悪趣味な遊戯
気配を殺し、物陰に隠れる。
緊張でこわばる体を落ち着かせ、大きく深呼吸する。隣にしゃがむ少女も同様に緊張しているようだった。
(仕方がないか……この任務見てるんだっけ、あいつら?)
ロビーの端に設置されているカメラを見る。モニターの先には金持ちがうじゃうじゃいることだろう。参加者計50名の殺し合いを楽しみながら見ているのだ。金持ちが雇った強者が争いあい、殺し合い、賭けをする。そう言う遊戯なのだ。悪趣味で、最低だ。任務だから仕方がない、と割り切れるものではないのだから。
だからこれは遊戯であり、殺し合いなのだ。
隣にかがむ少女は刀の柄を両手で握り、何かブツブツ言っている。数分前、部屋に隠れていたものの移動した途端に角に出くわしてしまった屈強な男に会ったのだ。男は2mもの巨体を持っていて、驚きのあまりに少女が刀で右腹を刺してしまったのだ。男の方もびっくりしただろうけど。
本当に大丈夫か、と思いつつも目の前に集中するしかなかった。気を抜けば死んでしまうかもしれないのだから。
「『鳥居』、一旦落ち着いて。足音が聞こえる。多分、さっき見かけた男だと思うけど……」
「うっ、うん………大丈夫。私はできる、やればできる、きっと……うん。そう。多分、おそらく……」
少女のコードネームは『鳥居』。俺は『御影』。こうゆう仕事をする場合は呼称を変えているのだ。でも、本当に不安になってくる。最後の方は推測してたみたいだし。信じるしかないだろう。『鳥居』は優秀だ。ただ、引っ込み思案なだけだ。
でもそうも後も言っていられないので近づいてくる男へと意識を移す。
「チッ……どこ行きやがったあの餓鬼……」
足音を隠さず、強く地面を踏みしめていることから苛立っていることがわかる。男はかなりの強者。だか、冷静さを欠いていては理がない。
「『御影』さん……あの人さっきの……」
バレぬように観察しながら顔を最終確認する。つい数分前に臨戦状態となり、離脱の為に攻撃を仕掛けた男だ。今がチャンスである。
「取り逃がしたやつだ。仕掛けるよ、準備いい?」
「うん」
先程とは違う雰囲気。自己暗示がいい結果を見せたようだ。
『御影』は布に包んだ薙を取り出す。切れ味はもちろんのこと、重量も軽い。和装姿の『御影』には妙に似合っている。『御影』は男なのだが、群青の膝丈まである長髪でウザったいので今回は後ろに結んでポニーテールとなっている。切ればいい話なのだがこちらとで理由があるのだ。
『鳥居』は握りしめた柄から身の丈に合わぬ刀を構えた。刃渡りは1メートルほどあり、扱いづらそうに見える。巫女姿の『鳥居』にはしっくり来ていて可愛らしい。翡翠の髪を赤いリボンで右に結んでいる。『御影』とおそろいだ。
『鳥居』が立ち上がり、『御影』の方を見る。『御影』は頷き、『鳥居』は男の真正面へと自然に現れる。
「あんときの………そっちから出てきてくれるとはありがたいな。お嬢ちゃんの方が相手かい?あの坊主は逃げ出しちまったか?」
傷を追っているのにも関わらず、べらべらとしゃべる。『鳥居』は刀を構え、男を見据える。
(…………まずは手からだよね)
息をすい、男へと突っ込む。男の手の届く半径に入った途端、殴ってくる。喰らえばま大ダメージ、喰らわなければ屁でもないのだ。だから、腹に向かって放たれたパンチは難なく避けて、背後に素早く周りこむ。体の大小を利点として、小さな体をより縮め戦闘に挑んだ。
「ちょこまかとっ……」
案の定、『鳥居』に攻撃が当たらないことでイライラし始めた。『鳥居』はそのスキを狙い、右手を鮮やかに切る。豆腐でも切るかのようにスッパリと。男は体制を崩したので、そのまま左手も同様に切った。これで両手を失い、戦う手段は限られた。『鳥居』は鮮血が顔についても気にしない。
