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4-2

 教師に頼まれるままあれこれと手伝っていたら随分と時間が経ってしまったな、とアキラは校舎の窓から見える空に小さく溜息を吐いた。

(ユノもう家に帰ったかな?)

 ユノが水嶋を手伝い始めてからというもの、一緒に帰る機会は極端に少なくなってしまった。いや、極端に少なく、というのは語弊がある。全くなくなってしまったのだ。アキラはそれに不満しかなく、それは頼み込んで会わせてもらった水嶋と言葉を交わしてからは更に募る一方だった。

(……ユノ、早く飽きてくれないかな)

 だが、癪な事に水嶋に言われた通り()()()()()()という立場ではいくら反対したところで強制力がなく、ユノに、

「大丈夫よ、アキラちゃん。相変わらず心配性ね」

と言われてしまっては、もはや何も言い返す事が出来ないというのが現実だった。

(……あいつが大人だって事だけは不幸中の幸いだったけど)

 それだけが救いだ、とアキラは小さく息を吐くと、教室へ入る為にパルカイをかざした。

「!…………て、キョウヤか。何してるんだ? こんな時間に」

 誰もいないと思っていた教室に思わぬ人影を見つけアキラはびくりと体を反応させたが、よく見るとそれは、なぜか一人居残っていたキョウヤの姿だった。アキラは迷わずそちらへ進むと、机に突っ伏して寝ていたキョウヤが顔を上げる。

「あ? あー……そっか、もう閉まる時間か。てか、アキラこそ何してんだよ?」

「それは僕の台詞だろっ?! 僕は先生に頼まれて手伝ってたんだよ。そっちこそ、デートしてない日があるなんて珍しいねっ」

 呆れた様にそう吐き捨てると、キョウヤがパっと目を大きく見開いた。アキラが何事かと見守っていると、あー、と小さく唸る声が聞こえた。

「ヤベー。遊ぶのすっぽかしたわ」

「キョウヤでもそんな事あるんだな」

 アキラは小さく息を吐いてキョウヤの前の席に座ると、キョウヤの瞳がくるりとアキラに定まった。

「なに? どーゆー意味?」

「おまえ、色んな子と遊ぶのが楽しいんだろ? なのにその楽しい事忘れてこんなとこで寝てるなんて事あるんだな、って意味」

「なんだそれ嫌味か?」

「はあ? なんでそうなるんだよっ。だってそうなんだろっ? 違うのか?」

 アキラは面倒くさそうにキョウヤを見ると、キョウヤは寝そべっていた体を起こして、椅子の背もたれに体重を掛けた。一瞬きょとんとした瞳をアキラへ向けるとキョウヤは、うーん、と突然唸り出して宙を仰いだ。

