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影が歌い始める

作者: 林太郎

蝶になる夢を見続けていた。



幼虫時代に見ていたセンパイたちは誰も彼もキレイだった。



陽の当たる花の上を踊って、お天道様目指して飛び上がってひらひらひらひら。



彼らの羽についた鱗のような粉は、太陽の当たり方で色が変わる。



どの当たり方もきれい。



彼らにうっとりしながら、彼らに憧れて、必死に葉をかじった。



いつか僕も、きれいな水溜まりがあったらそこに寄って冷たい水を飲んで、きれいな花があったら止まって甘い甘い蜜を吸う。



そんな夢を見ている僕はまださなぎ。幼虫時代は終わり。あとはじっと待つのみ。



殻の中は自分しかいない。綺麗なものが何もない、真っ暗なところ。それはとってもつまらないこと。



こんなところにいたら気が狂ってしまう。



なんとなくそう思ったら、本当にそうなる気がしてきて怖くなった。



はやく。はやく。



小さな世界が、崩れるのを願う。



もう既にいくつもの太陽が沈んでいった 。たぶんもうそろそろじゃないかな。楽観的かもしれない。けどね、なんだかそんな気がする。



ほら、殻の外がほんのりあったかい。



外に出たい。出れるなら今すぐにでも出たい。



ダメもとで、体を動かしたら、ドアが軋むのが聞こえた。



背中の心臓がばくばくした。



今日なんだ。今日、私は羽化をする。今日私は彼らの仲間入りをする!



嬉しくなって一生懸命からだを動かした。



ほら、背中の方に風を感じるよ。



殻が縦に割けていくのがわかる。



ミシミシと音をたてて御一人様用世界は壊れていく。



足が動く。足を使って外へ出ようと試みる。



外へ出た。けどまわりはよく見えない。



羽もまだしわしわで濡れている。



もうちょっとの辛抱だ。



もうちょっとの辛抱だ。



さあはやく。羽よ乾け!







陽が上って、 僕の真上に来た。



暖かさを感じる。



世界と一体化しているようだった。







僕は蝶になった。



羽ももう動く。なかなか大きくて立派な蝶だという自覚があった。



自分の姿を見ようと思って、綺麗な川を見に行った。



ちっちゃい蝶や蛾みたいに羽を細かく動かす必要なんてない。ゆったりと優雅に飛んでいく。



アゲハ蝶に会った。



「綺麗な羽ですね!」



私は彼に声をかけた。あなたの方が綺麗ですよと返事が来るのを期待した。



アゲハ蝶は私をちらりと見ると何処かへ羽早に飛び去った。



彼の態度が気になったけど、別にとるに足らない問題だ。その辺に花があったのかも。



川の音が聞こえる。



ここは山の中だ。



流れは見えたけど、波立っていて自分の姿を写すことはできない。



どこかいいところはないかなとしばらく飛び回った。



そして見つける。流れの中でも穏やかなところ。そこには生い茂る木々の緑が既に映っていた。



僕はそこへ飛んだ。 都合のいいことに、その穏やかなところのちょうど真上に枝が出ていた。



そこに止まって、下を見る。



僕は茶色かった。



触覚はブラシみたいだった。



僕は蛾だ。蝶じゃない。



僕はヤママユガ。



悲しくなってむやみやたらに飛び回った。



いい臭いがしたなと思ったら樹液だったり、草原を目指していたら雑木林の奥深くにいたり。



それでもどうにか、アオスジアゲハやモンシロチョウやキアゲハが仲良く踊る草原に来た。



彼らは僕を見て、何事なかったかのように振る舞った。



「ねぇ、とてもきれいだね!」



僕は辺りを飛び回って話しかけた。みんな僕を無視した。綺麗な彼らはそうでない僕を居ないものとしてあつかった。



僕は蛾だった。どんなに頑張っても向こう側にはいけない。



僕は蛾だ。



飛び回りながら落ち込んで、下を見た。



僕の影が羽ばたいている。



アゲハの下を見た。やはりそこでも影が羽ばたいている。



僕は嬉しくなった。



僕は下を見ながら飛んだ。



影を優雅に飛ばせた。



影ならば、僕は彼らと同じように飛べるんだ。



影は踊った。



僕はずっと影を踊らせ続けている。僕が本来蛾であることなんて忘れてしまえ。



僕は影。影である僕の影が、おぞましい姿の蛾なんだ。



何日も続けた。ずっと。ずっと。



影は踊る。



そしてやがて歌い始める。




他作品多数アリ。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  蝶になれると信じていたのに、実際になったのは蛾だったときの切なさや気がつくまでの蝶たちのリアクションがリアルで良かったです。  また、ただ落ち込んで終わるのではなく、影としてなら、同じ…
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