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頭上に掲げられたメニューのパネルを確認しながら、少しだけ混雑してきたカウンターにユノは小さく息を吐いた。
(アキラちゃんゼロと喧嘩したりしないかしら?……早く戻らないと)
アキラの過保護はそれこそ幼少期に遡る。アキラは決して社交的でないわけではないのだが、子供の頃からユノがアキラの知らない誰か、特に男と話していたりするとその相手に対して警戒心をむき出しにしていた。それこそ、先ほどゼロにそうしたように。話すのが苦手なユノはアキラの介入によって助けられた事が少なくないのでそれ自体にありがたささえ感じているが、アキラが誤解されてしまうのではないか、という事だけはずっと気になっている。
(アキラちゃんが心配する事なんてなにもないのに)
実際の所、アキラがゼロの研究に協力してくれると言った時、ユノは嬉しさと安堵を感じていた。子供達にとって「赤い糸」など何でもないのが常識で、それについて友人と意見を交わす事など今までなかった事と、ゼロに協力して「赤い糸」のこれからが自分だけの意見で決められてしまうという重圧から、少しだけ逃れられた様な気がしたのだ。
(……それにしても、こんな所であんな会話をしていて、大丈夫だったのかしら?)
別段ゼロの正体について触れる事は一つも言っていないが、事情を知っている分だけ少し過剰に考えてしまう。「赤い糸」について話す事自体は別に気にする事ではなかったが、ゼロの存在を政府が認識しているという事が少し気になった。ゼロの家で会っている時は気にもした事がなかったが、政府にもその存在を知られているというゼロに監視が付かない事はあるのだろうか? ふと脳裏に疑問が浮かぶと、すぐ傍の席でハンバーガーを食べているサラリーマン風の男の存在が急に気になり始めた。注意して見てみると、店内には彼以外にもスーツを着た男の姿がちらほらあり、ユノは急に警戒する様に店内に視線を走らせた。
「!」
突然視界を遮った何かに、ユノは反射的に視線を上げた。驚きにひゅっと息を呑むと、会計済みのトレイを持ったグレーのフードを被ったサングラスの男が、ぽかんとした表情で小さく口を開けた。
「ああ、ごめん。通らせてもらおうと思ったんだけど、驚かせちゃったかな?」
「……いいえ。ボーっとしていた私が悪かったわ。ごめんなさい」
ただ会計列から外れただけと見受けられるラフな格好の男にユノはホっと息を吐くと、小さく首を振って詫びた。男は気分を害した様子もなく口許に笑みを作ると、
「ボクも声を掛けるべきだったから、おあいこだよ」
とその見た目に反して愛想の良い返事を返した。ユノが男の顔を凝視していると、男はまたぽかんとした表情をしてみせたが、すぐに面白そうに笑うと、
「でもそんなにボーっとしてるのはあんまり感心しないなあ。何があるかわからないからさ」
と、楽しそうに鼻歌を歌いながら柱の向こうへと消えて行った。