目覚める遺物、その名は羽衣。《2》
「ハァ…ハァ……。死んだ…か?」
『コクピットを圧潰させています。確実に死んでいるかと。』
向かってくる槍を躱し、膝蹴りを叩き込む。言葉にすると単純だが、これほど現実が痛みを伴うものだとは知らなかった。
原因は分からないが、都度動くたびに全身を痛覚が締め上げたうえに、基礎体力も到底足りなかった。ニシキの攻撃予測と羽衣の性能が無ければ死んでいたのは俺の方だ。
膝から崩れ落ちた敵機を視界の端で捉えつつ、盾を構え此方へ突進する二機の方へ向き直る。そう、敵は三機だ。一機を瞬殺したとしても、残る二機が見逃してくれるはずも無い。両肩を青く塗装した機体が刃を振り上げた刹那。
「ハァッ!」
足元に転がるかつて敵機だったスクラップを蹴り上げ、躍るように足を捌く。浮かび上がったスクラップにハイキックをプレゼント。
当然、それは物理法則に従い今まさに羽衣を一刀両断せんとしていた青肩の無防備な腹を激突した。咄嗟に防ごうとしたのか、剣を胸の前に滑り込ませるも、それを砕き大質量の一撃が赤肩を襲った。
よろめく青肩。その隙を穿つ─!
「シャアッ!」
羽衣の鋭く鋭利なヒールを首筋に捩じ込み首を刎ねる。鋭い呼気を放ち、その未来を確定するべく一撃が繰り出される。
───その筈だった。
視野狭窄だった。警戒が疎かだった。これでは槍使いを嘲笑えない。
両肩が赤いもう一機の動きを一分たりとも気にしていなかった。
ヌルリと液体を思わせる動作で青肩の背後から赤がちらつく。咄嗟に距離を取ろうとするも僅かに、しかして致命的に青肩に近過ぎた。何より唐突にして、俊敏。避けきれない。
青肩のコクピットが内側から食い破られ、血を吐き出す。コクピットという全身でも突出した硬度を誇る部位を刺し貫いても、その速度は衰えない。足を引っ込める間もなく膝裏に切っ先が潜り込む。
「まだだッ!この程度の傷なら─!」
『ダメです!避けてッ!』
「は?あ…ああッ!?」
鞘から抜く時のように、優雅に血まみれの得物を引き抜き、意趣返しとばかりに青肩をこちらへ蹴り出す。
青肩の背中からスパークが瞬いて。直後爆発した。動力装置を貫かれていたに違いない。だがそんな事はどうでもいい。そんな事よりも、余程重大な問題がある。
羽衣に盾はない。しかし赤肩にはある。近距離で爆発が起きたとしてもどちらの被害が大きいかは明白だ。何より膝裏の被害など機動力の低下を免れない。
閃光。直後の衝撃。
先程の地震のような揺れとは桁違いの振動。
『破片がソフトスキンを貫通!全身に軽度の切創、擦過傷、爆傷を確認。。両腿部のU.M.S.に重度の裂傷が発生。一部回路が断線。通電率、運動性共におよそ30%低下、危険です!』
「わかってる、わかってるから…!」
予想通り盾を構え上手く被害を軽減したらしい赤肩に対し、こちらは防御姿勢も取れないままモロに喰らった。脊椎にあるコクピットが無事でも、先程の刺傷に加え、さらに爆発のダメージで攻撃の起点になる足がやられた。せめて武器でも無きゃ今度は無理だ。
「そうだ…武器だ。武器は…現時点で使用可能な武装は!?」
『使用可能な武装をサブディスプレイに表示します。』
MIU-1998A サンブスター12.7mm近接防御機関砲二門…弾切れ。
ME-K08 ヒートブレード×2…使用可能。射程に難あり。
MBL-F6 ガリアンランチャー×4 …欠損。
MIU-08H 対人用12mmチェーンガン×2 …使用可能。但しダメージは期待出来ない。
ME-K14 アイテールヒートダガー…使用可能。有効。
あまり期待できそうもないラインナップだ。
「飛び道具が使えないか……。」
蛇腹状の刃で構成されたアンカーユニットであるらしい、ガリアンランチャーはこの局面においてかなり使えそうなのだが…無いものは仕方がない。
取れる戦法は唯一つ。相手の出方に合わせカウンター一撃で仕留める…!
