3-1 「全然だめね」
フォルクロアも平仮名にした方がいいんですかね(震
「全然だめね。」
そう、先生に言われて指を止める。
次に加藤先生が何を言うのか、嫌でもわかる。
今まで何度も言われてきたことだ。
そう、何度も。
だけれども、自分でどこがどう悪いのかが分からない。
「何度も言ってるでしょう?貴方の音楽は平坦で、感情が無いのです。ただの上手な見本でしかない。」
「分からないならやめておしまいなさいな。それとも、目が見えないだけで同情して貰えると思ったの?そんなの色物でしかないの。この世界は厳しいのよ。そんな気持ちでやられても迷惑だわ。」
違う、そうじゃない。
自分は、ただ、音楽が好きなのだ。
好きで好きでたまらないのに。
何処が悪いか全然分からなくて泣きたくなる。
「今日は時間ですし、ここまでとします。まだ続けるならば前回と同じ宿題にします。あなたは技術的にはもう弾けているのですから、あとは」
わかるでしょう?と先生が続ける。
才能が無いのなら、身を引くことも大事だと、今なら別の道も選べると、家族が言えぬような厳しい事を歯に衣を着せず言ってくれるこの人は、本当はとてもやさしい事を楓は知っている。
だけれども、楓にはまだそこまで思いきれない。
だって、本当に音楽が好きなのだ。
「はい。先生。ありがとうございました。」
それだけを言って、椅子を立ち、先生がいるであろう方向に頭を下げる。
加藤先生が動く気配がし、玄関まで見送ろうと思ったが、そのままでいいと言われたので、もう一度ありがとうございますと言っておく。先生が部屋を出て、玄関の方で母親と話している気配がする。すぐにその気配も消えたけれども。
「はぁ。」
――――ポン。
ラの鍵盤をたたく。
何となく、今の自分の気分の音。
周波数は440Hz。
きちんと調律していて気持ちがいいのに、どこか不安をはらむというか。
そういう音だ。
それでも。
音を聞くだけでワクワクする。
楽しい気持ちになる。
だけれども。
自分には何かが決定的に足りないらしい。
「私って駄目なのかなぁ。」
慣れ親しんだピアノに頭を付ける。
彼女の名前は、日向野 楓。
17歳、高校2年生。
どこにでもいる、音楽が好きな普通の女子高校生。
ただ、彼女は目が見えない――――。
諸注意
この小説は大変センシティブな内容を含んでおります。
特に作者が気になるのは、「○○で目が見えない人はこうだったから、もっと頑張りなさい」等と簡単に他者と身近な方を比べる人が世の中にはいる事です。この小説を読んで「主人公はこうだったから~」と誰かと比べて、あまつさえその誰かに言う事は止めていただきたいと思います。
その方の苦しみはその人にしか分かるものではなく、簡単に比べられるものではありません。同じ苦しみを抱えた人でも、周りの人間に恵まれていたかによっても大きく変わります。また病の持ってる条件や重さも人によって大きく変わります。誰一人同じ苦しみは持っていないのです。
この小説では主人公が「目が見えない」ですが、主人公は大変家族にも友人にも恵まれています。もし、身近にそのような方がいらっしゃるのなら、誰かと比較してするよりも、側に寄り添い、まず相手を理解する努力をしていただけたらなと思います。
迎合する必要はありませんが、理解し合う努力が世界を良くするかなと思います。