取り合う手、誰が為に。《3》
「…………………………狭いな。」
『狭いですね。』
現在、俺とニシキは艦内後部の貨物スペースに押し込められている。人類史上比肩する物無しとまで言われたかも知れない最強兵器のアーティファクト・オルガンが、何故隅に追いやられ体育座りをしているのだろう。
実のところ理由は聞かされているし、どうしようもないことだから文句を言いようもないが…。
それでも愚痴の一つも言いたくなるだろう。まさか回収した機体を積み込むスペースが無いとは!
常時であれば、コンテナの四分の一程は使用しない為にキチンと収納出来る筈だったのが、今回は大部隊が確認された為に過剰に搭載した状態でえっちらおっちら本拠地から来たらしい。不謹慎だが、これで誰かが死んでいれば俺もこんな苦労をしなくて済んだと思うと喜んでいいのか悲しめばいいのかよく分からなくなってくる。
そんな事を考えていると画面に通信ウインドウが開いた。小さくSOUND ONLYと書かれている。
『ガラスの靴より通信が入りました。繋ぎます。』
《も〜しも〜し!こちらエラだよ〜聞こえてる〜?》
『マイプロデューサー、五月蠅いのでカットしても宜しいですか?』
《ひどーい!AIちゃん私に辛辣じゃない?なにか悪いことしたっけぇ?》
「多分、その呼び方が気に入らないんだと思うぞ。コイツ、俺より全然人間らしいからな。」
《そりゃまた失礼、じゃあちゃんと呼ぶから名前教えて?》
『嫌です。』
「《え》」
思わず被ってしまう程度には衝撃的な一言が飛び出した。通信回線の向こうから「いたい!夢じゃないのぉ!?」とか聞こえてきたが、それを吹き飛ばす一撃だった。だが、そんな俺達にもう一度同じ攻撃が放たれた。
『嫌です。』
えぇ…。流石にこれは館長が可哀想になってくる。
《ん〜〜〜〜〜!!》
早くも泣き声だ…感情の起伏が激しすぎやしないか?
結局ニシキは頑ななまま、その後は一言も会話せず。館長は嗚咽混じりに事務連絡をして終わった。あと十分程したら潜水するので、それから迎えに来るらしい。
通信を閉じたあとニシキに何故ああもキツイ態度を取るのかを尋ねたが、
『なんとなくです。』だの、『色々気に食わないので。』と言ったイマイチ不明瞭な答えしか無かった。随分根に持ってるな…。
「やぁやぁ!ようこそ博物館の秘密基地、ヴィマーナの内部へ!」
「なんというか…。思ってたより小汚いとこだな。」
予告どおり十分で潜水が完了したらしく、すぐさま迎えに来た館長に連れられて貨物スペースからブリッジまで来たのだが…中々に酷いものだった。
潜水空母の中はどんなもんかと期待していたが、見渡す限りゴミゴミゴミ。ゴミの山しか無かった。どうも通路が広い故に、そこでゴミが壁を形成していても、雪崩が起きてようと大して問題視していないらしい。というより、この状況に乗員が慣れてしまっているのが良くないのか…。
「大体館長のせいよ〜。この娘ったら私の辞書に片付けという文字はない!なんて仰るんですもの。もうワタシらも面倒くさくなってしまいまして。」
真後ろから声をかけられ振り返ると、そこには中々に扇情的な格好の金髪褐色美人がいた。美人というのは客観的でない評価だが、この人にはそれ以外に正しい評価の仕方がない気がする。
「あ、エリー。」
「ワタシは館長の保護者兼整備課のエリブリン・アドグレンよ、よろしくね未知のアーティファクトのパイロット君。」
「羽衣のパイロット、イオナ・ユイだ。宜しく。」
差し出された手を握り返す。顔に似合わないタコとマメに塗れた手は非常に力強く頼もしく思えた。
「フムフム…結構柔らかいのね。ヒューマノイドっていうからてっきりもっと硬いものだと思ってたけど…。」
「右手は一応生身の人間から移植したらしい。理由は知らん。」
「へぇ…ちょっと左手を拝借するわね。」
なんだろう、ムクムクと不思議な衝動が湧き上がってきた。これが悪戯心ってやつか。
「あぁ、気の済むまで貸してやる。」
左手を外して渡してみた。さぁどんな反応をするか…。
「あら、ありがとね。ほうほう…こっちは結構ゴツゴツしててかなり機械的ね…。」
予想外の反応だった。念の為周りを見回してみたが、ブリッジのメンバーは全員固まっている。操舵手までギョッとした表情でコチラを凝視していた。君はちゃんと仕事してくれ。館長は泡を吹いて足元に転がっていた。
「そうそう、内部デッキが空いたから君のアーティファクト移してくれる?あと整備はこっちでやっていいのかしら?」
「頼んだ。悪いがそっち方面はからっきしなんだ。」
あぁそういえば、一つ訪ねておかねば。
「ここ、AO用の装備って造れるか?」
「モノにもよるわね。銃火器とか複雑なのは厳しいけど、剣くらいならなんとかなるけど、あんまり質は良くないわ。ウチで武器作ってるのは非乗組員の製造部だから、そもそもお門違いなのよ。本格的なのは基地じゃないと難しいわね。」
なるほど。ガリアンランチャーを装備するのはしばらく厳しいようだ。なかなか独創的な発想の武装だから早く扱ってみたいものだな。
「ブクブクブクブク……はっ、私は何を!」
「気絶してたわよ〜。坊やの腕が取れたのがそんなにショックだだたのかしらね。」
「そりゃ、目の前のやつがいきなり手をもぎって気軽に渡すとは思わんだろうさ。」
この人、結構周りと感覚ズレてるな…。
他の人が常識人であることを祈り、左手を返却された俺は艦内の案内をお願いするのだった。