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隻眼聖騎士と神裔の王女  作者: 六条 甘太
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モントレール街道にて(5)

 

 リーベル達は、部屋を飛び出し馬舎へと向かう。

 馬舎に着くと、目を疑う光景が彼らの目前に広がっていた。


 彼らの馬は、首と胴体が分裂され、腹部は何者かに食いちぎられ、血まみれの内臓が飛び出していた。

 獣の血生臭い臭いに、リーベルは思わず吐気に襲われ、口元を抑えて蹲る(うずくまる)ように地面にしゃがみこむ。

 その姿に慌てて、エステリアが彼女の背中を優しく摩り、声をかける。


「大丈夫ですか、リーベル様」

「ごめん、こういうの慣れてなくて……一国の王女ともあろう人間が情けないわ」


 リーベルは、ステッキを地面に立てつけ、悪臭に耐えながらゆっくりと立ち上がった。

 そして、自らの馬の亡骸の近くにいるアルフレッドに状況の確認を促した。


 アルフレッドは、悪臭を吸い込まぬよう口と鼻を覆い、側にあった馬舎清掃用の箒の柄の先端を使い、飛び出した内臓をすくい上げる。

 すると、そこには血に染まった一枚の紙があった。

 彼は、そこに書かれていた文字を確認する。

 紙が血で滲んでいるせいか、黒いインク文字がうっすらぼやけていたが、彼はその文字をはっきりと認識できた。

 なぜなら、彼はこの紙に見覚えがあったからだ。


 そこに書かれていた言葉。

 ”子供達を探しに行く”。

 弱々しい字体で書かれたその手紙は、レイアがリラとカイルに宛てた手紙であった。


 彼は、リーベルとエステリアの元へと駆け寄る。

 淡々と状況を説明する彼の表情は、険しく、その右手はきつく拳を握り締めていた。


「嘘でしょ……」


 リーベルは、声を震わせ、肩を落とした。

 すると、エステリアがリーベルの肩にそっと手を置き、馬舎の出入り口付近を指差した。

 そこには、血の痕が間隔をあけて地面に残されていたのだ。


「まだ、希望はありますよ、リーベル様」


 エステリアの言葉にリーベルは右手でステッキを握りしめ、左手で自らの心臓を強く叩いた。


「エステリア、アルフレッド。私は、5年前、混沌の闇に支配された国も民も助ける事ができなかった。王女としてその場にいなかった自分を呪ったわ。だからもう、これ以上、誰も死なせたくないの」


