エピローグ02
喉元に突き立てられる鋭利な刃物。
手元に狂いはなく、迷いもない。
寸分でも動かせば、頸動脈を貫き出血死するはずだ。
心に渦巻く一生分の後悔と懺悔を胸に一思いに、自殺する。
「おいっ、やめろ黄泉」
「邪魔しないでよ、戒兄さん。私は御坂と一緒に逝くの」
それと―――邇亜と共に。
黄泉をよく慕い、懐いてくれた可愛い後輩。
御坂の相棒となり、頼もしい先輩として成長して安心した。この子なら、溺愛する弟を任せられると。
心配することはなかった。それだけ、邇亜が優秀で御坂も強いことを知っていたから。
任務もかんたんなものを回すように手配したし、学校に通えるよう党首に交渉したりと只々幸せにしたかった。こんな汚れた世界で生きる支えとなるように、死んでしまわぬ様に。
だが、大事な後輩と弟は死んでしまった。
戦争が次第に大きくなり目まぐるしい日々の中の共同任務で邇亜は御坂の代わりに死んだ。
御坂自身が望んで受けた任務で邇亜の妹のかわりに私が殺してしまった。もともと爆発の怪我にとどめを刺してしまったのだ。
大事な人は、みんな私を一人にしていく。
守れたはずの邇亜を見捨て、向き合おうとしてくれた御坂を殺した。最低だ。私が、嫌いになる。
だから死ぬ。誰も止める事なんてできない。
私は薙灘黄泉を好きになる為に生きてきたのだ。
嫌悪に陥るなんて、絶望なのだ。
絶望にもう、耐えられない。
「それはないぜ、黄泉。自殺なんか、自己満だろ」
「そうよ、自己満足よ。何が悪いの?」
「悪いとは言っちゃいねぇよ。ただ」
「ただ?なによ」
「死んで何になんだよ、お前」
―――何を言ってる、戒兄さんは。
「お前はきっと、自分を好きになる為に御坂や『逢瀬』を利用して、勝手に思い違いして挙句の果てに自殺だなんて馬鹿げてやがる」
―――――戒兄さんごときに私の何がわかるの。
――――――わかったような口調が嫌いなの。とうしても戒兄さんのそうゆうところは仲良くなれないの。
「自分が嫌いなやつなんて死ぬほどいやがる。自分が好きなやつなんてこの世に俺くらいじゃねぇのかよ。誰しもコンプレックスはあるし生き様も様々だ。だが、お前みたいにそう簡単に死にやしない」
―――――――戒兄さんらしくて憧れる。そこはずっと妹として唯一認めているところだ。私が鮮烈に憧憬するのは薙灘戒のイキザマだったから。
「御坂が精一杯生きて、黄泉。てめぇが簡単に死を選ぶなんて姉としてどうかと思うがな」
――――――――言いたいことはそれだけ?
「だから、私も生きろっていいたいの?」
「だって黄泉、泣いてるじゃん」
戒兄さんの普段のおちゃらけた苦手の顔じゃない。
私がよく見せるような御坂に向けての笑み。
「……あ、れ……?」
私は死ぬのが怖いのかな。
死ぬことは私にとっての救いじゃないの?
ああ、もうわからない。
「お前がもし、今。生きることに意味を見いだせなくなってるなら、自分が分からなくなってるなら俺が教えてやる。与えてやるよ」
「なんで、」
「薙灘黄泉は『冥土』を好きになれ。それでさっさと死ねよ」
「なんでそこまで」
――――――――そこまで言って切り捨てる?
「俺の愛する妹を助けるのは当然だからな。それに俺は俺を生きている。御坂も御坂なりに生き抜いた。それを姉であるお前が中途半端にするなんて、姉としてのプライドが許さないんだろ?」
「ーーーー!!!」
たしかにそれは不躾だ。
私の生き様に反する行為。姉として相応しくない。
そう思うと、自然と全身へと脱力感が回る。大きく深呼吸を何度もして、気持ちを整理する。こんなこと、昔は日常茶飯事だった。こんなにも情緒が不安定な私を戒兄さんは知っているから、こうも簡単に言いくるめられてしまうのだろう。
涙を拭い、さあ進もう。
嫌いな『冥土』も薙灘黄泉も好きになる為に。
私の生き様を親愛なる者達へ見せつける為に。
「戒兄さん、手伝ってほしいことがあるんだけど」
「昔みたいに可愛くおねだりしたら聞いてやるよ」
まずは気に食わない『再開発』の始末からだ。『再開発』の計画通りに御坂と邇亜は殺したし、殺された。来たるべき戦争のための戦略か、党首の左腕でもある私にさえ情報が探れないほどの機密を持っているのだ。
だから、恩返しならぬ仇返し。
戦争で必ず生き抜き、勝利を収めた上で裏切ってやる。
報いを返した私は私を好きになれる。
――薙灘戒のように破天荒で凶暴で優しい殺し屋に。
「私を助けてよ――戒お兄ちゃん。愛してるんだから」
「はっ、勿論。俺も愛してるぜ、妹」
兄と姉、最悪のタッグが結成されるこの日。
戦争の始まりの日にもなったのであった。




