『再開発』
背後からかけられた可愛らしい声。
制服は糸杉高校のすぐそばにある、楠中学校の女ものだ。翡翠の髪を横でひとつに結び、赤いリボンをつけている。しかも、その顔には見覚えがある。というか、見知った顔だった。
「『鳥居』かーーーーーーいや、今は刀願恤だったっけ?」
「はい。御坂さん、先日ぶりです」
『鳥居』こと刀願恤は中学3年生。来年には高校生になるのだ。俺より二つ下の後輩にあたる。
「あの、お話したいです…………お時間、いいですか?」
しどろもどろに目線の先の喫茶店を見る。いつでも変わらない恤の態度に御坂は少しだけ、気持ちが緩んだ気がした。
喫茶店[やえ]。マスターである弥榮衣六法さん経営のコーヒーが美味しい喫茶店である。
店に入ると、コーヒーの匂いがする。他にも客は数人いるようだった。
弥榮衣さんに軽く会釈し、コーヒーとココアを頼んだ。
コーヒーのほろ苦い匂い。
店員が持ってきたコーヒーに角砂糖を3つ入れる。恤はホットココアを頼んでおり、フーフーと冷ましていた。
「話ってなんだ、恤」
いまだ慣れない名前呼びも少しは様になってきた。恤は横の髪をいじりながら、ゆっくりと話す。
「昨日、の仕事でいった、じゃないですか………『家族』がどうとか………」
「ああ。そんなこと言ってたな」
昨夜のことを思い出しつつ御坂は言う。傀儡殺人鬼に遭遇し、不気味な神父殺し屋を初めてみた。傀儡殺人鬼とは2度目の再開となるので、妙に印象に残っている。俺は無意識に顔を曇らせてしまう。
『私も……『家族』はいない』
少し寂しげに恤は言っていた。顔はよく見えなかったけれど。
「私、姉が居るんです。2つ上で、わすごく遠いところで仕事してるらしいんです。けど、2年立っても帰ってこないんです」
いつもしどろもどろに話す恤は今は、スラスラと話していた。
「それで、気になった私は当主に聞いたんです。お姉ちゃんはどこにいるかって……………………そして帰ってきた答えが宇宙の彼方、って言ったんです」
だんだんと言葉を区切って話し、言葉を選んでいるように見えた。もしくは、自分自身に言い聞かせるように。
「昔、は全然わかんなかったんです。けど、今ならわかる気がしました…………………………………死んじゃったんだって」
「何が言いたいんだ?」
この話を始めた意図がわからなかった。『家族』のことについて話したかっただけか、ただの暇つぶしか。どちらにしても、だ。
(なんで恤が、『鳥居』がそんなこと言うんだ。俺のこと、恨んでるのか?)
後悔が募る。あの時の、『逢瀬』の言った言葉が今でも残っているように。糸のように絡みついて、解けない。
「いえ、ただ、知ってほしかっただけ、です。御坂さんは私のパートナーだから、です」
「………………………くだらない。
たかが、パートナーだろ」
「はい。ただのパートナーです」
皮肉で返したつもりが、優しく朗らかに返されてこちらが後ろめたくなった。それと、と恤は付け加えた。
「お姉ちゃんの情報、知ってたら教えてほしいと思い、ます」
御坂は恤と目を逸らし、考えた。恤は『逢瀬』の血縁者で、妹である。『逢瀬』は妹とは仲が良かったと言っていたけど、だんだん疎遠になってしまったと悲しそうに笑って言っていた。
『妹と話しずらくなっちゃったよ、『御影』』
『あんなに仲良かったのにか?俺は羨ましい。黄泉姉さんや戒兄さんとは上手くやれないから』
『ふふっ、でも『冥土』さんは『御影』が大好きだよね。『幽冥』さんの方はみかげくんいつもからかってるし。私から見たらすごく仲良しそうだよ?』
『………………………………そもそも何がきっかけで話しずらくなったんだよ』
『あ、話ずらした………まあ、いいけどさ』
『お姉ちゃんとしてのプライド見せられなかったから』
『?』
いつも笑顔な『逢瀬』が珍しく濁った顔をして話していたからよく覚えている。俺が知っている『逢瀬』はいつも笑っていて、あの時のような濁った表情は数度しか見ていない。くだらない話しかできない気がする。
(話していいのか、恤に………本家が言ってないなら俺が言わないほうがいいのか?)
不意に思い出した。今日の用事を。時計をすぐさまみる。時刻は6時前だ。
「………………………時間だ」
「なん、の時間です?」
話をそらされ、不意打ちを食らった恤は余計に不思議そうに聞く。恤は不満気な顔をしつつも聞いてきた。
「右往博士に会いにだよ」
「やあやあ、よく来てくれたね『御影』くん、『鳥居』くん」
高校の近くの駅から徒歩20分。山奥にある大きな地下工房に二人はいる。入って、迎えにきくれたのは殺し屋専門の雇われ研究者『再開発』こと、右往左往だ。性別不明、意味ありげな言動で人を弄ぶピエロのような人である。
「ごめんなさい、『再開発』。時間が少々遅れてしまいました」
「構わないさ、『御影』くん。それより、右往博士と呼んでくれないかい?コードネームで呼ばれるのは背中がかゆくてねぇ」
「分かりました、右往博士。今日はどのようなご用件で?」
調子良く話す右往博士は白衣をひらりと回し、ポケットに手を入れ、ついてこいと先導を進んだ。
「いやはや、君たち。傀儡殺人鬼に遭遇したらしいじゃないか。それに『御影』くんは二度目だよ?悪運強いね」
「運が悪いんです。俺は殺し屋には向いてない」
「いやいや、そんなことないさ。なに?自暴自棄かい、『御影』くん。殺し屋にだって色々あるのさ」
薄っぺらい笑顔で言う右往博士。後ろを歩いているため顔は見えないけど、多分そうだろう。この人は苦手だ。恤は、不思議な人だとか優しいとか言うけど信じられない。人の神経を逆撫でする言葉しか言わないのだから。
「あ、あの………」
「ん、あ。すまないね、汚い部屋で『鳥居』くん。これでも片付けたんだけどね」
「いえ、そうゆうことではないこともなくて………」
実際右往博士の研究所は見事にゴミ屋敷と言っていいだろう。掃除した、というのも通路を作るため荷物を横に寄せただけだ。
「さっきから話している、傀儡殺人鬼って、なんなんです?」
「『鳥居』くん、いつから殺し屋始めた?」
「一年前くらいです?」
「なら、知らないのも仕方ないか」
右往博士は後ろをくるりと振り向いて、満面の笑みでいった。
「苦綯白羅、20年間で人を何万人も殺した糸使いの殺人鬼さ」
右往博士は、
今度は顔だけ後ろに向けて楽しそうに笑った。