頭部のポニーテール状の放熱策で加熱されたME-K14 アイテールヒートダガーを直下のマウントラッチから左手で抜き放ち、構える。握りの割に刀身が長く、長剣をそのまま縮小したようにも見受けられる意匠だ。
見据える先は赤肩の、まさしく肩。右手の剣を意識しつつ、油断なく盾を構える左肩を注視する。
かなり状態のいい剣と異なり、盾はボロボロだ。全体的にへこみが多い。外では鈍器が主流な可能性もあるが、もしかしたら盾がメインウエポンなんじゃないか…?
チャージやシールドバッシュが得意ならば、先端が防御用の道具に似つかわしくない鋭利な形状をしているのにも頷ける。
盾が奴のメインウエポンだとすれば、まず動くのは左肩だ。
舌打ちをして盾を構え直す。ネイビーブラックの謎の機体からは先程まで確かにあった油断の気配が消え失せていた。
いや。流石に味方殺しをしてまで深手を負わせに来た相手に対し油断するのは新兵でもありえないか。
両刃のナイフを構えてじっくりとこちらの出方を探っているらしい。足に負担のかかる積極的な攻めでは無く、カウンター狙いか。
「フウゥゥゥ…」
そんな甘い狙いなら乗ってやる。操縦桿を倒し愛機─レッドショルダー─を走らせる。同時に謎の機体がビリジアンの瞳を輝かせ、ナイフを突き出した。だが、そんな正直攻撃に当たってやる義理は無いッ…!
……ところで既に依頼主達はコイツが動き出した瞬間にバラバラになった訳だが、金は出るのだろうか。
『敵機、来ます!』
「了解だッ!」
コクピットを狙いダガーを突き出した。だが、それは剣で逸らされる。
息つく暇も無く、繰り出される大振りのシールドバッシュ。しかし。
「それは予測済みなんだよォッ!」
この為に利き手じゃない左手でダガーを抜いたんだ。
奴は自分がダガーを逸らしたと思っているのかもしれない。だがしかし、それは違う。俺が奴の剣をダガーで逸したのだ。この行動を誘発させるために。
右の手甲パーツのスリットから、内蔵されたヒートブレードが、シャキンと鋭くも軽やかな音を奏で、展開される。
それを迫りくる盾の先端に柔く宛てがい、一閃。
肘までを断ち切られた赤肩の動きは素早かった。二の腕ごと破損箇所をパージし、羽衣の胴を穿とうと逆手に持ち変えた剣を振るう。しかし幾ら素早かろうとその動きは先程の不意打ちに比べると幾分か精細を欠いていた。
「もらったッ!」
ダガーにエネルギーを供給し、切断力を上げる。
手首を切り落とし、返す手でそれを振り下ろした。
「ハァァァァッ!」
背中の動力部を傷つけぬよう、赤熱化した刃が後頭部から首、胸までを切り裂いた。傷跡から溶けた金属がポタリと落ちて。膝から崩れ落ちたそれを壁に向け蹴飛ばし、万が一に備える。
…断続的にスパークしているが、動力部に然程の被害が無かったからか爆発はしないようだ。
そういえば歩兵がいたはず…と思い周りを見回すと床や壁に血の池が出来ていた。
気を取り直し口を開く。
「ニシキ、アレに向かってコンタクトを取れるか?」
『可能です、オープンチャンネルで回線開きます。』
いつの間にか開いていた扉の影に寄り掛かり、拍手を寄越すAOに向けて話しかける。
「お前も敵か?」
《いやぁ、心外だな。我々は君を助けに来たんだよ?羽衣とそのパイロットくん?》
…なんだこの軽薄な声は。パイロットが男なのは別にどうでもいいが、馴れ馴れしすぎやしないか?
だが、ニシキはアレはAOだと断言した。警戒を怠る訳にはいかない。順手でナイフを握り締め、次の句を待つ。
《それにしても…》
どう来る。何をする。
奴がこちらに向き直り影から全身を晒す。
異様な外見だった。
その装甲は内部構造が透けて見え、まるでガラスその物で作られたかのような透明度で、装甲に施された黒い縁取りが無ければ、そこに在る事をハッキリと認識する事すら難しかっただろう。
『オーロラドライブの固有周波数解析完了。対象をドイツ製AOのRO-V8 ガラスの靴と断定します。』
これは赤肩とは比べ物にならない強敵かも知れないな…。
《随分かわいい声だねぇ…。好きになっちゃいそ♡》
『キ…キモい…。』
訂正。かも知れないなどというレベルではなく、赤肩とは比べ物にならない強敵だった。