」
深く頭を下げるとニックは嫌な顔をしてチッと舌打ちした。
「おい!ニック。恋人に舌打ちする奴なんているか!アリーの顔を見てみろ!」
そこで初めてニックはアリソンの方を見た。
彼女は泣きそうな顔をして俯きながら
「あの・・・みんな、本当に私のためにありがとう。でも、私は嫌がる人をわざわざ巻き込んで恋人の振りをしてもらうのはやっぱり・・・申し訳ないから。どうか・・その・・・」
と涙声で口ごもる。
ニックは『しまった!』という顔をしているが俯いているアリソンは気がつかない。
「いや、俺がやるから。仕事なら嫌とか言っていられない」
「いえ、そんな図々しいことをお願いできないわ・・・」
「いや、やるっつってんだから口答えすんな!」
ニックの大声にアリソンが更にビクッとしたので、リズが慌てて仲裁に入った。
「アリー。大丈夫。ニックだって嫌じゃないよ。ね?ニック?」
「・・・嫌ではない」
そっぽを向いてニックは言った。背の高いニックがそっぽを向くと、どんな表情をしているのかアリソンには分からない。
「はい。これで決まりね!」
リズが両手を叩いて無理矢理話をまとめた。