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3-2

 夕方のファストフード店というものは、どこでも大抵学生で溢れているものだった。ユノ達の学校の近くにあるその内の一店も御多分に漏れず、学校が終わる時間になればお腹を空かせた生徒達で賑わっていた。目立つのを避け別の店でもと提案をしてみたが、ゼロはやんわりとそれを断った。

「どうせ僕の事なんて誰も気にしないよ」

というのがゼロの言い分だったが、ユノはいまいちそれを信用しないまま、約束の日は来たのであった。

 アキラがゼロとの対面を希望してから一週間後、その願いは実現する事となった。さすがに家に呼ぶのはマズイというゼロの希望で、ユノ達が通う学校近くのファストフード店での待ち合わせとしたのだが、ゼロの容姿は人目を惹きやすい為、ユノの胸には懸念が残った。

「……」

「ほら、意外と大丈夫だったでしょ?」

 約束の時間に店に着くと、既に来ていたゼロが特別奥まってもいない席に一人座っていた。早めに来て何か空腹を満たしたのかと、テーブルの上に置かれているトレイの上のゴミを見れば分かったが、注目も浴びず悠然と座っている姿は少し不思議だった。

「僕は大人だからね、ここにいる子達の興味の対象からは外れてるんだよ」

 ゼロがどうぞ、と空いている自分の前の席を勧めると、ユノはぱちりと瞬いてゼロを見返した。

(確かに、それもそうね)

「だから、後ろの彼もそんなに睨まないで欲しいな」

 ゼロは言いながらユノの後ろに立つアキラにそう声を掛けると、当の本人であるアキラはぶすっとした顔を隠そうともせず、ユノを押しのけてゼロの前の席を陣取った。

「初めまして夜野アキラです。今日はお時間取っていただいきありがとうございましたっ」

 アキラは一息でそう言うと、すうっと大きく息を吸い込んだ。ゼロはまさかそんな風に出てくるとは思ってもいなかったのか、驚きに丸くした目でユノを見上げると、ユノも小さく肩を竦めてから席に着いた。

「なに? ユノもそんな驚いた顔して。あのね、僕は別に無礼に振る舞いに来たわけじゃないんだよっ?」

 アキラは少し呆然としているユノにバツが悪そうな顔をして見せると、小さく息を吐いて改めてゼロに向き直った。

「ユノの幼馴染なんです。どうしてあなたがユノに接触したのか、その目的を聞きに来ました」

「接触って、物騒な言葉を使うね」

「関係ないあなたがミサに出席してユノに声かけるなんて、接触以外の何物でもないと思いますけどっ」

 机すら叩きそうな勢いのアキラにゼロは面食らった表情をしてみせると、小さく肩を竦めてユノへちらりと視線を送った。

「ユノちゃんから聞いてると思ったんだけど、違ったかな?」

「呼び方、馴れ馴れしすぎませんかっ?」

「……あのさあ、そんなに一言一言に噛みつかれると、話すものも話せないんだけど」

 ゼロは今度こそ大きく溜息を吐くと、アキラの目を真正面から捉えた。

「ごめんなさい、アキラちゃんは昔から……」

「ユノちゃんが謝る事じゃないよ」

「……」

 ゼロは左手でユノを制すと、アキラの方へ視線を戻した。二人はしばらく無言のまま対峙していたが、このままではゼロは口を開く事はないと悟ったのか、アキラは挑む様な視線を幾分か緩和させて小さく息を吐き出した。ゼロはその態度を一応承諾する事に決めたのか、閉じていた口をゆっくりと開いた。

「僕の名前は()()圭吾。大学で「赤い糸」の研究をしていて、運命教の信者であるユノちゃんの観点から意見を聞きたいと思って協力をお願いしたんだよ」

(みずしま?)

 ゼロの口から発せられた偽名に違和感を覚えユノは反射的に視線を上げてしまったが、幸いな事にアキラはそれに気づいていなかった。ユノはホっと安堵の息を吐く。

(顔を隠しているとはいえ、名前が同じだと疑問に思うかもしれないものね)

 ゼロは今日も黒縁眼鏡を装着していたが、はたしてそれがどれだけ敷島博士との類似点を隠しているのかはユノには計る事は出来なかった。ただ、実際の所「赤い糸」を作った人物の顔はそれほど世間で知られている訳ではなかったので、運命教の信者でなければ気づく事はないかもしれないな、とユノは思った。

「……それってナンパじゃないんですか?」

 ゼロはじとりとした目で見るアキラを見返すと、挑発する様に口許を笑わせた。

「それがもしナンパだったとして、君はそれに意見出来る立場にいるの? 幼馴染ってだけじゃ、弱いと思うけど?」

「僕はっ、ユノの運命の相手だからっっ!!」

 バンっとアキラがテーブルを叩くと、ざわついていた店内が一瞬シンと静まり返った。何事かと不思議に思っている面子に見ていた者達が口々に状況を伝えると、可愛いね、やスゴイね等様々な感想がクスクスと笑う声と一緒に聞こえてきて、アキラは少しだけバツが悪そうに、ゴホン、と咳払いをしてみせた。

