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隻眼聖騎士と神裔の王女  作者: 六条 甘太
13/19

モントレール街道にて

 

 リーベル達は、ルーナティア王国の王都:モントに向けて、モントレール街道を西に進んでいた。


 "アルフレッドのおでこにキ……キスしちゃった!"


 道中、リーベルは火が吹いたかのように顔を真っ赤にさせていた。

 先程のアルフレッドとの忠誠の誓いの際、額に口づけをした情景が、今もリーベルの脳内を早馬のごとく駆け巡っていたのである。


 すると、隣にいた側近のエステリアが心配そうにリーベルの顔を覗き込む。


「リーベル様、お身体が優れないのですか? 」

「えっ……あっ、うん、元気元気! 」


 そう言うと、リーベルは、持っていたステッキを曲芸師のように華麗に振り回してみせた。

 しかし、その姿をエステリアは、空元気なのではないかとより一層心配な目で見ると、今度は二人のすぐ後ろについているアルフレッドの方を振り向いた。

 その目つきは、まるで野蛮な兵士を見るようで、眉間に皺を寄せ、透き通ったキリッとした目でアルフレッドに睨みをきかせていた。


「何だよ、エステリア。そんな怖い顔で見んっ! 」


 アルフレッドがそう言おうとした瞬間、エステリアは左腰つけていたレイピアを鞘から素早く抜くと、アルフレッドの喉元へ剣先を向けたのであった。

 剣先と喉元との距離はほんの数センチ程。

 手先がぶれると確実に、アルフレッドの喉に突き刺すレベルである。


「貴様、リーベル様に何をした! 」

「何もしてねえよ! ったく、俺がリーベル様に毒やら睡眠剤やら盛って、いやらしい事でもしたとでも思ってんのか? 俺も、サンフレア王国の聖騎士。しかも幹部だぞ。そんな真似する訳ないだろ。そうですよね、リーベル様? 」


