取り合う手、誰が為に。
《うーん反応が鈍いなぁ…。おーい聞こえてるかーい!ねぇってばぁ!》
何だこいつ…。的確に不快感を与えてくる。だが少なくとも言葉は通じるらしい。
助けに来た。奴は確かにそう言った。乗ってみるのも手か…?
《え、もしかしてホントに聞こえてないの?通信機の不調かな……大丈夫ー?》
「いや大丈夫じゃない。現在進行形で不審者に絡まれてるからな。」
《お?あぁ良かった良かった、聞こえてたのね。全く、聞こえてんならちゃんと返事してよー。ところで不審者って?》
「俺とお前しかいないのに他に誰が?」
冗談を口にした俺に対し、不審者は全く予想してない言葉を発する。
《え?いるでしょその機体に、もう一人。》
「は…?何の話だ…?」
《うーんと……しらばっくれるのは流石に良くないよねぇ。いるよね?AIちゃんが。》
………仕方ないか。AIちゃん呼ばわりに抗議するニシキを手振りで宥めつつ答える。
「わかった、こっちの負けだ。コイツにはAIが搭載されてる。確かにお前の言うとおり、もう一人いるよ。」
《あはー!やっぱりねぇー!いやー、二人分の気配がするから、まさかとは思ったけどさ。ホントにAI搭載機とはねぇ。……これは思ったより大きい獲物だったな。》
ポツリと溢した言葉は通信機が拾えない程小さく、か細く、俺の耳に届くことはなかった。
さて。ここで立ち話を続けているわけにも行かないだろう。話を進めねば。
「助けに来た、さっきそう言ったよな?あれはどういう意味だ?」
《そのままの意味だよ?君とその機体を保護するのが、この作戦の目的だからね。身の安全は保証するよ。》
「なるほど?だがそれで、そちらになんの得がある?いくら目覚めたばかりだとは言え、流石に損得勘定くらいは出来る。そちらが俺の身の安全を提供してくれるのに対して、俺から出せるものは何もないぞ?むしろコイツ等みたいな面倒な奴らを呼び込みかねないんじゃないのか?」
足元のスクラップを蹴り飛ばしながら答える。少しの沈黙の後、不審者は再び声を発した。
《……思ってたよりも賢いね君。確かに君の身柄に加えて、その機体の保証もする…。そんな親切な組織があるわけ無いよね。だけどさ、ここからを聞くなら君には選択してもらわなければならない。》
声色が変わる。間延びした喋り方はいつの間にかシリアスな味を含み、柔和なオーラを纏っていた機体からは何も感じられない。一体何を…。
《君には道が二つある。幸運にも君は選ぶことができる。どちらの道を行くのかをね。》
透明な右腕が持ち上げられ、指を二本立てる。
《一つはこのまま黙って我々に保護される事。自由と安全の保証をするが、その代わりその機体は頂こう。》
吐き捨てられる選択肢。機体の放棄…。AOの価値は分からないが、少なくとも、この機体を2つの組織が欲していることは確かだ。なるほど対価としては見合うかもしれない。だがしかし…取り上げた後どうするんだ?戦争にでも使おうというのか…?
薄ら寒い空気の中で奴は、もう一方の選択肢を提示する。
《そしてもう一つは、我らと共に…二つの世界を相手取り、闘う道だ。君の行動は我々、博物館の手で管理され、いつ死ぬかも分からない。だがしかし。君がこの狂った世界に何かを…歴史を残せる可能性は、こちらの道にしか無い。》
ゴクリと音を立て生唾を飲み込む。
二つの世界と博物館。未知の単語には然程心惹かれなかったが、歴史を残せる。そう聞いた瞬間に覚悟は決まってしまった。何故なのかと問われても説明するのは難しい。
だけど、もう道は決まった。ゴチャゴチャと理屈を並べ立てる必要なんかないさ。
『申し訳ありませんが、当機のパイロットを務められるのは貴方のみに限定されています。なので取るべき道は一つしかありません。』
「わかってる。もうどちらを選ぶかは決まったよ。」
《そう、か…。AIちゃんは残酷だね。自分を動かせるパイロットが他に居ないからって、君は彼を戦場へ駆り出すのか。》
「いいや、違う。違うさ。」
何故か不審者がニッと笑った気がした。ここは俺が笑う場面じゃないのか?
「これは俺の決断だよ。何しろ俺の物語の第一歩だからな。」
《プッ…アハハ!そうきたかー、そうかそうかー。なら文句ないね。》
指を立てていた透明な手が、開かれてこちらへ差し伸べられる。
《じゃあ行こうか。君の歴史を紡ぐ為に。こんな所で生き埋めで終わる男じゃないんだろう?》
「その通りだ。行こう。」
手を取る。誰の為でもなく、自分の為に。
引かれるがまま、眠っていた部屋を後にする。チラリと戦闘の痕跡を見て、すぐに視線を戻し、去った。
その痕跡と鮮血の跡にどんな意味があるのかも意識せず、今はただ上のみを向いていた。
これは儚くも愚かしい、英雄の逸話。或いは人の形をした機械の間違いの物語。
だが、未来においてどんな事が起ころうとも、重要なのは今この瞬間だけだった。彼のこの最初の選択が、二つの世界の行く末を決めたのだから。