入学前
学院に入学するに当たって、アリソンはこれまで感じたことのない緊張を覚えていた。
前世で引きこもりになって以来、共学で学んだ経験はない。
同じ教室に同年代の男子生徒がいる環境に身を置くことになるとは思ってもみなかった。
修道院に入ればもう大丈夫と油断しきっていた自分を張り倒したい。
(こんなことになるのなら、もっと前世で免疫をつけておくんだった)
後悔しても後の祭りである。
十七歳~十八歳の男子生徒といえば、ほぼ大人と変わらないだろう。
修道院では護衛の騎士たちが建物の周りを巡回することはあっても、近づいて言葉を交わすことすらありえなかった。
とにかくクラスでは息をひそめて目立たず空気のような存在になろうと心に決めた。
「え?アリソン・ロバーツ?誰それ?そんな子クラスにいた?」
と言われるように努力するしかない。
アリソンはとりわけ自分が『銀髪の乙女』だと知られたくなかった。
色んなご利益がある銀髪の乙女だとバレたら、利用しようと近づいてくる人間がいるかもしれない。ハッキリ言って怖い。
『モテていいんじゃない?』などという発想は彼女には思い浮かばない。ひたすら恐怖しか感じなかった。
そして、一番の不安は・・・・
(ニックに大嫌いと言われてしまった。どうしよう・・・)
嫌悪に満ちた彼の顔を思い出すだけで、胸が苦しくて泣きそうになる。
ニックのことは幼馴染として大切な思い出が残っていたから、嫌われてしまったことが悲しくて胸が痛い。
大嫌いな相手を護衛するのは辛いだろう。
リズに護衛を代えてもらえないか尋ねたが、何度聞いても無理だという。
(ニックは責任感が強い。国王陛下からの命令には逆らえなかったのかな)
アリソンはニックと顔を合わせるのも気が重くて、深い溜息をついた。
***
『銀髪の乙女』だとバレたくないという気持ちは分かってもらえたようで、変装して入学することは認めてもらえた。だが、ロバーツ男爵令嬢という素性を隠す必要はないそうだ。
現段階で『銀髪の乙女』の存在は王家と教会の関係者しか知らない。
出自をでっちあげる方が怪しまれる可能性があると説得された。
但し、銀色の髪をそのままにするわけにはいかない。
髪を染めようと試みたが、艶やかな銀色の髪は何色にも染まらなかった。
思い切って全部剃り落としても翌日には再び生えそろっていた。
せいぜい帽子やスカーフで隠すくらいしか方法がない。仕方がないので結局茶髪のカツラを被ることにした。
また、アリソンが大嫌いな凹凸の激しい官能的な肉体もどうしようもなかった。
甘いものを食べまくっても、逆に断食しても変わらない理想的な体形。
必死に筋トレしてボディビルダーのお姉さんを目指した時期もあった。鍛えた甲斐があって確かに力は強くなったが、それが外見に反映されない。
真っ白スベスベ肌の男心をくすぐる肉感的な体形は、羨ましいといえば羨ましいのだろうが、これが男どもの劣情をくすぐるのかと思うと、ただただ恨めしかった。
(はぁぁぁ、本当に私にとっては無用の長物だ)
様々な検討を重ねた結果、大きめサイズの制服を着て茶色い髪のカツラを被るという比較的穏当な変装に収まった。
編入するクラスの担任は赤毛の攻略キャラであるエイドリアン・ジョンソンだ。伯爵家の次男で魔法学院の魔術担当の教師であるが、ゲームではやたらと魔術が強いという印象しかない。
白のアラン、黒のニック、青のリズはクラスメートとしてアリソンを危険から守る役割を担う。リズはアリソンの数か月前にコッソリと転入していたが、年齢を感じさせないリズは制服を着ても何ら違和感がない。
「・・・まったく、この年になってまた制服を着るようになるとは思わなかったわ」
