取り合う手、誰が為に。《2》
「何もないな…。」
まさか地上がこんな殺風景だとは思っていなかった。
戦闘の痕跡はそこかしこに広がっているものの、上下左右、見渡す限りが氷で埋め尽くされている。
あれ、コイツの仲間すらいないけど…。ひょっとして、大して複雑でもない内部構造に、主に隣の奴が迷ってる間に撤収したのだろうか…?
《君の寝てた遺跡ってこないだ発見されたばっかなんだよね。もっと深いところならともかく、ここ広いし深いけど三階層しかなかったし、誰も気が付かなかったみたいね。》
「ここどこだよ…」
『位置情報検索…座標割り出し終了、ここは《日本だよ》私のセリフが!?』
「日本って…この一面氷の場所が!?」
《あはー!新鮮なリアクションありがとー!》
『大規模なオーロラドライブによる改変の跡が確認できました。』
移動しつつ、ニシキと不審者の話を聞くに、この大惨事にはやはりAOが関係しているらしい。
かつて戦争があった。悲惨な戦争が。
どこかの研究者が開発し、紆余曲折を経て、その戦争に投入されたのがAO、正式名称アーティファクト・オルガンだ。
当時の最新技術を持って開発されたそれは、元が障害者用のパワードスーツだというのに、あらゆる旧来戦力を相手取り、勝利を収めた。
その鍵は搭載された特殊機関、オーロラドライブによる現実改変能力にあるらしいが、意味不明なうえ、長すぎる説明が入ったので割愛しよう。
とにかく、アーティファクト・オルガンの普及により、オーロラドライブによる現実改変が世界中で行われるようになり、その末に歴史が消えたらしい。
なんのこっちゃという感じだが要約すると、敵国の積み重ねたものをオーロラドライブによって否定するという事が、数え切れない程に繰り返され、最終的に文明や国家発祥の歴史が消失した…ということのようだ。
今も昔からの歴史を継続させているのはアメリカ、中国、ドイツ、そして日本の4ヶ国のみ。300近くあった国々はその全てが無くなり、今はアーティファクトの存在により歪められつつも、元のそれに近い歴史を歩み直している。
ついこないだは大量のRWを有するローマ帝国がブリタニアの反乱軍を鎮圧したらしい。そんな昔までリセットされたのかよ…。
それはともかく。歴史を続けている4ヶ国と歴史が無くなった他の国々はお互いの存在を認識出来ないらしく、4ヶ国側はボロボロになり、使い物にならない土地と言い後者の土地に手を出さず、内々のみで戦っている。
消失した国々側は、そもそも現実改変によって生み出された4ヶ国を取り巻く巨大な雲の壁を越えられない為に関わりを持てないようだ。
ある意味では平和と言えるのかもしれない。紀元前の人類でもアーティファクトを模したRWを操る事ができるのだ。4ヶ国側が認識したら間違いなく消失した国々はアーティファクトによる戦いを強制されることとなるだろう。それも自らの為ではなく、関わりのない支配者のために。
「ところで今、どこ目指してるんだ?方角的には日本海だが、船で脱出か?」
そろそろ2時間になる。AOの足だから感覚が麻痺しているが、不審者が転送してきたマップによると、ナガノケンという場所からニイガタケンまで来たらしい。そこそこの距離だ。いい加減目的地も気になってくる。
《勘がいいねぇ。その通りさ、ただ君の思ってる船とはちょっと違うかもしれないけどね?さぁ着いたよ。》
「さぁ着いたよって…何もないじゃないか。」
代わり映えのしない氷の地面しか見えない。が、ニシキが言う。
『オーロラドライブによる現実改変を感知しました。発生源は直下300m』
《君の思ってる船とは違うと言ったじゃーん?さぁ上がってくるよ!》
言うが早いか不審者は後方へ飛び退いた。だが、俺は全く予想していなかっ事態に、地面が水に変わるに天変地異に対応出来ず、真下から浮上してくる何かに弾き飛ばされ、不審者の足元に転がった。なんとか機体を起こし、視界に入ったものは、
