沼にはまって、壊れて、そして…
前回と同じ部屋にて、私と右往博士は話をすることになった。前より段ボール箱が増えて、フリーに使えるスペースがなくなっていて、山積みの資料も崩れ、気をつけないと転びそうだ。
紙を踏まないように避けながら椅子へと座る。
「すまないね、コーヒーしかなくて。コーヒー飲めるかい?」
「あっ、あの……すぐに済む要件なのでいりません」
それに、私コーヒー飲めないです。
1回チャレンジしたことありますけど、ミルクたっぷりお砂糖たっぷりでもダメでした。
苦くて、御坂さんの顔面に吹いちゃって……本当に申し訳なかったです。
「…………右往博士はコーヒー好きなんですか?」
「そうだね。でも『鳥居』くんにはおすすめできないかな」
「なんでです?」
「ほら、コーヒー飲むと背縮むって言うからね」
「あれって本当なのです!?」
「証明はされてないけどね。実際にはコーヒーに含まれるカフェインの成分が興奮させるものだから、それで夜に眠れなくなって伸びないだとか。まあ、可能性はゼロではないんだからね」
それに君、身長気にしてるだろ?、と付け加える右往博士。私はうっ、と反論しようとしたけど言葉が詰まってしまう。
多分、言い返してもまたからかわれるだけだ。
「ーーーーーーそんな風に黙っていたのかい、『鳥居』くん」
「え?」
「間違えて、後悔している誰かに。君で言う『御影』くんかな?」
最近で言うと、日笠さんにもなる。口では諦めたいと言っているけど、心では仕方が無いと思っているけど、初恋を諦めきれない彼女に。
「そんなつもりじゃっ………ないです」
なんて言っていいのか分からないだけ。
でもそれだけの事ができない私は、私が悔しい。
黙り込む私に右往博士は息を吐く。
「……すまない。少々からかいすぎたようだ」
「いえ…………」
謝られてしまった。
「君、思っていた以上に落ち込んでるからね」
「落ち込んで、はいますけど………」
主に御坂さんと日笠さんのこと。2人がやっていることは正しいんだと思う。
御坂さんは自分を守る為に。過去に縛られ。
日笠さんは家族を守る為に。未来に縛られ。
傷を負った道を、決められた道を歩こうとしている。間違ってもないし、正しいはずだ。
けど、やりたいことを我慢している。口をつぐんで俯いて無理やり笑顔を作って。そんなふたりは未定で痛々しい。助けてあげたい。
だけど、それが出来ない私に落ち込んで。
私はまた、俯く。すると予想外の回答が返ってきた。
「『神殿』のこと残念だったと私も思うさ」
「え?」
「え?」
どうやら、右往博士は勘違いをしていたみたいだ。御坂さんのことには繋がるけど、右往博士としては私が『神殿』が死んでしまったことを落ち込んで、『御影』くんに八つ当たりで喧嘩でもしたのかなーっと思っていたらしい。
「言っておきますけど、私『神殿』…………明南お兄ちゃんとは仲良くないです」
「そうなのかい?」
「だって、です。私にとっての明南お兄ちゃんは党首様なんです。近寄り難いです」
幼い頃も、家の中でずっと眺めているばかりだった。私が言葉を勉強してる間に、遊んでる間に、いつも忙しそうで。
刀願家の道場では、剣道と武道どちらか選べるのだけれど、私は剣道を選んだ。きっとそれが初めて(兄)と呼ばれる存在と話した時だろう。三歳から始め、刀願流剣技門下生の1人として教えて貰っくらいで。
厳しくて、でも出来たら褒めてくれて。
「1度も話したことがないかもです。家でも忙しくて……………いち、ども…話してない、です」
「どうしたんだい『鳥居』くん?」
たどたどしい口調になる私に右往博士は不思議そうに聞いてくる。
「い、え………本当に、私は明南お兄ちゃんのこと全然知らないなって思って」
なにかが、欠ける音がした。ガラスが、宝物が、大切にしていた。傷つかないように守ってきたものが欠ける音。否、元から欠けていたのかもしれない。
今、この瞬間。気づいてしまった。




