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3-3 「君はいい所のお嬢さんだと思うよ」

「こちら、株式会社シーオレムの新城さん。こちら、今回データーの取得にご協力いただける患者の日向野ひがのさんです。どうぞよろしくおねがいします。」

 病院のVR担当者3名の他に外部のVR企業から出向いた方を韮沢先生が紹介してくれる。


「よろしくお願いします。」

「よろしくおねがいします。」

 初めて聞く、男性の声だ。

 抑揚が少なく、太く、真っすぐな声。



「じゃあまず担当者から説明してもらうね。」

 そう、楓を気遣って、韮沢先生が楓に合わせてフランクに勧めてくれる。


 その気づかいが嬉しく、やはり少し申し訳ない。


 一通り病院のVR担当の方から説明がある。

 楓はとりあえず機械を頭にかぶって寝ればいい事。

 まずは、ゲームに接続するのではなく、VR空間に接続してオープンスペースまでたどり着く事。

 そこで慣らし、問題なければゲームへと接続してみる事。

 駄目そうであればまた後日。

 拒絶反応がやドクターストップがかかれば、今日で終了、という流れで2時間の予定らしい。


「とりあえず、機械を被って寝ればいいのですね。」

 自分はこんなに人がいるのにちゃんと寝れるだろうかと不安になる。


「大丈夫だ。問題が無ければ、自然とギアに誘導される。問題があってもここは病院だからすぐ対処できるようにしていただいている。」

 意外な事に、新城、と先ほど紹介してもらった外部企業の男性がそう教えてくれる。

 厳つそうな声だったのに、楓の不安を先に見抜いてくれたのだろうか?

 それとも、それほど楓は不安そうにしていた?


「ありがとう、ございます。」

 それでも、全然知らない人に気にかけてもらった事は嬉しいので、声が聞こえた方に頭を下げておく。自然と笑顔がこぼれる。


 お母さんもお父さんも、『家族じゃない他人は助けてくれないのが当たり前だよ。忙しい人も沢山いるし、楓より困ってる人がいるかもしれない。でも、優しい人は必ずいて、誰かはきっと助けてくれる。その時はちゃんと心を込めてお礼を言いなさい。』と教えられてきた。お礼だけでは申し訳ないけれど、一番大切な事って聞いているからちゃんと毎回言う様に心がけている。いつもちゃんと言えているかはわからないから不安になるけれども。


 僅かに風が動き、頷いた気配がした。

 きっと、気にするなという事だと思うのだけれども。


「それじゃあ時間も短いし、ちゃっちゃと始めるね。楓ちゃん、右手握るよ。」

「はい。」


 韮沢先生に誘導してもらい、ベッドにたどり着き、そこで座るように指示される。

 次に手渡されたのがギアだ。

 冷たい所と、つるつるしているところがある。

 金属製とプラスチックの部分だろうか。

 それにコードのような物がたくさんついている。


「じゃあこれを、ここの部分を前にしてヘルメットみたいに被ってみて。」

「はい。」


 ヘルメットは多分幼い頃に見たアレだと思う。

 お父さんが時々被ってた大きい頭のやつ。


 同じ様に被ってみたら特に何も言われなかったので合っていたのだと思う。


「じゃあ次にここで横たわるよ~。はい、枕はここ~!」


 バスバスと枕を叩いて場所を教えてくれる韮沢先生の子供っぽい仕草が楓には面白い。多分笑わせようとワザとやってくれているのだろうけれど、いつも笑ってしまう。

 思わずクスリ、と笑いを零しながら言われた通りに楓はベッドに横たわる。


「どこかおかしい所とか、痛い所はない?」

「ちょっとコードが気になりますが、大丈夫です。」

「ここ?ああ、少しずらそうか。」

 ほんのちょっとの事なのに、コードの位置まで調整してくれた。


「長く横になるからね。後で痛くなっても大変だしね。それじゃあ、今からギアの電源をいれるから、おそらく急に眠たくなってしまうみたいな感じになるよ。不安にならなくていいからそのまま眠ってみてね。」

「はい、わかりました。」

「準備はいい?」

「はい。」


 ここまで韮沢先生にしてもらっているから。何も怖いものは楓には無かった。


「じゃあお願いします~。」

 そう韮沢先生が言うと。

 ブゥンと僅かに機械が起動したのが音で分かる。


 奇しくもそのモーター音はラの音だった。


 楓が好きなピアノよりは幾分か低い音だけれども。

 何か気になってしまう・・・と思いながらも、楓の意識はそのままスルリと闇の中に落ちていくのを感じた。




 ☆☆☆



「・・ひ・・さん。日向野楓さん~?」


 誰かが自分を呼ぶ声がする。


「日向野楓さんだよね?もしも~し、息してる?」


 ハッっと意識が収束する。

 いや、気づいたのだ。

 目の前で何かが横切ったことに。

 今まで夢以外では真っ黒だったのに、視界に変化があったことに。


「えっ!?なに!?」


 慌てて意識を向けるが、ぼんやりとしていてよくわからない。


 物凄く、白い・・・白い所にいる。

 そこに何か青っぽい・・・そうだ青っていうのはこういう感じだった。

 自分がよく夢で見た空の青よりは随分と暗い色だけれども、こんな色もあったはずだ。


 それに慣れ親しんだ人の肌のような色と、黒っぽい髪の様な色。


 全てぼんやりして曖昧だ。


 だけれども、だけれども、――――見える。


「えっ!?嘘!?いきなり泣かないで!?まだ僕何もしてないよ?!」


 焦る誰かには大変悪いと思ったが、その慌てぶりが自分の担当医を思い出してしまって、ちょっと安心してしまったのだ。安心して、ホッとして、笑いが出たら涙が止まらなくなってしまった。


