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隻眼聖騎士と神裔の王女  作者: 六条 甘太
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聖騎士 アルフレッド・ロイズ


 ベッド横の小さなテーブルに置かれたランプの温かな光が、心地よさそうに眠るエステリアの寝顔を優しく照らしていた。


 ニーズヘッグ討伐後、直ちにガルフの宿屋に向かい、クライスの治癒魔法をかけてもらった。

 クライス曰く、リーベルがその場で応急処置をしなければ、ここに来るまでにエステリアの命は既に尽きていただろうと。

 リーベルは、その話を聞いて内心ホッとしていた。


 今は、エステリアの傍らに座り、目が覚めるのを静かに見守っている。

 そして、リーベルの横には、同様にエステリアを見つめる一人の男がいた。


 彼の名は、アルフレッド・ロイズ。

 サンフレア王国聖騎士団の幹部であり、リーベルの姉、第一王女フレイア・フィン・サンフレアに仕えていた者である。


 5年前、サンフレア王国・王都ソレイユが混沌の闇に支配された時、父であるサンフレア国王ヘリオス、そして、彼とフレイアはソレイユ王宮にいた。

 当時、リーベルは、側近のエステリアと共に、魔法教養を身に着けるために知恵の神アテナを崇拝するディアブレリー王国・王都ビスダムに留学していたのだ。

 リーベル達が、王都ソレイユが混沌の闇に支配されたのを知ったのは、支配されてから一週間後の新年の幕開けの時であった。

 ディアブレリー王国の聖騎士見習いが、血相を変えて、王国関係者が集まる新年の宴の間に現れ、その場にいる全員に支配の事実が知らされた。

 もちろん、その場には王女であるリーベルと側近のエステリアもいた。


 サンフレア王国と友好関係にあったディアブレリー王国は、直ちに聖騎士軍をサンフレア王国に派遣する事を決定したのであった。

 リーベルもビスダム王宮から抜け出し、ディアブレリー聖騎士軍と共に王都ソレイユに向かおうとしたが、エステリアやディアブレリー王国聖騎士達に制された。

 当時のリーベルは、12歳になったばかりであった。

 まだまだ教養も浅く、聖騎士軍に同行するのはあまりにも危険すぎる。

 ましてや、サンフレア王国の第二王女であるリーベルが、遠征で命を落としてしまっては、サンフレア王国再興の未来はどんどん遠ざかってしまう。

 リーベルは、エステリアと共にビスダム王宮に留まることになったのだ。


 ディアブレリー聖騎士軍が派遣された日から、リーベルは彼らの帰りを今か今かと待ち構え、もどかしい日々を刻々と過ごしていた。

 それから、三ヶ月後、聖騎士軍は王都ビスダムに帰還したのであった。

 リーベルは、すぐさま彼らに会うため、ビスダム王宮の正門まで駆け出して行ったのだが、そこに映った光景に絶句した。

 派遣された三千の聖騎士達は、戻ってきた時には、三分の一程度に減っていたもであった。


 聖騎士達に何があったのか聞いても、帰ってくる言葉は「分からない」の一言。

 ただ、聖騎士達の目は、恐怖に直面した時のように怯えた目をしていたのだ。

 聖騎士達の表情は今も、リーベルの脳裏から消えることはない。


 その後、リーベルは、サンフレア王国全都市と村落に、サンフレア王国の今の状況、並びに国王らの安否確認のため、手紙を送った。

 しかし、その返事は一通も来ることがなかた。

 サンフレア王国の状況は定かではないが、恐らく王国全域が混沌の闇に支配された事は確実であった。

 そして、彼らの安否も……。


 この時、リーベルは決心を固めたのであった。

 サンフレア王国第二王女として、自らの手でサンフレア王国を混沌の闇から解放し、再び安寧な国家を作り上げる事を。


 それから4年間、ディアブレリー王国での魔法留学を経て、エステリアと共に冒険者になったのである。


 そんな時、突如としてリーベルの前に現れた、聖騎士アルフレッド・ロイズ。

 ガルフの酒場バルで働く、リーベルの憧れの彼が、まさかアルフレッドであるとは気づかなかった。

 彼を見る度、どこかで懐かしい雰囲気は感じていたものの、リーベルの知るかつての聖騎士アルフレッド・ロイズの面影は少しも感じる事はなかったからだ。


「リーベル様」


 5年前の記憶を思い出していた時、隣にいたアルフレッドが声をかけてきた。

 リーベルは、その声に応じるように、彼の方に体を向け、じっと彼を見つめる。

 彼もまた、リーベルを見つめ、そして続いて言葉を発した。


「申し訳ございません」


 その言葉と共に彼は、深々と頭を下げた。


「顔を上げなさい、アルフレッド。私は、あなたが生きていた事を本当にうれしく思っているわ。それで、サンフレア王国で何が起こったの?」


 アルフレッドは、顔を上げると固い表情で語り始めた。


「王都ソレイユは、あの日混沌の闇へと包まれました。原因は私には分かりません。しかし……」


 そう言うと、彼は唇をギュッと噛みしめ、辛そうな表情をした。

 きっとその当時の記憶がよみがえったのであろう。


