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隻眼聖騎士と神裔の王女  作者: 六条 甘太
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旅立ち


 アルフレッドは、その日の仕事を終え、ガルフの酒場バルの二階にある自室へと戻ってきた。

 ランプに火を灯し、夜の色と同色になった部屋を少し明るくさせた。


 そのまま、アルフレッドはベットに腰掛けると、リーベルの言葉を思い出していた。


「信じているか……」


 ランプの灯りをぼんやりと眺めながら、アルフレッドは小さく呟いた。

 国を捨てて逃げてきた聖騎士に対して、リーベルの言葉は、嬉しかったし、光栄に思った。


 しかし、使命を全う出来なかった事は聖騎士として恥であり、失格である。

 それに、愛したフレイアまで助ける事が出来ず、1人の男として自分を情けなく思えた。


 サンフレア王国の国民は、救いの手を待っている。

 それは自分でも理解している。

 でも、自分にはその資格はない。

 国を捨てて逃げたという事実だけではない。


 それはきっと、恐れているからだ。


 サンフレア王国全域を駆け回って目の当たりにした、闇に侵された人々の姿。

 感情全く持っていない変わり果てた人間の姿に、恐怖を感じた。


 それに、例えフレイアから授かった力を持っていたとしても、自分の力には限界がある。

 情愛の力で救える者も、自分の力の許容が限界に達した時、この剣でその者を殺めてしまう可能性にも恐れているのだ。


 しかし、国民を、そして、愛するフレイアを救いたい気持ちは変わらない。

 ただ、もどかしさだけが心の中に残っている。


 "コンコン"


