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2-2

 招き入れられるままに室内へ入ると、相変わらず冷房の良く効いた部屋は、外界とは遮断された異空間の様な空気を生み出していた。

「コーヒーと紅茶、どっちが好き?」

 キッチンの方からゼロの声が聞こえ、ユノは不思議そうにそちらへ視線を送った。

「……水以外にも物があったのね」

「買い物に行ったんだ。昨日はまだ起きたばかりだったから何もなかったけど、最低限の物は用意しておかないとね。僕も食べなきゃ死んじゃうし。それで、どっち?」

「……紅茶」

「了解。なんか女の人って紅茶好きだよね。ミルクと砂糖は?」

「お願いするわ…………なに?」

 視線を感じユノがそちらの方を見ると、キッチンから頭だけ出したゼロの不思議そうな顔が目に入った。

「いや、なんかストレートで、って言いそうだったから意外だなって思って。じゃあせっかくだからロイヤルミルクティー淹れるね」

 ゼロはそう楽しそうに言うとまたすぐキッチンへと引っ込んで行った。

(ロイヤルミルクティー……そんなものも知っているのね)

 ユノは小さく息を吐くと、ソファに深く座り込んだ。

(クローンて、何なのかしら?)

 自称敷島博士のクローンであるゼロは、確かに外見は博士にそっくりだった。だが、彼は特殊な環境下に置かれつい最近目覚めたばかりだというのが本当であれば、その知識はどこからくるのであろうか? と淹れたばかりのロイヤルミルクティーを手にこちらへ来るゼロを見やった。

「なに? なんか変なとこある?」

「いえ。ただ、起きたばかりだって言うのに、色々な事を知っているのねと思って」

 ゼロは一度ユノを凝視すると、すぐにその表情を和らげた。ああそんな事、と紅茶のカップをユノの前のテーブルに並べながら、自分もユノの前のソファへと腰を下ろす。

敷島博士(オリジナル)の脳がシステムの核になってるって話したよね? 昨日も言ったけど、パルカイを通してそこから情報は得ているんだ。目が覚めた時に、今の現実世界を取り巻く状況と、今までのクローンと敷島博士が得た情報を受け継ぐんだよ。だって、目覚めてその世界の事を一から学ばなきゃいけないなんて、非効率的すぎるでしょ?」

「確かにそうね……」

「だから、女の人が紅茶好きって話もそこから知ったんだけど、ユノちゃんもそう言ったから、やっぱりそうなんだなーって思って。だって、ユノちゃん以外に知らないからさ」

「……そうなの?」

「ええっ?! そこ疑ってるの? 心外だなー」

「いえ、疑っているとかそういう事じゃなくて。ただ、「赤い糸」についての意見を知りたいのであれば、沢山の人から聞く方が効率的じゃないかしら? と思っただけよ」

 ユノがそう言ってゼロを見ると、ゼロは手にしていたカップから紅茶を一口飲むと、ふむ、と少し考える様な仕草をしてみせた。

「……確かにユノちゃんの言う事は一理あると思うけど、僕はそうするつもりはないよ」

「どうして?」

「どうしてって、単純にそんな事してたら全国行脚しなきゃいけないってのもあるけど、もっと簡単な事だよ」

「簡単な事?」

「そう。僕は僕が選んだ人が「赤い糸」と共にあって幸せなのかどうか、っていうのを判断基準に決めたから。それだけだよ」

「え? そんなの困るわ。だって、それでシステムの未来が決まるって事でしょう? そんなの、やっぱり荷が重いわ」

 ユノはそう言うと手にしていた紅茶のカップをソーサーごとテーブルの上へと置いた。拒否する様に小さく首を横に振ると、ゼロは大きく息を吐き出した。

「だーかーらー、前にも言ったけど、そんなに大した事は起こらないって。それに、もちろん今までのデータも参考にするんだから、全部ユノちゃんの考えで決まるわけじゃないよ。だから安心して」

「でも……」

「じゃあさ、そんなに心配だったら、毎日僕のとこに来てよ」

「え?」

「それで、逐一全部僕に教えて。ユノちゃんの周りの人達はどう思ってるのか、世間はどう考えててユノちゃんはそれをどう思うのか。そうすればさ、ユノちゃんだけの意見だって思わなくていいでしょ?」

「それは、そうかもしれないけれど……」

「じゃあ決まりね。ここでもいいし、外でもいいし、毎日報告会しようね。それで、今日は?」

「え? あ……今日は……」

 なんとなくゼロに丸め込まれてしまった気がしないでもないが、ユノは言われるままに今日の成果であるアスナ達の考えを報告しようと口を開きかけ、ふとアキラの事を思い出した。

「そういえば、私の幼馴染があなたに会いたいって言っていたわ」

「僕に?」

 不思議そうな瞳を向けたゼロに、ユノはこくりと頷いた。

「ふーん。その幼馴染って男の子?」

「ええ、そうだけど。良く分かったわね」

「まあ、僕が逆の立場でも同じ事言っただろうしね」

「?」

 ゼロはそう言うとお茶請けに持って来ていたクッキーを一つ摘んで、パキリと豪快にそれを噛み切った。もぐもぐとゆっくりとそれを咀嚼すると、何かを考える様に宙を仰ぎながらごくりと飲み込んだ。

「いいよ。会うよ、その子に。そう伝えておいて」

「……ありがとう」

 ユノがほっと安堵の息を漏らすと、ゼロが不思議そうな瞳を向けた。

「なんでユノちゃんがお礼を言うの?」

「アキラちゃん……幼馴染の事だけれど、昔から少し突っ走る節があって、多分、あなたに会わないときっとずっと会いたいって言い続けると思うから」

「なるほど。それは手強そうだね」

「? アキラちゃんはいい子よ。ただ心配性なだけで、あなたを困らせる事はないわ」

 ユノがきょとんとした瞳をすると、ゼロはぱちくりと瞬いた。そしてすぐに口許を綻ばせると、

「随分とユノちゃんの信頼を買ってるんだね。これは本当に手強そうだ」

と、ゼロはカップを手にどさりとその身をソファの背もたれへと投げた。

「……じゃあとりあえず、今日の話をしてもらおうかな? その為に来てくれたんでしょ」

 ゼロはそう言ってユノへと話を戻すと、ユノは口からカップを放し、こくりと頷いた。


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