「……違うとか違わないとかじゃなくて、皆そうじゃん? どーせもうちょっとしたら勝手に決められんだし、遊んでいいって言われてんだから、遊んどかなきゃ損だろ?」

 そこに何の疑問があるんだ? と言わんばかりのキョウヤの顔に、アキラは小さく息を吐き出した。

「……まあ、そうかもしれないね」

 アキラが同意を示すと、キョウヤは驚いた様にぽかんと口を開けた。

「え? おまえ肯定すんの? だったらなんで彼女作んねーでユノなんかに固執してんの?」

「ユノなんか、ってどういう意味だよっ?」

 キョウヤの発言にアキラがジロリとキョウヤを睨みつけると、キョウヤは自分の失言を否定する様に慌てて両手を挙げてみせた。

「怒んなよ……だってさ、確かにユノは外見だけなら美人だしスタイルもいいけど、でもあれだろ? 「赤い糸」信じすぎてるっつーか。俺だったら絶対無理だわ」

「おまえが無理で良かったよ。ユノに寄ってくる虫を払うのも大変なんだからね」

「おまえそんな事もしてんのかよ……」

 キョウヤが同情を含みつつも奇異な目でアキラを見ると、アキラは小さく鼻を鳴らした。

「そうだよ。いくらユノが受け入れないって分かってても、気分いいもんじゃないからねっ」

「ふーん……あ、でも、あれは? あのイケメンは許してんだろ?」

 キョウヤは思い出した様にそう言うと、行儀悪くバランスを取っていた椅子をガタンと戻した。

「イケメンて、あの胡散臭い大人の事?」

 水嶋の姿が脳裏に浮かびアキラが嫌そうに顔をしかめると、キョウヤはアキラの物言いに苦笑しつつも無神経に、そうそう、と相槌をし、

「胡散臭いておまえ……でももうユノが会い始めてから結構経つよな?」

と、指折り数えはじめた。

「……あれは、物凄い不本意だけど例外。本当は全然許したくないけど、ユノが決めた事だから、僕には口出しできないんだよっ」

 不満げにそう零すと、キョウヤは不思議そうな目でアキラを見た。

「やっぱユノめんどくせーな。おまえもさ、もう別の子にしたら? 可愛い子なんていっぱいいるって」

「……だから、ユノは僕の運命の相手だって言ってるだろっ? だからいいんだよっ!」

 アキラはキョウヤの無神経な発言に、何回言えば分かるんだよ、と苛立たしげに言葉を吐き出すと、キョウヤは更に不思議そうにアキラを見る。

「てか、だったら逆によくね? ユノが運命の相手で「赤い糸」に選ばれるんだって信じてるなら、今別に彼女作ろーがなんだろーが、結果は決まってんだろ?」

「……運命の相手だって言ってるのに他の子と遊んでたら、ユノの手前悪いだろっ?」

「……そーか? 別にユノは気にしなさそうだけどな」

 ある意味真理をついたキョウヤの言葉に、アキラは言葉に詰まりぐっと唇を噛んだ。確かに、キョウヤの言う通りきっとユノはアキラが誰かと付き合っていようが気にしないだろう。それどころか過去にはユノ本人からそれを勧められたくらいだ。

(でも……それで、もし()()()()してしまったら?)

 アキラはその瞬間脳裏に浮かんだ可能性を打ち消す様に大きく頭を振った。その一瞬の迷いが自分の信念に影響を及ぼしてしまいそうで、怖かったのだ。

「いーんだよっ、僕の気持ちの問題なんだからっっ! それにっ、ユノ以外に一緒に居たい子なんていないからいいんだよっっ! 僕は別に彼女が欲しい訳じゃないんだからっ!!」

「……気持ちの問題か」

 アキラが勢いよく啖呵を切ると、またどうせ茶化すかなにかしてくると思っていたキョウヤが、神妙な顔でぽつりとそう呟いた。そしてアキラを真正面から捉えると、表情を真剣なものへと変える。

「……なあそれって、好きって事?」

「……………………はあ?」

 まるで初めて聞く言葉の意味を尋ねる様なトーンでそう言ったキョウヤに、アキラはその想像もしていなかった質問に思わず低い声で唸る。

「何言ってんだ? キョウヤ。それ以外ないだろっっ?!」

「…………まあ、そっか。そうだよな」

 キョウヤはアキラの答えに納得した様に同意すると、アキラは大きな溜息を吐く。

「そうだよっ。ていうか、今更何言ってんの? キョウヤだって、さすがに彼女選ぶ時はその子の事が好きなんだろっ?」

「…………」

「…………なんでそこで黙るんだよ?」

 アキラの問いかけに何か考える様な表情で黙ってしまったキョウヤに、アキラは少し不安気に声を上げた。キョウヤはアキラの声に面を向けたが、口にすべき言葉を迷うかの様に視線が宙を彷徨っていた。

「あー…………」

「なんだよ?」

 中々言葉を口にしないキョウヤにアキラがその苛立ちを言葉に込めると、観念した様にキョウヤはその重い口を開いた。

「…………好きって、なんだっけ?」

「……………………はあ?」

 キョウヤの呆れた質問にまたもアキラの口から低い声が漏れた。込み上げてきたムカツキを隠さずに眼光に込めると、キョウヤがそれを説明すべく慌てて口を開く。

「いやいや、確かに俺だってさすがに誰だって良い訳じゃねーからもちろん選んでるけど、でもそんなの、ちょっといーなって思ったって別にそれで良いし……だからそれを好きだって言われればそーかもしんねーけど、でもそれっておまえのとは違くね?」