「無理しなくてもいいのよ」


 リーベルが、彼の頬に触れ、優しく撫でる。


「いえ、お話いたします。フレイア様は、自らの使命の元、闇の中へと姿を消されました。『国民をお願いします』と言葉を残されて」


 彼の声は震えていた。自らの太ももを叩き、込み上げてくる涙を必死にこらえている。

 それから彼は、この5年間の話を続けた。


 彼は、フレイア様の言葉に従い、王宮を抜け出した。

 既に、王都にいる国民達は、混沌の闇に心を支配され、次々に彼を襲って来たという。


「私は、フレイア様から授かった力で闇に侵された人々を救おうと剣を振るい続けました。しかし、闇に侵された人々の数は多く、私1人の力ではどうする事も出来ず……」

「待って。授かった力ってもしかして」


 リーベルは、授かった力と聞いて、右目を隠している前髪をそっとかきあげた。

 その目を見て、リーベルは驚く。

 彼の右目は、縫われたかのように固く閉じられていたのであった。


「まさかニーズヘッグを倒したあの力は、お姉様の」

「そうです。アポロン神の血を引くフレイア様の力、人々だけでなくあらゆる生命を苦しみから解放する情愛の力です」


 リーベルは、知っていた。

 力を授けるには、その者に自らの生き血を捧げないといけないことを。


 そして、リーベルはその時に知った。

 アポロン神の末裔であっても第二王女の私には、姉のような力を持っていないという事に。


 その後、彼は、自分に賛同してくれる者を探しに、サンフレア王国中を馬で駆け回ったという。

 しかし、到着した頃には、どの都市も村落も混沌の闇に支配されており、彼は遂に王国を出るという苦渋の決断を自らに下してしまった。

 それは、フレイアの言葉に反してしまうが、その時のアルフレッドにはどうする事も出来なかったのだ。


 彼は、使命を果たす事が出来なかったという失意の中、他国中をあてもなくただ駆け巡った。


 そして、心身共に疲れ果て、彼はある都市で倒れてしまったのだ。

 そう、その都市こそが、セレーネだったのだ。

 そして、倒れた彼を救ったのが酒場バルの主人、ガルフであった。


 心身共に疲れ切った彼に救いの手を差し伸べたガルフに恩を返したいと思い、こうして酒場バルを手伝う事になったのだ。

 それに、国民を捨てて逃げた自分には、もう聖騎士としての務め、そして、フレイア様が託された思いも叶える資格は無いと自覚してしまったのであった。


 リーベルは、アルフレッドの話を聞き終えると、彼に次の言葉をかけた。


「アルフレッド、あなたは何も悪くないわ。悪いのは私の方よ。私は、自分の未熟さ故に、サンフレア王国を救いに行く事さえ出来なかった。王女である私の責任を、あなたに背負わせってしまったのは本当に申し訳ない」


 リーベルは、アルフレッドに数秒頭を下げ、再び顔を上げると、話を続けた。


「私は、サンフレア王国を取り戻すために魔法を勉強し、こうして冒険者になりました」

「なぜ、冒険者になられたのですか?リーベル様は、サンフレア王国の第二王女です。他国に親書を送れば、助けをしてくれるのではありませんか」

「それはダメなの、アルフレッド。私は、王女として、自らの力で国を再興しなければいけないわ。だから、冒険者になって、力をつける共に、私の意志に賛同する仲間を率いてサンフレア王国を取り戻さないといけないの。何の力も持たないお子ちゃまが親書なんて送っちゃたら、なめられちゃうしね」


 リーベルは、笑顔を作り、ウィンクをして明るくおどけてみせた。


「アルフレッド、私と一緒に国を取り戻しましょう」


 そう言うと、リーベルは、再び真剣な表情に変わり、アルフレッドに手を差し伸べた。

 しかし、彼は、リーベルの手を握ろうとはしない。


「なぜ?」


 リーベルは問いかける。

 アルフレッドは、顔を曇らせて、その問いに答えた。


「私には、その資格はありません。国を捨て逃げてきた身ですから」

「それは違うわ。ディアブレリー王国に留学中に起こった悲劇。私も逃げたも同然よ。でも、国民は私達の救いの手を待ってるわ。今こそ動き出す時よ」

「しかし……」


 アルフレッドは、言葉を濁した。

 すると、窓の外から朝日の穏やかな光が差し込み、小鳥達がさえずり始めた。


 もう夜は明けていた。


「私は、料理の仕込みがありますので、こちらで失礼致します」


 アルフレッドは、静かに席を立ち、部屋から出ようとした。

 すると、リーベルがアルフレッドの背中に声をかける。


「明日の朝、この都市を出るわ。あなたが来るのを私は信じてますから」


 しかし、彼は何も言わず部屋を後にした。


「私は信じてる。あなたの意志、思い、願いは私と同じなのだから」


 リーベルは、そう呟くと、窓から見える朝日を眺めた。


 眩しく光輝く太陽は、太陽の神、アポロンを崇拝するサンフレア王国の象徴。


 あの太陽のように、再びサンフレア王国を取り戻し、幸せな国を再興する事を改めて決意するリーベルであった。




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