表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

3-2 「やってみない?」

 体で日光を受け止めている。


 この病院はいつも、何故か明るい。


 一体どうなってるんだろうとは思う。

 聞くところによると、窓が他の病院に比べて多いらしい。

 でも、それだけで少し明るい気分になるのは間違いない。


 ―――パタパタパタパタ


 遠くからスリッパで歩いてくる音がする。

 特徴的なリズム。

 少し片方がわずかに詰まる音。


「やぁお待たせ、日向野さん。調子はどうだい?」

 待っていたら、担当医の韮沢にらさわ先生がやってくる。

 そう、韮沢先生の音。


 小さい頃からずっと自分を診てくれた先生だ。


「変わりないです。今日はどうされたんですか?」

 今日は韮沢先生に相談したいことがあるので、ぜひ病院まで足を運んで欲しいと言われた。

 先生に呼び出されるのも初めての事である。


「うん、その話は後でするから、折角来てもらったし、まずいつもの先にやっちゃおうか。」

「はい。」

 いつもの問診や触診などをし、先生がパソコンでカルテを作っている音がする。

 それもあっという間に5分ほどで終わったけれども。


「おまたせ。特に変わりないから、いつもと一緒ね。で、だ。」


 先生がパソコンに打ち込む音が消え、キィっと椅子が回る音がする。

 恐らくこちらを向いたのだろう。


「楓ちゃん、ゲームってやった事ある?」

「ゲームですか・・・?」

 突然の思わぬ問いにパチパチと瞬きをしてしまう。


 ゲームとは、かくれんぼとか、鬼ごっことかああいうゲームの事だろうか?

 昔はよくやっていたけれども・・・。


「そう。テレビゲームの方だね。今は時代が進んで、VRていうのが出ていてね。聞いたことあると思うけれど、人間の脳に直接働きかけて夢を見せる様な感じでゲームをするんだよ。」

「ゲーム・・・。」

 全然楓にはピンとこない。

 隣のお兄さんが、叫びながらテレビの前でやっていた車のゲーム・・・みたいなものなのかな?


「元々、医療や軍事で開発されていたものだからねぇ。ゲームと言ってもかなりしっかりしている技術だし、健康面では何も心配がない。」


「はい。」


「でね、そのVRは医療の現場でも使われていてね。研究がされているんだけれども、その医療枠でね楓ちゃん遊んでみない?」


「えっ!?」


「でも私・・・ピアノが・・・。」


 音大に入る為に今までずっと勉強してきたのだ。

 学校から帰ったらずっと音楽をしていると言っても過言じゃない。

 それこそ少なくとも一日6時間。

 弾けるときは8時間でも9時間でも弾く。

 誰でもみんな音大を志望する者がやっている事だ。

 目が見えない自分は、ハンデがある分もっと努力するしかない。


 ゲームなんかしている暇などないのだ。


 ―――自分には音楽しかないのに。


 今にも手を零れしまいそうなのに。


「まずね、VRの中だと時間の進みが遅くできるんだ。」


「え・・・。」

 思わぬ先生の言葉に思考が停止する。時間の進みが遅くなる?


「だからね、楓ちゃんが不安に思ってる音楽の練習なら、出来ることはVRでやってしまった方がより効率的だよ。それに、今は塾とかでもVRでやってるところが多いから、より時間を有効活用できる。」


「今、そうなんですね・・・。」


 VRの話は友達から聞いたことがあったけれど、まさか世界がそんなに変わっているとは思わなかった。1日中ピアノを弾いて引きこもっていたから、浮世離れしているとはよく言われるけれど。

 まさかそんなに時代に取り残されているとは思わなかった。

 親も、音大に合格するまでは・・・と情報をあえて伝えていなかったのかもしれない。


「あとね。」


 そっと、先生の手が自分の肩に触れた。

 温かい、優しい先生の体温。


「君はVR(向こう)でなら、目が見える可能性があるんだ。」

「え・・・。」

 今度こそ、楓は言葉を失った。

 今まで諦めてきたもの。

 父の顔、母の顔、兄の顔。友達の顔。

 幼い頃の記憶しかないけれど、それが見ることが叶うのだろうか?


「楓ちゃんの場合、後天的な病気で目が見えないわけだし、色々と条件が良かったんだ。先天的に見えない人にはまだ技術的に難しいらしい。けれど、幼い頃ちゃんと目が見えていた君だと、恐らく脳が視覚を覚えているんじゃないかって。でも、100%じゃないし、やってみないとどう見えるか分からない。あくまで医療枠だからゲームで遊んでもらうついでにデータを取らせてもらって、他の患者さんの為に役立たせてもらう。その分機材とかはこちらもちだよ。」


 どうかな?と韮沢先生が笑う気配がする。


「ご両親には伝えてある。楓ちゃんが望むなら、って返答は頂いてるよ。僕も無理してまで楓ちゃんに勧めたいわけじゃないけれど、ほら、楓ちゃん芸術家志望でしょ?」


「・・・・はい。」

 芸術家志望と言われるとなんだかとても恥ずかしい。

 自分はただ、好きな音楽がやっていたいだけなのだ。

 それで生きていくためには、その道しかなかっただけで・・・。


「うちと提携しているのはね、ファルディア戦記っていう、VRMMORPGってジャンルのゲームなんだ。戦記って言うから厳ついイメージがあるけれど、ぶっちゃけ何でもできるゲームらしい。」

「何でも・・・?」

「そう、料理したり、散歩したり、それこそ音楽をしたりなんてこともできるらしい。モンスターを倒してお金を稼いだりね。僕がそんな世界にいったら、すぐ死んじゃうけど、若い楓ちゃんならきっと大丈夫だよ。」

「先生ったら・・・。」

 思わずクスリと笑ってしまう。何でも小器用にこなす韮沢先生はきっとゲームでも上手くこなしてしまうだろうに、こうやって楓を元気づけてくれようとする。


「それにほら、楓ちゃん今、ピアノで悩んでるって聞いたから。ゲームの中で少し散歩してきたらどうかな?気分が晴れて綺麗なものを見て美味しい物でも食べたら、新しいアイデアが湧くかもしれないよ?」


 ああ・・・と楓は思う。

 韮沢先生は知っているのだ。

 楓が、音楽で詰まっていることに。

 もがいて苦しんでいる事に。

 それでも、今にも沈んでしまいそうな事に。


 いつもそうだ。

 楓の周りは、いつも優しく、温かい。


 少し泣きたくなる。


 楓はいつもそうだ。

 いつも何かが足りない。

 欠けた不完全な人間なのに、いつも周りが優しい。


 楓だけが、いつも、いつも何かが足りないのだ。

 それが嬉しく、申し訳ない――――。


 だから、音楽くらいは自分にできなければならないのに。

 自分には音楽しかないのに・・・。


「どうだろうか?やってみない?」


 先生が、自分を思って提案してくれた事が分かったから。

 楓には断る理由が思いつかなかった。


「よくわからないですが・・・続けられるかも分からないですが、それでもいいのなら。」


 それで、いつも自分の面倒を見てくれる先生の役に、少しでもたてるなら。

 その時はそう思った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