転校生
「初めまして。アリソン・ロバーツといいます。どうか宜しくお願い致します」
赤毛の担任教諭から転校生として紹介され、アリソンは教室の前で自己紹介しながら頭を下げた。
修道院で外界から切り離された生活をしていたアリソンは、ジロジロと無遠慮な視線を向けられただけでも緊張で体が強張る。
特に同じ教室に男子がいる環境にはどうしても慣れない。恐怖で皮膚がピリつくのを感じた。
クラスの男子生徒は顔を赤らめて熱心にアリソンを見つめ、女子生徒の目には敵意が含まれている。
中でも敵意の籠った目つきで睨みつけてくる赤い髪の令嬢がいた。
アンジェラ・ポートマン公爵令嬢。
このゲームの悪役令嬢だ。
アランやニックは完全な無表情で、興味なさそうにそっぽを向いている。
「男爵令嬢で茶色の髪・・・顔はまぁまぁかもしれないけど・・茶色なんてねぇ。くすくす」
「魔力なんてほとんどないんでしょ?学院に来る必要ある?」
「なんでこんな中途半端な時期に転入するのかしら?」
「あら?ご存知ないの?ロバーツ男爵令嬢は病弱でずっと引きこもりだったんですって」
「まぁ、引きこもり?魔力がなくて病弱なんて・・・最悪ね」
「へぇえ?ふふ」
陰口は覚悟している。病弱でずっと自邸に引きこもっていたという設定が広まっていることに安心しつつ、アリソンは目立たず無難に学院生活が終わりますようにと祈るばかりだった。
休み時間になると早速リズがアリソンに近づいてきた。
「どう?大丈夫そう?」
「うん。なんとか。リズがいてくれて心強いわ。同じ空間にその・・・異性がいることに慣れてないから・・・」
その時、隣の席の男子生徒が話しかけてきた。
「アリソン。良かったら昼休みに学校を案内するよ」
(ひぃぃぃ!)
単なる世間話ですらハードルが高いアリソンは、内心の悲鳴を隠しながら曖昧な笑みを浮かべた。
「いいえ。私が案内するわ。私も最近転校してきたばかりだから面倒をみてやってくれって先生から頼まれてるの」
リズがすかさず対応してくれてアリソンは内心ホッとする。
男子生徒は残念そうに頭を掻きながら離れていった。
「やっぱりね・・・アリー。あなたのフェロモンは凄いわ・・・。クラスの男子がみんなあなたの方を見てるわよ」
「え!?」
リズの言葉に周囲を見回すと、確かに多くの男子生徒がチラチラとアリソンに熱い視線を送っている。
アリソンは自分を女として見ているような眼差しを感じて吐き気がした。緊張で呼吸が速くなり眩暈までしてくる。
「ごめん・・・ちょっと風に当たりたい」
リズと一緒に教室の外に出ると、そこでもやはり多くの男子生徒の視線に晒される。
アリソンはリズと一緒に早足で建物の出口へと向かった。
アランとニックの周囲にも女子生徒が群がっていたが、彼らもさりげなく立ち上がりアリソンたちに続いて外に出る。
アリソンは人気のない中庭のベンチに座り、浅く速い呼吸をゆっくりとスローダウンしていった。リズが優しく背中をさすってくれる。
ふと影が落ちてきたので見上げるとアランとニックが立っていた。
「気分が悪いなら保健室にいけよ」
ぶっきらぼうにニックが言った。
「大丈夫。ごめんね。ずっと修道院で静かな生活をしてきたから、突然人が多くて緊張しちゃって・・・特に男の人と同じ空間にいるのが苦手なの」
ニックがチッと舌打ちをする。
「アリーは病弱という設定だから、保健室に行っても問題ない。リズが付き添うからしばらく保健室で休んでいた方がいいよ。俺が先生には話しておくから」
アランがそう言うとリズがうんうんと頷いた。
「え・・でも・・・初日からそんな」
「アリーは学校でもう習うことはないだろう?俺たちもそうだ。授業を抜けても問題ない。体調が一番大切だから気にすることないよ」
アランは心配そうな表情を浮かべている。
「俺たちが保健室の前で見張っているから大丈夫だ。お前に倒れられたりしたらこっちが迷惑なんだよ」
ニックが顔を背けながら早口で言った。
(私のことが大嫌いなのに、こんなに気遣ってくれるなんて・・・言葉はちょっと乱暴だけどニックも優しい)
「あの、ありがとう。迷惑かけてごめんなさい。本当に三人がいてくれて良かった!」
とアリソンが笑顔でお辞儀をすると何故か三人が同時に顔を赤くした。
「・・・まずいな」
とアラン。
「そうね・・・危険だわ。こんなフェロモンがあるなんて」
とリズ。
「・・・・・・」
とニック。
そんな三人に連れられてアリソンは保健室に向かった。
**
転入してから約1ヶ月が経ち、アリソンは徐々に男子がいる環境に慣れてきた。
ただその間、多くの男子生徒から遊びに誘われたり、告白されたり、様々なアプローチを受けまくった。
ニックに
「犬のふんに群がるハエみたいだな」
と例えられて、アリソンはなんとも言えない気持ちになる。
リズがすべてシャットダウンしてくれたが、女子生徒からは調子に乗っていると陰口を叩かれ、アリソンは正直凹んでいる。
彼女を攻撃する女子生徒の急先鋒はアンジェラ・ポートマン公爵令嬢だ。
ゲームとは違いアンジェラはアランの婚約者になっていない。
が、アランを気に入っていることは明らかで、しょっちゅう彼に纏わりついている。
もっとも、アンジェラは赤い髪の攻略キャラである教師エイドリアン・ジョンソンや黄色い髪の年下攻略キャラ、ドミトリー・エヴァンズ侯爵令息とも非常に仲が良い。
一方、ニックは群がる女子生徒にナメクジを見るかのような視線を送る。
あからさまに邪険に扱うので、さすがのアンジェラもニックには近づけないようだ。
しかし、アンジェラや他の女子生徒からの嫌味や嫌がらせはひっきりなしに続き、リズは常にアリソンを庇うことで忙しい。
アランとニックはさりげなく女子生徒を嗜めようとしているらしいが、アリソンを取りまく不穏な雰囲気はとうてい解消されそうにはなかった。