「ゼ……()()()()、からかうのはそれくらいにしておいて」

 不毛な会話に終止符を打つようにユノがそう言うと、ゼロは承諾の答えを返す代わりに小さく肩を竦めてみせた。

「君達はまだ運命の日を迎えてないわけだから、君がまだユノちゃんの相手かどうかは決まってないと思うけど。もしかして、君も運命教の信者なの?」

 気を取り直してゼロがそう質問をすると、アキラは弾かれる様に瞳を大きく見開いた。

「……僕は、違いますけど……でもっ、信じてますから」

 ゼロにじっと見つめられたままのせいか若干しどろもどろになったアキラではあったが、最後の言葉は力強く言ってゼロを見返した。

「なるほどね。信じていればそれが叶うと思ってるんだ?」

「それはっ……でも、信じないよりはいいと思ってます」

「ふーん……ねえ、せっかくだから君にも協力してもらっていいかな? 今日だってそのつもりで来てるんだよね? 違った?」

 有無を言わせぬ口調でそう言うとゼロはアキラの瞳を真正面から捉えた。表情ほど笑っていないゼロの瞳にアキラは思わず息を呑むと、

「……そうですけど」

と小さく頷いた。

「そう。じゃあ、君は「赤い糸」についてどう思ってる?」

「え?」

「運命教の信者でもないのに信じてるって言うのに、興味があるんだ。アキラくん、今彼女は?」

「……今はいません」

「今は、ていうことは前はいたの?」

「…………いました。中学の時に」

「……へーえ」

 予想外の答えにゼロが目を丸くすると、アキラは少しむっとした様に唇を尖らせた。

「なんですかっ? その含みを持った感じ」

「いや、君みたいな子でも、一途にはいられないんだなって思って」

 ゼロがある種感心した様にそう言うと、アキラはくぐもった声でこう言った。

「……ユノが、そうした方がいいって言ったから」

「……ユノちゃん、そんな事いったの?!」

 不本意だったと顔に書いてアキラが奥歯を噛みしめながら言葉を紡ぐと、ゼロは信じられないと言わんばかりにユノを見た。ユノはまるで何でもない事の様にこくりと頷く。

「私は運命教の教えを信じて“運命の日”を待っているけれど、アキラちゃんは違うから。私に合わせる必要はないから、そう言っただけよ」

 それ以外に他意はなくごく当然の事だ、と言わんばかりの顔でユノは言った。ゼロは少しばかり同情を含んだ視線をアキラへとやる。

「……君はほんと残酷だね。でも、じゃあどうしてその後彼女を作ってないの?」

「それは……やっぱり、ユノが好きだって気づいたから。だから、ユノが運命の相手であるって信じて、傍に居る事にしました」

「ふーん。じゃあ、ユノちゃんと付き合いたいと思わないの?」

「そりゃあ……思い、ますけど……でもっ、ユノはそれを望んでないからっっ。だから、僕もユノが信じてるものを信じて、待ちますっ」

 ゼロは値踏みする様な視線でぐるりとアキラを見回すと、ふーん、ともう一度小さく声を漏らした。

「じゃあもし、君がユノちゃんの運命の相手じゃなかったら? 君が大事にしてきたその思いは無意味と化し、君が大好きだったユノちゃんに触れる事なく一生を終える事になるけど、それでも、君は後悔しないって言うの?」

「……はい。だって、僕はユノの運命の相手だから。選ばれないなんて、ないんです」

「……」

 真剣な瞳でそう告げたアキラの瞳をゼロは真正面から捉えると、じっとアキラを見据えた。アキラは一瞬怯んだ様に表情を強張らせたが、負けじとゼロへと視線を返した。

「……なるほどね」

 しばらくの沈黙の対峙の後、ゼロはそう言って小さく息を吐き出した。大分水っぽくなってしまったウーロン茶を手に取ると、残り僅かのそれをズズズとストローで行儀悪く吸い込んだ。何かを考える様に視線を宙に泳がせると、あ、と小さく言葉を漏らしてユノを見る。

「ごめんユノちゃん。悪いんだけど、何かデザート買ってきてもらえないかな? 急に食べたくなっちゃって。もちろん、ユノちゃん達の分も買っていいからさ」

 ゼロはそう言うと取り出した財布からお札を数枚引き抜いてユノへと差し出した。ユノは突然振られた話題に驚いて数回瞬きをしたが、すぐに了承を告げるべくこくりと頷いてみせた。

「わかったわ。代わりの飲み物は紅茶でいいかしら? ミルクは多めに貰ってくるわ。アキラちゃんは、いつもので良かったかしら?」

 ユノは静かに席を立つとそう言って視線をアキラへとやった。お金を受け取るのは少し躊躇われたが、ゼロの瞳が有無を言わせなかった為素直に貰う事にする。

「え? いいけど……て、ユノ、僕が行くよっ! ユノは座っててっ!」

 アキラは一瞬呆けた様な表情をしたが、すぐにガタンと音を立てて立ち上がった。ユノは小さく首を横に振ってその申し入れを断ると、

「大丈夫よ。心配しなくても、すぐそこだもの」

と、くるりと踵を返して二人へと背を向けレジの方へと歩いていった。


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