 アルフレッドから突然声をかけられたリーベルは、慌てて彼の方を見た。

 しかし、憧れの彼の顔を一目見た瞬間に、先程の忠誠の誓いを立てた情景がより鮮明に浮かびあがる。

 そして、すぐさま、リーベルは目を逸らし、持っていたステッキをギュッと抱きかかえながら、照れ臭そうに彼からの問いかけにコクリと頷いたのであった。


「貴様! やはり、何かやっただろ! 許さん! 」


 リーベルの様子をやはりおかしく思ったエステリアは、遂に感情が抑えきれなくなり、レイピアでアルフレッドに乱れ突きを始めた。

 だが、アルフレッドは、苦笑いを浮かべながら、悠々と乱れ突きを回避していく。

 危ないと思ったリーベルが、慌ててエステリアの体を抱き込み抑えようとする。

 ただ、エステリアはサンフレア王国の時期幹部候補という実力の持ち主である。

 リーベルが抑えきれる訳はなく、今にも乗っている白馬から落ちそうになっている。


「やめて、エステリア! アルフレッドは何にもしてないから! もう、馬から落っこちそうだよ」


 リーベルの決死の訴えかけに、ようやく冷静さを取り戻したエステリアは、白馬から落ちかけたリーベルを助けると、レイピアを素早く鞘に収めた。

 しかし、もう一度アルフレッドの方を向き、鋭い目つきで彼を睨みつけたのであった。


 道中にちょっとしたハプニングが起こったものの、順調にモントへと向かうリーベル達。

 金色に輝いていた太陽も、綺麗なオレンジ色に様相を変え、西の山陰に姿を消そうとしている。

 この先に村はあるが、少し距離がある為、今夜は野営をする事となった。


 アルフレッドが近くの枯木や落ち葉を集めて火を起こす。

 そして、アルフレッドは、リーベル達を待っていた川で事前に釣っていた魚の下処理を手早く終え、魚の口から木の棒を突き刺し、焚き火の周囲に並べた。


 一方のリーベルは、エステリアと共に乗っていた馬の毛並を綺麗に整えながら、アルフレッドの姿をうっとりとした目で見つめていた。


 すると、魚の焼きに集中していたアルフレッドが突然リーベルの方を向くと、口角を軽く上げ優しく微笑む。


「リーベル様、魚焼き上がりましたよ。さあ、食べましょう」

「ひゃっ! あっ、ありがとう! アルフレッド」


 そんな彼に、心臓が飛び出るのではないかと驚く反面、その微笑みを見れた事に幸せを感じていたリーベルであった。


 アルフレッドの料理家の腕前は、やはり一流で、下処理にハーブを用いて臭みを消し、魚の焼き加減も皮目はパリッと、身はふっくらとして絶品に。

 エステリアがリーベルに対して、魚の骨が喉に詰まってないか食事中終始気にしていた事は面倒だったが、美味しい食事にリーベルは満足な様子である。


 食事も終わり、久しぶりの長距離移動に疲れたのか、リーベルは用意していた麻布に寝転がるとそのまま眠りについてしまった。

 風邪を引いてはまずいと慌てて寝ているリーベルにもう一枚の麻布をかけるエステリア。


 アルフレッドとエステリアは、交代で見張りを行う事とした。

 この地域は下級魔獣の生息が殆どだが、夜になるとより活発に活動を始める。

 しかも、ニーズヘッグの一件があった為、より油断はできない。


「私は先に寝るから、交代の時間が来たら起こしてくれ」


 エステリアは、アルフレッドにそう告げるとリーベルの横で同じ様に眠りについた。

 アルフレッドは、「はいはい」と呆れ口調で小言を口ずさみ、見張りの番につく。


 周囲に警戒しつつ、焚き火の炎が消えぬ様に適度に枯木や落ち葉を補充し、3時間が経った。

 アルフレッドは、交代の時間が来たので、寝ているエステリアの体を揺すると


「きしゃま、また、わちゃしにまけちゃ……」


 エステリアは寝言を言って、再び寝息を立てた。

 アルフレッドは、「やっぱりか」といった様子で深くため息をつくと再び見張り番の任に戻った。


 聖騎士見習い時代に訓練で野営を何度も行なっていたが、その時からエステリアは、眠りにつくとなかなか目を覚まさない習性を持っていた。

 見張り番交代時は、聖騎士見習いの同期連中は起こすのに一苦労した経験を持っている。

 アルフレッドもその一人だ。


 だが、今も昔も変わらないエステリアに、懐かしさや安堵感が沸々と湧き上がり、可笑しくなってクスクス笑ってしまうアルフレッド。


「んーっ……どうしたの? アルフレッド」


 すると、アルフレッドの背後から声が聞こえ振り向くと、そこには眠気まなこを擦りながら、大きくあくびをするリーベルであった。

 どうやら、アルフレッドの笑い声が予想以上に大きかったらしく、目が覚めてしまった様だ。


「リーベル様! 私の笑い声で起こしてしまい申し訳ございません」

「そんな深々と頭を下げないでよ。気にしてないわ。それよりもどうしてそんなに笑っていたの? 」

「見張り番が交代の時間なのですが、エステリアが起きなくて……そんな時にふと昔の事を思い出して」

「聖騎士見習い時代の? おもしろそう! せっかくだし詳しく教えて」


 温かな炎を二人で囲みながら、アルフレッドは、当時の思い出話を話した。

 リーベルもエステリアの意外な一面が聞け、とても楽しく、そしてアルフレッドとこうしてまた、二人でたわいもない話ができる事に幸せを噛み締めていた。


「この時間が一生続けば良いのにな……」


 リーベルが無意識にそっと小言を口にしたが、焚き火の枯木が燃える乾いた音にかき消された。

 アルフレッドは、リーベルが何か言った様に思えたので聞き返したが、顔を赤らめて慌てて首を横に振るリーベル。

 不思議そうに首を傾げるアルフレッドであったが、焚き火の炎を再び見つめ、先程の楽し気に話す顔とは一転し、神妙な面持ちになり、静かに口を開く。


「あの5年前の日。聖騎士見習い時代の仲間達が、王国を守る為、混沌の闇から生み出される魔獣達と戦っている事は分かっていた。だが、サンフレア王国全土は、混沌の闇に包まれ、あいつらもその闇の中へ引きずりこまれていったと思うと、悔しくて、自分が情けなくて……」


 アルフレッドは、固く握り締めた拳を自分の膝に強く叩きつけると、焚き火の炎が投影した左目から一筋の涙が彼の頬を伝っていった。


 彼がセレーネの地に辿り着くまでに見た混沌の闇の光景は、計り知れない程、彼の心を強く痛めているのだろう。

 そう思うとリーベルは、じっと彼を見つめ、ローブの裾でそっとアルフレッドの涙を拭うと、小さな手で彼の拳を優しく包み込んだ。


「リーベル様……」

「自分を責めないで、アルフレッド。そうだ。あなたに渡したいものがあったの」


 そう言うと、リーベルは傍に置いていた小袋を開き、手探りで何かを取り出そうとしていた。


 だが、その時!


 数十メートル先にある背丈が1メートル程の雑草が、かすかにだが、風の方向とは逆に揺れているのがアルフレッドの視線に入る。


 どうやら何かが潜んでいるようだ。


 アルフレッドは、咄嗟に鞘から聖剣を抜き出すと、「リーベル様! ここでお待ちを」と言い、足音を立てず雑草の方へと歩いていった。


「ちょっと、アルフレッド! 」


 リーベルは、何事かと思いアルフレッドに声を掛けたが、彼は人差し指を口元に持って行き、静かにするようリーベルに促す。


 そして、アルフレッドは、その雑草の前に近づくと、勢いよく剣を振り切り、雑草の中腹を一閃した。

 すると、ヒャッと甲高い驚く声が聞こえ、アルフレッドは、声の方向に視線を落とした。


 なんと、そこには涙目になった二人の子供がしゃがみ込んでいたのであった。


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