(念の為、足も…………)
体を蜘蛛のように低く構え、そのまま両足を膝足より切断。残りは胴体のみとなる。『鳥居』は基本、小柄で柔軟な体躯を生かした戦法を使う。今回のような巨大な男はどうってことないのだ。我が相棒ながら誇りに思う。
「あぁぁぁぁ!!!!」
男に残ったのは莫大な苦痛と、体内に残る僅かな血。
ふぅ、と安心しつつも警戒を怠らない。留めももちろん。『御影』がする。
『御影』は『鳥居』が男を追い詰めたのを見て背後から脳天を薙で真っ二つに切る。鮮やかな切り口からは鮮血し、頬に少しつく。
「お疲れ様、『鳥居』」
「疲れた………?」
いつでも警戒していた為、気を抜くとどっと疲れが増した。しかし、二人にそんな時間は与えられなかった。放送がならないのだ。この胸糞悪い遊戯で人を殺す度―――――人数が減る度に放送がかかる手筈であったはずだが。
「おか、しいよ?大体殺したらアナウンスしてたのに……死んでないの、この人?」
「そんなはずない。ていうか、これで生きてたら怖いな」
再び、男の無残な死体を見る。四肢は鮮やかに切られ、おびただしい量の血が流れている。その上、真っ二つにしたのだから生きていたらゾンビかなにかだろう。死体に触るのは心苦しいけど、万が一の為に動向を開いたり心臓の音を聞いたりしても確実に死んでいる。
「管理者側に何かあったのか?」
「………………殺された、とか?」
管理者と客は最上階のフロアにいるはずだ。現在、『御影』と『鳥居』がいるのは15階。最上階は20階だ。残りの5階には他の参加者が3人居たはずだ。しかも、かなり腕の立つ相手なので二人で作戦を練り殺そうとしていたのだ。
「とりあえず……最上階まで行ってみるか」
「わかった………周囲の警戒はどう、するの?」
「一応出くわしたらすぐに戦闘状態に入れるようにしよう」
こくりと『鳥居』は頷く。早速、非常階段を使い上へと上がることにした。慎重に歩いて、息を潜め、耳を澄まして。
存在を出来る限りなくして。
フロアを順番に調べていく。いつ襲われても大丈夫なように身を構えていたが、何もないというのが現状だった。殺し合いをした跡はいくつもあった。大規模な血痕、生臭い匂い、刃の折れたあと。50人も殺し合っていれば、こんなもんだろうと。
(にしても、生き残ったのは俺と『鳥居』か?それにしては人数が合わない)
二人で殺した数は23人。それなら残り25人の死体があるはずだ。中にはぐしゃぐしゃになり、見分けが難しいものもあるが、想像して数えても24人しかいない。死体を、人と数えるのかは知らないが。
「一人、いないよ『御影』さん」
『鳥居』は最上階へと繋がる階段を上がっている間に言った。不安そうに、確信めいて。不穏な空気になり、悪いことばかりを考える。もしかしてまた、傀儡殺人鬼の仕業かもしれない……………まさかな。
「その残った一人が管理者及び、客を殺したのかね」
「でも残ってたの…強い人ばっかだし」
柄をさらに強く握りしめている『鳥居』に、『御影』は優しく声をかける。子供をあやすような、甘い声で。
「怖いよね。簡単な任務だって言ってた癖に……」
「えと……『冥土』さん?だった、よね?」
「そうだよ。『冥土』にもこうゆう事態は計画済みか、予想できなかったか……」
悪趣味な金持ちどもの殺し合いの遊戯は、『冥土』という殺し屋が持ちかけたものだ。二人の実力で十分だと言ってたはずなのだ。
(多分……予想外のことなんだろうな)
と『御影』は思ってしまった。
「俺……運悪いんだよ」
「?」
そうも後もしている間に、最上階についた。