 その時、自室のドアを叩く音が聞こえた。

 自室を訪ねてくるのは、ガルフぐらいだが、もうガルフは酔いつぶれて、店のカウンターで寝てしまっている。

 一体、誰なのだろうかと恐る恐る扉を開けると、そこには、ある女が立っていた。


 凛とした立ち姿に長くて艶やかな茶色の髪。キリッとした目が特徴的な女性。

 それは、アルフレッドにとって馴染みのある人物である。


「エステリア。体調戻ったのか」


 それは、リーベルに仕える聖騎士、エステリアであった。


 エステリアは、アルフレッドとは同期で、聖騎士見習いの頃から競いあっていた中の一人であった。

 女でありながら、武道や剣術に優れ、どの聖騎士見習いよりも優れていた。

 しかし、聖騎士見習いから聖騎士に昇格するのは、同期の中ではアルフレッドが一番早く、次に昇格したのがエステリアであった。


 その事をエステリアは、とても悔しく思っているようで、アルフレッドに対して、いつも当たりが強いのだ。


 そして、今回も不機嫌な顔で、アルフレッドの気遣いにも答えず、挨拶もせず自室に入ってきたのだ。

 部屋の真ん中に置かれた小さな丸テーブルの席に腰掛けると、人差し指でテーブルをコツコツと叩き始める。


「あんた、客人が来てるってのにお茶の一つも出さないわけ」

「すまんすまん。下のキッチンで入れてくるから」


 昔と変わらない高圧的な態度だが、アルフレッドにとっては懐かしくも思えた。

 5年ぶりに会う仲間だ。しかも同期ともあれば尚更である。


 アルフレッドは、ハーブティーの入ったティーカップを2つテーブルに置いた。

 そのティーカップを見て、エステリアは片眉をピクリと上げる。


「何でお揃いのティーカップなのよ」

「仕方ねぇだろ。これしかなかったんだから」


 チッと舌打ちをして、ハーブティーに口をつけるエステリア。

 その爽やかなミントの香りとほんのり甘いシトラスの風味が心を穏やかにしていく。

 美味しさのあまり不機嫌な顔もほころんでしまったが、アルフレッドが入れたお茶なのですぐさま不機嫌な顔つきに戻った。


「で、何の用なんだ」


 アルフレッドが、ハーブティーをすすりながらエステリアに尋ねる。

 すると、エステリアは眉をひそめて彼に言い放った。


「なぜ、リーベル様についてこないのだ」

「それは、リーベル様から聞いただろ。俺は、王国を見捨てた身だ。王国を取り戻す資格など俺にはない」

「貴様、逃げてるだけだろ!」


 そう言うとエステリアは、テーブルを強く叩いた。

 幸いにもティーカップは、カタカタと音を立てただけで落ちる事はなかった。


「リーベル様が王国再興の為に立ち上がらろうとされているのに、貴様はそれに応じず、ただ時が経つのを待つだけなのか!サンフレア王国の聖騎士として、貴様は失格だ!」

「そんな事はもうあの日から自覚している。もう俺には、聖騎士と名乗る事も出来ない」

「それがフレイア様に仕えていた聖騎士の言うことか。きっとフレイア様は悲しまれているだろうな、こんな貧弱な心の聖騎士に」

「何とでも言ってくれ」


 彼は、そう言うとベッドに横になり天井をぼんやりと眺めた。

 エステリアは、再びハーブティーに口をつけると、今度は、先程よりかは少し穏やかな口調で話し始めた。


「では、なぜ、私達をニーズヘッグから助けたのだ」


 その問いに、アルフレッドは何も答えなかった。

 しかし、彼女は話を続ける。


「貴様には、人を助けたいという気持ちが強く残っているのではないか」


 しかし、アルフレッドからの返答はない。

 すると、エステリアは席を立ち、ベッドの傍に置かれたある物を手にしたのだ。


 それは、聖剣"サン・アフェクション"。

 サンフレア王国聖騎士の幹部として、そして、フレイアに仕える者として現国王ヘリオスから与えられたものであった。


 エステリアは、その聖剣を持ったまま、部屋の扉に向おうとした。


「おい、エステリア。どうするつもりだ」

「どうするって?決まってるじゃない、私の物にするのよ」

「それは俺が授かった聖剣だ。お前に譲るわけにはいかない」

「でも、もう聖騎士失格なんだろ。じゃあ、もういらないだろ」


 その言葉に、アルフレッドは言葉を詰まらせた。

 エステリアの言うとおりである。

 聖騎士としての誇りを失ってしまったのは自分でも理解していた。

 だが、聖剣を持つ事は、フレイアへの忠誠、そして愛を意味していたのだ。


「この聖剣が必要なら選択肢は一つだ。明日の朝、セレーネの正門に来い。私は、リーベル様に仕える身。リーベル様が悲しまれる姿は見たくないのよ」


 そう言って、部屋から出て行った。


 アルフレッドは、閉ざされた右目にそっと触れ、5年前の記憶を思い出す。

 フレイアと口づけを交わした時、授けられた情愛の力の代償にこの右目は失われた。

 でも、これは彼とフレイアがいつまでも繋がっている証でもある。


