本音を、全部を
………………許せなかった。俺が『逢瀬』を見殺しにしたあの罪はとても重いものだから。普通は恨むべきだろう。それが当たり前、なのだ。
「…そんな、ことだって?」
ゆっくりと振り返り、俺を見た恤は肩をピクリとさせた。俺のトラウマに触れたのだ。本来なら触れてはいけなかったのだ。今の、心が浸水しきった状態では………溜まった不満や罵倒を言葉に、表情に出てしまう。
「恤にとって、『逢瀬』はその程度の存在だったのかよ……『逢瀬』は恤を思って、影で助けていたんだぞ!大好きで愛おしくてたまらないと口癖のように言っていたのに…」
その好意を愛を、全部全部。
「そんなことで済ませるのかよ………」
「ち、違いますっ!私はそうゆう意味で言いたかったのでは」
「ならなんだってんだよ……『逢瀬』のことは好きです。だけどそれ以上、もしくは同等に俺が好きだって?はっ、笑わせんな。くだらねぇ」
それじゃ、『逢瀬』が報われないのではないのだろうか。恤の為としてきたことを否定されたも同然ではないのか?
「俺は見ての通りの、弱くて脆くて情けない最低な奴なんだ。大事な人を守れない、大事な人に守られてばかりの役立たずで落ちこぼれなんだよ」
今までの全部の行動が悪く思えてしまう。自分でも迷いながらに進んだ道を否定し踏み外したように。もともと自分があまり好きではないが、振り返ってみれば自己嫌悪に陥ってしまう。
今までに何度か陥るも、そこまで酷くはなかった。今すぐ消えてしまいたい、だなんて思うほど思いつめてはいなかった。だけど今、逃げたいと思っている。これほどまでに自分が汚く、大嫌いだと自覚してしまった。
薙灘御坂という人間はここまでーーーー弱いのか。
「俺は……弱い。『逢瀬』のように恤も見殺しにしてしまうかもしれない」
だから、だから。もう関わらないでほしい。このまま放って嫌って欲しい。
「だから………だから」
「だから何なんですか!」
沈黙していた恤が突然大声を出す。それも、涙で顔を濡らして。必死に訴えるように。俺はそれに驚き、下を向いた顔を上げる。言葉で感じたままに、恤は涙を浮かべ苦しそうにしていた。
「嫌ってほしい?助けないでほしい?うるさいです!めんどくさいです!」
普段使わない荒々しい言葉に反応に困る。
「御坂さんが弱い?そんなのとっくに知ってますし、そんなことで嫌いになんてなりません!お姉ちゃんだってそうだったはずです!お姉ちゃんは誰にでも優しい。だけど大好きな御坂さんにはもっと優しかったです!だから犠牲にしてまで助けたのですよ!御坂さんに生きていてほしくて、助けたのです!だから私も御坂さんの弱さを知った上で助けるんです!」
一歩、恤は近寄る。
「お姉ちゃんも私も!自己満足の為に御坂さんを助けるのです!」
更に一歩、一歩と勧め御坂の正面に抱きつく。
「逃したりなんかしません!絶対に助けるんです、苦しむ御坂さんなんか見たくありません。例え今のまま間違い続けても、生きていて欲しいんです。一人ぼっちで迷子で無力だった私を助けてくれた。生きる道を示してくれた御坂さんに………感謝しきれないほどの恩があるのです。次は私が助けるのです。理由なんて単純、なんです………誰の為とかそうゆうんじゃなくて……………………………………………私はっ…………私、は……………………御坂さんが大好きだから」
振り絞るように出した声は次第に小さくなり、恤は地面へと崩れ落ちる。
「私も弱い、ですし………弱くていいです」
俺の服の袖を掴み、握りしめる。
「一緒に助け合って生きてゆきたいのです……」
ぐちゃぐちゃになった顔を上目遣いでこちらへ向ける。ずるい、ずるい。こんなの、俺も変わるしかないじゃないか。恤は真っ直ぐに俺を見て、向き合って、変わろうとしているのに………………年下で甘えん坊で泣き虫で優しい恤に、ここまで言わせておいて逃げるなんてできない。
いずれ、向き合わなければならないことを急かされた。否、思い知らされたというべきか。
「……………………腹くくるか」
「…………え?」
ここまで言われて逃げるなんて、そこまで落ちぶれてはいないのだ。逃げてばかりでは駄目だと知っていたけど、戦う強さに自信がなかった。打ちのめされ思い知らされて、怖くなって堕ちて。でも、弱くなる一方だった。だから一歩を踏み出そうとしていたのを恤に背中を押された。
恐怖も強さを補えばよいのだ。
恤も俺も一人では駄目だったのだから。
「約束……守るよ『逢瀬』」
空を仰ぎ、涙目の恤を見つめて思う。
弱さに報いる強さを、
強さに報いる恩をかえそう。
後悔だらけの薙灘御坂の人生に、救済を。
俺にとっての自己満足を果たそう。
「全部、全部、終わりにしよう」
そう、過去も、未来も………全部。終わりに。
暫く泣き止むまで恤を待った。静寂が支配するこの空間を目を赤く腫らした恤がかすれた声を発した。
「ごめんなさい、いきなり。めいわ」
「迷惑なんかじゃないさ、恤」
申し訳なさそうに俯いていた恤が驚きはっと顔を上げ、遠くを見つめる俺を見た。恤には俺がとう見えていたんだろう。
「俺が、助けられたのは事実だし正直助かった。本当に、ありがとう」
笑って振り向けば、唖然とする恤がなんだか可愛くて、笑みをこぼす。ベンチに置いてある手を引き、公園から出ることにする。
「夜明けが近いし、とりあえず家まで送るよ恤」
「御坂、さんはどこか行く予定なのですか?」
「特にないけど…………まあ、とりあえず戒兄さんと黄泉姉さんとちゃんと話そうかと思って………だから一旦、右往博士に連絡するよ」
意外そうな顔をまたする恤。まだ覚束ない足取りの恤の手を引き続けタクシーを呼ぼうとする。不意に、足を止める。そういえばもう一つ伝えなければならなかったのだ。
「そういえば………もう一つ言わなきゃいけなかった」
「?」
顔だけを恤に向けて、はっきりと言葉にした。
「恤、俺も大好きだよ」