《これが我ら博物館の前線基地!潜水空母型AO、神造機種ヴィマーナだよ!!》
おおよそ潜水艦としては相応しくない巨大な船が、そこには在った。
『全長およそ250m、全幅63m。非常識なサイズとデザインですね。開発者の顔が見たいものです。』
「お前は冷静だな…俺はまだ現実を認められてないぞ…。」
作りとしては、第三次世界大戦で使用された伊七百型に近いと言うか、それそのものにも見える。丸みを帯びたラインで構成させる三角錐の中程には薄い円柱状の部分があり、伊七百型はこれに戦闘機を搭載したコンテナを接続、円柱状のユニットごとコンテナを回転。本体を水中に隠しつつ、必要な機体のみを迅速に発射できるという仕様だった。いざという時はコンテナを切り離し、素早く逃走が可能だ。
だが、この艦のコンテナは恐らくアーティファクトを搭載するものだろう。
しかし特筆すべきはその大きさだ。250mという戦艦に匹敵するサイズはむしろ潜水艦としては不向きだと思うのだが…。
戦慄し、声も出せない俺を知ってか知らずか、隣で圧縮空気が放出される音がした。気密状態が解除されたコクピットから素早く地面に降り立った不審者はそのフルフェイス型のヘッドギアに手を掛け、一息に取った。
美しく煌めく青銀の長髪を靡かせ、低い双丘を強調するかのように胸を張り、自慢げな表情で語りだす。先程までの低い声とは異なり高い声で。だが、声に含まれる希望の意志は些かも変わりはしなかった。
「私は灰浦、灰浦エラ。遺物封印組織、博物館の館長。この艦の艦長。そして単なるか弱き乙女。君は?君の名前は?これから共に闘っていく君の名前はなんだい?」
名前…俺が機械だと知っても、コイツは俺を受け入れてくれるのだろうか。
隠しきれない不安が圧縮空気と共に噴出したように感じられた。同じようにコクピットから飛び降り、青銀へと歩み寄りながらヘッドギアを外し答える。
「俺は…俺はヒューマノイド。ヒューマノイドTypeUI107。なぁ聞かせてくれよ、博物館は人外でも雇用してくれるのか?」
「勿論だ。我々は誰もが自分だけの歴史を勝ち取れる世界の為の組織なんだからね」
即答だった。
「そうか…俺は人間らしく生きられるかな?」
「それは分からない。君が抗うのを諦めたなら不可能だろう。でも君が闘い続けたとしても、そう生きられるのかは分からないな。ただ一つ言えるなら…。」
「……俺はアンタを信用するよ、灰浦エラ。」
欺瞞や嘘ではなく、彼女は分からないと答えた。分からない事を分からないと言える人間は中々いない。ましてやこんな重い問いに。だから信用出来る。コイツは…灰浦エラは俺を裏切らないと。いいや、それは願望なのかも知れない。でも…それでも、希望的観測だったとしても、信用する。信用したいから。
「話の腰を折るなよぉ…。でもそうか、うん!なら頑張れよ!私も頑張る、だから一つ言わせて欲しい…!その名前…可愛くないね。」
台無しだった。
《あぁーッ!館長ってばまたシリアルキラーならぬシリアスキラーしてるよ!》
艦から声が響く。
「やかましいよぉ!ちょっと黙っててくれないかなぁ!今いいところなのに!」
「ブチ壊したのお前だけどな。」
「て…的確なツッコミどうも…。まぁともかく。名前要るだろ?機械だってアイデンティティは必要だ。それに君は自分の歴史を勝ち取るんだろ?なら必要じゃない?あって困るもんじゃないしね。」
俺の答えも聞かず、ビシッと俺を指差して叫ぶ。
「君は!君の名前はユイ!ユイ・イオナだ!単純だけどいい響きでしょお〜!これから宜しくねユイ!」
「……いや、イオナ・ユイの方がしっくりくるな。俺はイオナ。イオナ・ユイだ。こちらこそ宜しく、灰浦エラ。」
却下されたショックからか目を潤ませる彼女をスルーし、無意識のうちに笑顔で返す。左手を差し出し握手を求める。久しく感じていなかった人間の体温は、前の時よりもずっと脆く。壊れそうな程に温かかった。
イオナ・ユイ。それが、やがて極光の羽衣と仇名される機体の、パイロットの名前だ。