 フレイアは、彼を愛している。そして、国民一人ひとりに情愛の心を持っている。

 そんな情愛の心をもつフレイアをアルフレッドは愛している。

 それは、同時に彼自身も国民一人ひとりに情愛の心を持っている事になる。


 アルフレッドは、ランプでかすかに明るくなった天井にフレイアの優しく愛に溢れた微笑みを投影する。

 すると、自然と閉ざされた右目から涙が流れていったのだ。


「フレイア様。やはり、私には果たすべき事があるよです。闇に消えた貴方を、闇に消えた国民を、情愛の心で私が救い出します」


 彼は、投影したフレイアにそっと呟いたのだった。



 旅立ちの時が来た。

 今日の空は、澄み切った青空が広がり、朝日の金色の光が青空に放射状に広がっていた。


 リーベルは、大きく深呼吸をして、セレーネの空気をいっぱいに体に取り込んだ。

 セレーネは、ハルジオンの森を始め、周囲を豊かな自然で取り囲まれているので、空気が澄んでいて新鮮である。


 しかし、この新鮮な空気を感じられるのも、しばらくお預けになる。

 もしかすると、二度とこの地には戻って来ないかもしれない。

 だからこそ、旅立つ最後にセレーネをいっぱいに感じ取りたかったのだ。


 セレーネの正門には、大勢の住民や冒険者達が見送りに集まった。

 住民たちは、ニーズヘッグからセレーネを守ってくれた事に、大変感謝しているのだ。

 冒険者達からも、負傷した冒険者の仇をとったとして、二人を称賛した。


 だが、ニーズヘッグを討伐したのは、リーベル達ではなく、アルフレッドである。

 しかし、この事実は、ガルフ以外誰も知らない。


「いよいよ、旅立ちだな。リーベル、エステリア」


 ガルフが、野獣のような顔をにっこりとさせ、二人の肩をポンポンと叩いた。

 冒険者ギルドで働く兎人とじんのレヴィは、別れが寂しく、甲高い独特の鳴き声をあげていた。

 レヴィにつられて、住民や冒険者の中にも泣いている者もいた。


「リーベルさん、これ。治癒魔法の魔法石です。程度にもよりますが、ある程度の炎症や傷、病気にも対応できる万能の魔法石です。ちなみに私が調合したオリジナルです。よっかたら使ってください」

「ありがとうございます!すごく綺麗な魔法石ですね」


 リーベルは、まるでクリスタルのような、正八面体の綺麗な水色の魔法石をクライスさんから手渡された。

 太陽の光に照らして見るとさらに美しく輝いて見える。


 しかし―――


 アルフレッドの姿はどこにも見えなかった。

 それが彼の答えであった。


「リーベル様、そろそろ出発いたしましょう」

「ええ、そうね。それでは、皆さん!今までありがとう!また会おうねー!」


 リーベルは、美しい白馬に跨り、見送りに来たすべての人に達に手を振り、セレーネを出発した。

 隣にいるエステリアも、濃茶の馬に跨り、リーベルと同じように手を振った。


 みんなの姿が見えなくなった後、リーベルは前に向き直し、深くため息をついた。


「結局、来なかったね、アルフレッド」

「ええ。しかし、私がついております。リーベル様は、私が命を懸けてお守りいたします」

「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ」


 目指す都市は、ルーナティア王国の王都:モント。

 ガルフに貰った地図を頼りに道を進む。

 5キロ程進んだ地点に川が流れており、そこで休息をとることに決めた。


 目的の川が見えてきた時、川のほとりに黒馬と共に、休息をとっている一人の冒険者の姿が見えた。

 どんどんと近づくにつれ、その姿がはっきりと分かり、リーベルは顔を見る前から涙が溢れ出してくる。


 銀の鎧を身に着け、所々に描かれた赤色の幾何学線。

 羽織ったマントは、サンフレア王国の紋章である太陽のマークが刺繍されたものであった。

 そのマントは、サンフレア王国聖騎士の幹部にしか渡されていない。


 髪の毛は、スッキリとした単発の黒髪で、リーベルが、昔憧れた彼と面影が重なる。


「アルフレッド」


 リーベルは、声を震わせながら、彼の背中に問いかける。


 すると、その者は、リーベルの方を振り返ると、地面に片膝をつき、深々と頭を下げ、彼女に告げる。


「我が崇拝するアポロン神に誓う。聖騎士、アルフレッド・ロイズは、アポロン神裔しんえいの王女、リーベル・フィン・サンフレアと共にサンフレア王国を再興し、王国繁栄に貢献する事を」

「聖騎士アルフレッド・ロイズ。汝の誓い、我、神裔の王女、リーベル・フィン・サンフレアが受諾する」


 リーベルは、右手でアルフレッドの顎を優しく持ち上げ、顔を上げさすと、彼の額に口づけをした。


 これにより、誓いは成立された。


 隻眼せきがん聖騎士、アルフレッド・ロイズと共にリーベルの旅は始まるのであった。


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