「はあ……」

「だからさ、別に他の奴だってそんなもんで付き合ったりしてんだから今まで考えた事もなかったっつーか、まあ気にもしてなかったんだけど。でもなんかおまえ見てたら良くわかんなくなったっつーか……」

「なんだよそれ。どーいう意味だよ?」

 アキラが寄せまくっていた眉間のしわを解くと、自分の中でも纏まりきらない考えに少しだけ苛つく様な表情で、だがそれでもキョウヤが口を開いた。

「好きって、欲しいって事じゃねーの? 手に入れてーって事だろ? 実際、子供の内なんて恋愛で手に入らない事なんてほとんどねーじゃんか」

(それはおまえがイケメンだからだよ)

 いくら「赤い糸」の力があろうとも、全員が全員全ての想いが叶うわけではないのは事実だ。ただ昔に比べれば恋愛を重く考える必要が無い為成就する確率はぐんと上がっているが、それでもその言い草は少し傲慢だな、とアキラは思ったが、敢えて触れずに次の言葉を待った。

「でもおまえのそれって我慢じゃん? なんですぐ手に入るものを手に入れねーのかさっぱりわかんねーんだけど……けど、でも、それが好きだって言うなら、なんなんだ? て思って……あーっ、なんかモヤモヤするっ!!」

 キョウヤは自分の中で消化できない何かに苛立つように声を荒げると、そのまま机に突っ伏した。アキラはその様子に小さく息を吐くとすぐに口を開く。

「僕のは我慢じゃなくて、尊重だよ。失礼なっ」

「……尊重?」

 予想もしていなかった言葉だったのか、キョウヤは不思議そうな声と共にゆるゆると視線を上げてアキラを見た。

「そう。僕は確かにユノが欲しいけど、それは別に今一瞬の事じゃない。それにユノの全てが欲しいんだ。だから、ユノの気持ちを尊重したいんだよっ。わかったかっ?」

 だがキョウヤは未だ納得してなげな色を瞳に浮かべており、アキラはまた一つ溜息を吐いた。

「何もやる事やるだけが気持ちの発散じゃないだろ? ああおまえがどうかは知らないけど、僕はそうだって思ってる。だから、ユノの傍にずっといて、ユノがユノのまま生きたい気持ちを尊重するだけでも、僕は満たされてるんだよっ」

「…………なあ、それってなんか楽しいか?」

「………………」

 神妙な顔をして首を捻るキョウヤにアキラは盛大な溜息を一つ吐くと、

「別におまえに理解してもらおうなんて思ってもなかったよ」

と呆れた顔でキョウヤを見た。

「だからさ、好きなんて言葉の捉え方は人それぞれなんだし、別にキョウヤが今更考える必要なんてないんじゃないの? それともまさか、そんな事考えてたせいで今日のデートすっぽかしたとか言うのか?」

「え?」

「……え?」

 茶化したつもりで接いだ言葉に返ってきた真顔に、アキラの方が逆に間抜けな声を上げてしまった。思わず向けた視線の先でかちあったキョウヤの瞳が驚いた様に一度大きな丸を描いたが、すぐにそれは逸らされてしまった。

「んなわけねーよ。昨日遅くまでゲームしてたから眠かっただけ」

 ダルそうにそう言うとキョウヤはのそのそと体を起こし、でもさ、と会話を続ける。

「おまえ、それで運命の日に選ばれなかったらどーすんの?」

「そんな事はないから安心してていいよ」

「いやいやだからさ、それはアキラの願望じゃん? もしダメだった場合、おまえ後悔とかしねーの?」

 好奇心の隠れないキョウヤの瞳を前に、アキラは水嶋との会話を思い出した。

(ほんと皆即物的だな)

