汝、極光を燃やす者。
『────オーロラドライブのエラーが解消されました。』
知らない単語。いや、前に一度聞いたはず。ほぼ蓄積されていない記憶を掘り返すと、刹那。フラッシュバックしたのは、羽衣を初めて起動したあの瞬間。抑揚のない女の声、ニシキの声だ。
───ヘッドギアの装着を確認。オーロラドライブ同調開始、─不明なエラーを感知─アクセス拒否。問題なしと判断───。
「不明なエラー…。なぁニシキ、エラーって何だ?原因は?」
思い返した彼女の言葉をボソリと呟き、それについて尋ねる。だが、帰ってきた答えは予想外のもので。初めての沈黙の後、短くスピーカーを振動させた。
『……返答拒否。』
「はぁ?」
『単刀直入に申し上げますが、貴方はそれを知る権利を有しておりません。』
「ちょっと待て聞いてないぞ、権利って…じゃあ誰なら知れるんだよ。」
『それもお答え出来ません。少なくともこの組織の人間にはおりません。』
打つ手なし、と。これはどうやら本当に答えてくれないようだ。
ただ、少しばかり推論出来る事はある。あまり広くはないコクピットの中、少し身体を伸ばすように体勢を整え、思考の海に潜る。
考える事はエラーの原因についてだ。
何より重要なのはアクセス拒否…つまり、エラーについて調べる事がニシキには不可能だったと言う事だろう。現状どうなのかまでは聞いても拒否されるだけだろうが、あの時点のニシキがエラーにアクセスしようとしたと言う事は、あの時点では知らなかった。或いは予想されていなかった出来事なのだと思っていいだろう。
それが解消された。解消された事を知る為には、その存在を知覚していなければならないだろう。つまりエラーが有る、又は無くなっている事までは知る事ができても、それ以上の事は分からないのか?
ただ、そうなると気になってくるのは、問題なしと判断と言う一言だ。エラーの中身をニシキも知らないのだとすると…どういう事だ?訳も分からず素通りさせたのか、若しくは……上位権限の様な物を持つ者に、問題無いと信じ込まされていたのか。
権限…権利…そう権利だ。知る権利を有していない、知る権利とはなんだ?資格か?それとも何らかの組織、例えば羽衣の製造元なんかの地位か?
「ふむ……。」
『マイプロデューサー?何をお考えです?』
「いや、大した事じゃないさ。今は何も分からないという事が分かった。」
『それは…何も分かっていないのでは?』
「そんな事はないさ。知らない事を、さも知っているかの様に処理する事よりはずっと健全だよ。知らないという事を自覚する、つまりそれは真実を知るのを諦めていない…。そうは思わないか?」
『……難しい話ですね。確かに今の言い方では探求心を失っていないかの様に聞こえますが、結果というものは前へ進み続けなければ得られません。無知である事を取り繕わない人間が、知ったかぶりをする人間よりかは優れている。その事を否定することはできませんが、当人が正しく前へ進み続けているのかは、第三者か当人が結果に着いた時にしか分からないでしょうね。』
「なら俺は正しい結果に辿り着けるように、努力しなくちゃだな。とりあえずシミュレーターを起動してくれ、前へ進む為にはどういう種類であれ、力が欠かせないだろ?まずは《グレイトフル・ライフ》からだ。」
『……リザルトは必要ですか?』
「……頼む。」
『了解しました。』
瞬時に戦闘結果が画面に表示される。名前、戦績、その他命中率なんかだ。
名前の横にはご丁寧に機体のデフォルメイラストまで付いている。ニシキが描いたのか?
にしても、正直全戦全敗だとは思わなかった。出撃して役に立ったわけじゃないし、特にこれと言って成長した記憶がある訳でもないし、当たり前といえば当たり前なんだが…。
やはり圧倒的に足りていないのは技術だな。三人称視点のリプレイを見ても、無駄な動きが多い羽衣に対して、ダニエル先輩…間違えた。金を借りた引け目があるから、これからダニーで良いと言われていたんだった。うっかりダニエル先輩と呼んだ時なんかは、鬼の様な形相で睨まれるから慣れておかねば…。
それは兎も角、ダニーの《グレイトフル・ライフ》、ジェシカ先輩の《アストラル・リーフ》、そしてアリエルさんの《アレフティナ》。
言える事は一つ。強い。ただそれだけ。各員の戦闘スタイルは全く異なり、それでいて連携は完璧にこなす。
中量級の《グレイトフル・ライフ》はもっとも手強く、対応性が凄まじい。一度見せた攻撃は二度と通らないと思っていいだろう。下手にユニークな一撃を繰り出せば、それを逆手に取られ負ける。ある意味非常に堅実な戦闘スタイルだ。
軽量級の《アストラル・リーフ》はサイズが小さいタイプのRWを改造しているだけの事はあり、素早く小回りの効く機動が特長だ。攻撃力面では明らかに劣るにも関わらず、自慢の速度から繰り出される手数の多さで、判断力が飽和したところに致命傷を浴びせかける。
そして最も厄介なのが《アレフティナ》だ。操縦者本人の体躯とは異なる重量級のボディは実のところ、外見ほど鈍重ではなく非常に機敏だ。それもそうだろう、アレ自体は無数のスラスターの塊で構成された外付けの加速装置、単なる換装装備の一つなのだ。
そう、《アレフティナ》は正確には機体名称ではない。その正体はRWではなく、俺の《羽衣》と同じアーティファクト・オルガンであり、銘を《エリクサー》と言う。三種類の外装を付け替えることで状況に対応する特殊な機体だ。
そのうちの一つ、《アレフティナ》を装備した形態はそのまま《エリクサー=アレフティナ》と呼ばれ持久戦に向いた仕様だ。その武装は巨大な馬上槍と背中から生えるサブアームによって操作される4基のフレキシブルシールドのみとなっている。シンプルな装備故の安定力の高さ、これを最大が最大の武器なのだ。
『やはり、実戦経験を重ねてから挑戦するほうがよろしいと思います。現状のワタシの演算能力では彼等を追いきれませんし、マイプロデューサーもまだ、操作に慣れていない節があります。』
「それじゃあ駄目なんだ。」
一朝一夕の努力で追いつける領域には無い、遥か高みの技量差。しかしこんなところで立ち止まってはいられない。少なくとも全員から、四肢の一つでも獲れなければ同じ場所に立ってるとは言えないのだ。
「俺は絶対に、あの人達の足手まといにはなりたくない。だからお前にもまだ無理をしてもらう。」
『理解しました。どうぞお続け下さい、しかし何というか…。』
「なんだ?」
『人間らしくなりましたね。しごかれた成果が出ているのではないですか?』
「お前も随分ユーモラスじゃないか、ダニーのジョークを聞いていた甲斐があったな。」
その後は度々、失敬な!と憤るニシキを宥めすかしながら、シミュレータでトレーニングを続け。
途中からある事に気が付き設定を変え、そうして追加されたガリアンランチャーの存在によって僅かにではあるが、対抗し得るようになった。具体的には死ぬのが何秒か遅くなった。
だが、優勢を齎すには至らず。結局いつも通り、一勝も出来ずに消灯時間を迎え部屋に帰宅したのだった。