 リーベルの決意に、彼らは胸に手を当て、こうべを垂れた。

 それは、王女と同じ意志を持ち、王女に忠誠を示す事を意味している。


 リーベルは、顔を上げるよう促す。

 そして、リーベル達は、決意を胸に血の痕を頼りにリラとカイルがいるであろう場所へと向かうのであった。


 何者かが残していった血の痕を辿っていくと、血の痕は、ハルート村に隣接する森へと続いていた。

 その森は、リラとカイルの父親を初め、村の男達が食料を探し求め、姿を消した森である。

 リーベルは、森の入り口の前で、ステッキを両手で握り、そっと目を閉じる。


「光を放て、ルーメンス」


 すると、ステッキ先端に埋め込まれた魔法石サンドレアから白い光が放たれる。

 リーベル達は、サンドレアから放たれた光を頼りに、雷雨で視界の悪い森の道を進んでいった。


 しかし、突如として異変は起きる。


「どうなってんの、これ! 」


 先頭を歩くリーベルが突然声をあげ、すぐ後ろを歩くアルフレッドとエステリアは、リーベルが照らす光の先に目をやった。

 そこには、森の道が2つに分岐され、その両方の道に血の痕が続いていたのであった。


 アルフレッドは、その血の痕に疑問を覚えた。

 彼は、村の家屋に刻まれていた鋭い爪痕と馬舎で襲われた自らの馬の腹部にある爪痕が同じ形をしていた事を確認している。

 つまり、村を襲った者と馬舎を襲った者は、同一であると彼の中では認識していたのだ。


 ”同一個体が二体いるのか”。

 ”この者に襲われた村の男達の血の痕なのか”。

 ”どちらかの道が、村を襲った者が仕掛けた罠なのか”。


 しかし、ここで立ち往生していては、救える命も救えなくなってしまう。

 彼は、リーベルとエステリアを左の道へ、自らは右の道を進む事を提案した。

 聖騎士としての実力はもちろん、何よりもリーベルに対する強い忠誠心を持つエステリアなら、どんな事が起きても命を懸けてリーベルを守る事を彼は、分かっている。


 だからこそ、彼は、この提案をした。


 彼には、混沌の闇に支配された王国を逃げ、国を、民を、そして、愛するフレイアを見捨てた聖騎士という意識が、まるで拷問の際の鎖のように、自らの心を固く縛りつけている。