平和だな、とアキラは胸中で呟くと小さく溜息を吐く。

「しないよ。後悔なんて」

「なんで? 欲しーモン手にはいんねーままなのに?」

(そもそもスタートが違うんだ)

「だって、僕は手に入れる為に努力をしたんだ。やれる事全部やって、それでもダメだって言うなら、後悔なんてする必要あるのか?」

「あるだろ。ユノとなんもしてねーじゃん」

(またそれか)

 アキラは堂々巡りする会話にうんざりした様に大きな溜息を吐く。

「だからそもそもおまえと僕とじゃ考え方が違うんだからこんな事話しても仕方ないと思うんだけどっ! 僕は、ユノが望まない事を無理強いしてまでユノとどうこうしたいなんて思ってないんだよっ。ユノが大事にしてる事を大事にしたいっていうのも、立派な好きだと思うけどっ?! それに、そうして傍に居た方が「赤い糸」に良い影響が出るかもしれないじゃないか。統計では出てないけど、それでもユノが嫌がる事をして嫌悪感を持たれるよりは良い影響が出ると思ってる。それで、ユノの全部が手に入るなら、こんなの我慢でもなんでもないんだよっ……満足したか?」

 アキラは一息でそう言うと、だがまだアキラの眼前で腑に落ちなさそうな顔をしているキョウヤを見て大きく頭を振った。

「おまえは何が言いたいんだ?」

「何って……だから、そんなに強い気持ちが消えちまう事に、怖いとか、そーゆー事考えた事ねーの?」

「キョウヤ?」

 予想外の言葉に、アキラは丸い瞳をぱちりと一度瞬いた。キョウヤも柄にもない事を言ってしまった自分がもどかしいのか、なぜか苦虫を潰した様な顔をしている。

「なんでおまえがそんな事言うんだよ、キョウヤ。それこそ「赤い糸」が綺麗さっぱり忘れさせてくれるんだろ? だからおまえ達は気軽に恋愛を繰り返してるんじゃないのか?」

 それが世間の事実だった。「赤い糸」が子供時代の恋愛感情を全てリセットしてくれるから、子供達は人の気持ちを軽んじて過ごしている。キョウヤは間違いなくその内の一人だったはずなのに、なぜ突然こんな事を言い出し始めたのだろうか? アキラは小さく小首を傾げた。

(“運命の日”が近づいてきたせいか?)

「あー、まあそーなんだけど。でもさ、そーゆーまあ軽い気持ちなんて「赤い糸」が無くたって次の日忘れてる場合もあるし。だからそーゆーのはどーでもいーんだけど……でも、おまえのって違うじゃん? だから、どー思ってんのかなって思ってさ」

「……そんな事今まで一回だって聞いてきた事なかったくせに」

(これもあいつの影響か?)

 アキラは脳裏に水嶋の姿を思い浮かべて、心底嫌そうに顔をしかめた。

「まーな。だって考えた事ねーもん。でもなんか“運命の日”がすぐじゃん? そしたらなんかリアルに感じてきたっつーか。って、まあ俺の周りにはおまえとかユノみたいなちょっと変わった奴がいるから考えちゃったのかもしんねーけど……あーっ、わかんねー。なんで俺こんな事言ってんだ?」

 キョウヤは唸る様に声を吐き出すと、ガタンと椅子の音をたてておもむろに立ち上がった。すぐに傍らにあった鞄を引っかけると、

「もう今日は帰ろうぜ?」

と無理やりに会話を終わらせ、ぽかんと見上げたアキラにそう投げかけた。アキラは小さく肩を竦めると、促されるままに席を立つ。

「まあでも考えるっていい事じゃない? キョウヤも一回考えてみれば? 好きってなんなんだーとかさ。どうせ“運命の日”までやる事なんてないんだからさ」

 アキラの言葉に、ちょうどドアにパルカイを当てていたキョウヤが振り返った。だがその表情は、夕日の赤で真っ赤に染まる教室の起こした逆光で、どんな顔をしているのか知る事は出来なかった。


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