とぼやくリズにアリソンは頭を下げた。
「リズ。ごめんね。でも、リズが同じクラスに居てくれるとものすごく心強いわ。本当にありがとう」
「いいのよ。今でもアリーの護衛をしていた頃が一番楽しかったなって思い出すの。もう七年も前なんて信じられないわ」
リズはアリソンの頭を優しくポンポンと叩いた。
リズはクラスメートとして振舞うためにも話し方を変えている。
「茶色の髪で男爵令嬢のアリソンに、アランとニックが引っ付いていたら疑問に思うクラスメートがきっと出てくるわ。だから、アリーは子供の頃、教会の慈善活動で一緒になった幼馴染だったっていう設定にするわね。ま、嘘じゃないし。その後、病弱で学校に通うことが出来なかったアリソンがようやく登校できるようになったので二人が気にかけているっていう設定でどうかしら?」
(うぉお、ちゃんとした設定だ。やっぱりそこまで考えないといけないのよね)
「ありがとう、リズ。分かったわ。それなら納得してもらえるかな?でも、私は基本的にリズとずっと一緒にいるつもりだから。あの二人と居ると目立ちそうだし・・・」
「それはそうね。いいわよ。ただ、彼らと一緒にいなきゃいけない場面も絶対にあるから、その設定は忘れないでね」
「はい。ありがとう。ねぇ、リズ。それよりもアランとニックは、私の護衛をしたくないのよね?無理言って本当に申し訳なくて・・・」
「あの二人は気にしなくていいわ。他に適任はいないし、彼らが志願したのよ」
「そうなの・・・?だって、ニックは私のことが大嫌いって言ってたわ」
思い出すだけで胸がズキリと痛む。
「アリー。ニックの言葉は忘れた方がいいわ。あの子はちょっと・・・拗らせちゃってるから」
「拗らせ・・・?」
「思ってもいないことを言っちゃうことがあるってことよ」
「うーん、でも・・・ねぇ、リズがいればニックとアランには護衛をお願いしなくても大丈夫じゃない?リズは強いし、私もそれなりに鍛えてきたのよ」
リズは難しい顔で顔を横に振った。
「あのね・・・アリーは自分の魅力を分かってないでしょ。私ですらクラクラと惹きつけられるようなフェロモンが出てるのよ。男だったらひとたまりもないわ。国王陛下からも最低三人の護衛をつけるように言われてます。恋愛感情を抱かないような護衛を所望してたでしょ?そういう意味では女嫌いのあの二人は適役なんです。それに二人とも剣技でも体術でもずば抜けて強いの。個人的な感情を仕事に挟むタイプではないので安心して大丈夫よ」
(間違っても好かれそうにないというのは安心だけど・・・やっぱり申し訳ないな。せめて迷惑を掛けることがないように気をつけよう)
「なんで二人とも女嫌いなのかしら」
私が呟くとリズは苦笑いした。
「まぁね、二人ともモテすぎるのよ。アランは王太子という地位に惹かれる女性が多くてうんざりだとしょっちゅうこぼしているわ。ニックは顔目当ての女ばかりで疲れちゃったんじゃない?それに子供の頃にアリーに捨てられたトラウマがあるのかもね?」
「私!?私、捨ててなんて・・・」
「修道院に入るということは全てを捨てるということよね?」
「・・・・」
アリソンは言葉に詰まった。
「ごめんね。冗談よ。ニックは顔面がいいから色んな女が寄ってくるのに黒髪のせいで侮られたりして・・・。むしろそっちの方が原因よ」
(でも、ニックは『特に私のような女が大嫌い』だと言っていた)
アリソンの顔が曇り、リズはすまなそうにアリソンの頭をポンポンと撫でた。
「ごめんね。そんな顔させたかった訳じゃないの。本当にニックのことは気にしないで大丈夫だから」
それでもアリソンの気持ちが晴れることはなかった。