「ごめんなさい・・・。」

 誰だか知らないこの人にはとても悪いのだけれども。


 色を感じられた事が。


 自分にとってここまで『嬉しい』事だと思わなかったのだ。


「ごめんなさ・・・。」

 ボロボロと涙がこぼれる。

 ただでさえ滲んで上手く見えない視界が。さらに滲んだのが分かり、それですら胸を締め付ける。


 そうだ。

 お兄ちゃんは昔とても意地悪だった。

 小さい頃はよく泣かされたっけ。よく世界が滲んで。お母さんが優しくて。


 私が病気をした後、目が見えなくなったら、お兄ちゃんは意地悪をしなくなってしまった。


 だからずっと忘れていたけれど。

 確かにあった、自分の昔の視界の記憶。


 何の変哲もない普通の自分だった頃の家庭。

 今では大分『仲良しに』なってしまったけれど―――――。


「ごめんなさい・・・。」


 急に泣いたりしてごめんなさい。

 普通の娘のままでいられなくてごめんなさい。

 沢山の苦労をかけてごめんなさい。

 私にばかり優しくしてもらってごめんなさい。


 私には音楽の才能しかないのに。



 ―――なのに。


 音楽も才能がなくてごめんなさい。




 私は一生誰かに助けてもらわないと、生きていけないのかもしれない。

 それがとても恐ろしいのに、

 私の周りはみんな温かく優しい。


 大好きな人たちに、何か返したいのに。

 なのに・・・。


 なんだかとても、泣けてしまって。



 その見知らぬ青い人は、ずっと優しく頭を撫でてくれてた事にしばらく経ってやっと気づいた。






 ☆


「落ち着いた?」

「はい・・・・、本当にご迷惑をおかけして・・・。」


 はは!とその青っぽい人は明るく笑う。・・・いや、笑ってる気がする。

 正直よくわからないけれど、耳で慣れた気配がそう感じさせる。


「良いよ気にしないで。」

 そういうわけにもいかないと思うのだけれども。

 誰だかわからないこの人は、きっと関係者だとは思うけれど。今日会ったばかりの全くの他人で、自分の面倒を見てくれたきっと優しい人だ。

 でも、やはり自分にできることは一つしかない。


「ありがとうございます。」


「うん。いいね。お礼大事。いい所のお嬢さんだね。」

「そう・・・なのでしょうか?」

 楓には全然そんな事は分からないのだけれども、青い人はそのような事を言う。


「そうだよー。分かり合えない他人を分かろうとする方法が挨拶だからね!挨拶をするって事は相手を認めてる、配慮するって事だよ。だからいい子。それを親がちゃんと楓さんに教えてるから、『いい所のお嬢さん』。」

 この面倒見がいい誰かさんは、言い回しが独特らしい。

 独特のリズムが心地よく、思わずクスリと笑わされる。


「はい。」

 楓が頷くと、満足そうな気配が男からは漂ってくる。どうやらこれで良かったようだ。


「じゃあ本題に入ろうか。僕の名前は矢神芳雪。VRのゲーム作ってる人だよ。今日は直接出向こうと思ったんだけど、現在缶詰状態で、仕方なくVRで来ました?ごめんね?」

「いえ・・・時代は進んでるんですね。」

「何お婆ちゃんみたいな事言ってるの!楓さんまだ高校生で若いでしょ!」

「あ、はい・・・。」

 カラカラと明るく笑われる。

 貶された気もするのだけれど、怒る気持ちも劣等感を抱く気持ちにもなれない。

 どちらかといえば、明るく応援されてるような気持ちになる。

 不思議な人だ・・・。


「それで、どうだろう?楓さんは目が見えてるって事でいいのかな?」

「いえ・・・その、うまく見えなくて。」

「えっ!?そうなの!?突然泣き出したから、感動して!とかそういう事じゃないんだ・・・。」

「本当にごめんなさい・・・。」

 ほんのちょっとの事で泣いてしまった自分が恥ずかしい。


「滲んでよく見えないんです。矢神さんもその・・・青い服?を着てらっしゃって、黒い髪で肌色だから、ああ人なんだろうなぁとしか・・・。」


 それでも、とても大きな何かを思い出した気がする。


「・・・でも、色々思い出しました。肌色ってこんな色だったとか、青い色ってこんな色だったとか。

 泣いたら視界がより滲んで、兄に昔意地悪をされて泣かされた事も、涙で視界が滲むことも思い出しました。」


「そうかー。しばらく使っていなかった脳の器官だから、大分忘れているのかもしれないね。」

「そうですか・・・。」

 それはとても残念な事だけれども。

 それでも、色を実際見られたという事は、自分の中で思っている以上に大きい事だった。

 帰ってあの曲が弾いてみたいな。

 今なら、先生に足りないと言われ続けた自分の感情が少し足せるんじゃないか、って気がするのだけれども。


「諦めるのはまだ早いよー。」

「えっ!?」

 忘れてるのなら、もう見ることはできないんじゃないだろうか。


「思い出せるかもしれないじゃない~?楓さんは何か見たいものはないの?」

「見たいモノ・・・。」

 VRの中でなら目が見えるかもしれないと言われて、はじめに心によぎったもの。


「家族の・・・。家族の顔が見たいです。」


 いつも、楓に優しい、楓の大好きな家族。

 何が見えなかったとしても、もし世界で一つ何か見えるとするならば。

 もしかしたら、永遠に迷惑をかけてしまう人たちかもしれないけれど。

 だからこそ、楓はしっかりと家族の顔をみたかった。

 ちゃんと見て、ちゃんとお礼が言いたい。


 楓がそう言うと、矢神はハッとしたような気配がして。

 それからふわりとした気配でこういった。


「やはり、君はいい所のお嬢さんだと思うよ。」

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