 リーベルに対して忠誠を誓ったとはいえ、彼には、絶対に彼女を守る自信は無いのであった。


 エステリアは、何も言わず頷いたが、リーベルは不安そうな顔で彼を見つめる。


「どうされました、リーベル様」

「……アルフレッド、何かに怯えているの?」

「どうしてですか」

「あなたの目がそう訴えかけているような気がするの」


 すると、アルフレッドは、おもむろに近くに落ちていた木の枝を拾うと、木の枝に自らの魔力を込めた。


「光を放て、ルーメンス」


 唱えた途端、木の枝の先端にランプ程度の小さな光が灯る。


「魔法石が無いので、このくらいの光しかでませんが、怖がりな私にとっては、少しの支えになりそうです」


 彼は、笑い皺を作り、そう言い残すと、分岐された右の道を一人歩いて行った。


 ◆


 リーベルとエステリアは、分岐された左の道を進んでいた。

 リーベルは、先程のアルフレッドの表情が、気掛かりで仕方なかった。


「リーベル様、どうかなさいましたか」

「いえ、どうもしないわよ」

「アルフレッドの事を心配されているのでは?」


 エステリアに図星をつかれ、思わずリーベルは持っていたステッキを落としてしまう。


「アルフレッドなら大丈夫ですよ。癇に障りますが、彼は、聖騎士見習い時代、私よりも早く聖騎士へと昇格した逸材です。簡単に命を落とすような男では無いですよ」


 エステリアは、落としたステッキをリーベルに手渡す。

「ありがとう」と一言エステリアに告げ、リーベルはエステリアと共に先を進んだ。


「ん?ここは? 」


 リーベルが前方を照らすと、先程まであった森の木々は無く、小さな岩が所々に散見された平原に辿り着いていた。

 どうやら、気づかないうちに森を抜けていたらしい。


 すると、二人の背後から異様な気配が近づいてくるのを感じ取った。

 すかさず後方を振り向く。

 その気配は、二人が進んできた道から感じられ、距離がどんどんと縮まっていく。


「リーベル様、私の背後に」

「分かったわ」


 リーベルは一歩下がり、エステリアに庇われるように背後に立つと、前方を光で照らした。

 そして、森の木々に囲まれた一本道からゆっくりと姿を現した者に、二人は思わず目を見開く。


 見覚えのある首元まで伸びた白髭を蓄えた老人と赤茶髪を三つ編みにした女。


 それは、紛れもなくハルート村の村長のセーブルと村民の手当をしていたアリーシアであった。


「なぜ、あなた方がここに……」


 エステリアの問いかけに、彼らは不敵な笑みを浮かべると、鼻息を立てるような気味の悪い小さな笑い声をあげる。

 そして、その声は、次第と大きくなっていく。

 エステリアは、眉をひそめ、左腰に挿したレイピアに手を掛けた。

 すると、途端に彼らの笑い声は止み、セーブルは白髭を数回さすった後、両腕を横に大きく広げ天を仰いだ。

 それと同時に曇天の空に、轟音と共に稲びく雷光が、セーブルらの背後の木々を青白く照らす。

 リーベルとエステリアは、自分達の目に映る光景に絶句した。


 木々の枝から、十数体もの男の死体が吊るされていたのだ。


「これはどういう事だ!貴様達! 」

「まあまあ、そう声を荒げなさるな、エステリア様。お綺麗なあなたにはが似つかわしくないではりませんか」

「ふざけた事をほざくな!セーブル! 」


 エステリアは、左腰の挿したレイピアを抜くと、その剣先をセーブルに向ける。

 セーブルは、恐ろしいと言わんばかりに、胸元で両手を小刻みに震わせ、その場から数歩後ろにたじろいだが、今度は、表情を一変させ、左口角をするりとあげ、含み笑いを始めたのだ。

 彼の態度に怒りが増長したエステリアは、彼との距離を詰め、剣先を首元に向ける。


「気性が荒いですな、エステリア様。あちらをご覧になりなされ」


 セーブルは、怖気付く事なく、左斜め後方を指差した。

 すると、そこには、瞳孔が開き狂気じみた表情を浮かべるアリーシアが、吊るされた男の死体の1つの側に立っていた。

 彼女は、その死体の顔を両手で撫で回すと、不快な舌音を立てながら、その死体の頬を舐めまわした。

 しかし、その死体は、少し顔を左右に振り、彼女の行為に抵抗しようとしたのだ。


「まだ生きているのかね、この男は。ああ、なんと生命力の高き事。このまま放置して、熟成させて死に耐えた体は、なんと美味な事であろう」


 アリーシアは、舌なめずりをして、その男の全身を舐めるように見つめる。

 すると、その時、何かを訴えかけているような細い声が聞こえる。


「お……父さんを……返せ」


 声のする方向に目を向けると、アリーシアの足下に、泥にまみれ衰弱したリラとカイルがいた。

 リラとカイルは、アリーシアのスカートの裾を掴み、残された力で上下に引っ張り続ける。

 アリーシアは、邪魔をする彼らに苛立ちを覚え、まるで害虫を見るよう目で睨みつけた。

 そして、リラとカイルの抵抗を振り払うと、右足を大きく振り上げ、彼らの頭部へ勢いよく振り下ろそうとした。


 その瞬間。


 太陽のように光燃え上がる豪火の玉が、アリーシアにめがけて放たれた。

 彼女は、咄嗟にその場から飛び、豪火の玉を避ける。


「その子達から、離れなさい!」


 アリーシアにめがけられた豪火の玉の勢いと同じくらい熱を帯びた強い語気で放たれた言葉の先には、ステッキをアリーシアに向けたリーベルの姿であった。

 アリーシアを見つめるリーベルの視線は、いつもの明るく優しいリーベルからは想像もつかない程、冷酷で迫力に満ちたものであった。


「王女様も本気のようですな。それでは、我々も本気を出すと致しましょう」


 そうセーブルが声を発した途端、セーブルとアリーシアの体から漆黒の妖気が吹き出していく。

 それは、ハルジオンの森でニーズヘッグと対峙した時に見たものと同じであった。

 エステリアは、その妖気に巻き込まれないよう、咄嗟にセーブルから距離をとる。


 セーブルとアリーシアの妖気は、まるで磁石のように引き合っていき、互いの妖気が合流した瞬間、二人の体は同化し、合流した妖気の中へと消えていく。


 そして、合流した妖気の中から、赤白いまだら模様の獣手と鋭い爪が現れ、徐々にその正体があらわになる。


 前頭部から中頭部にかけてアーチ状に伸びた二本角と黄色く濁った眼球。

 鋭く長い牙を上下に二本ずつ持ち、耳は側頭部と同化し、そして、背中には体の半分程の長さを持つ薄鼠色の翼が生えていた。


 全長2メートル程あるその獣は、リーベルとエステリアが初めて見るものであった。



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