最大の敵と山田くん
遅くなりました、よろしくお願いします。
『触れない』『見つめない』『部屋に入らない』の三箇条を分かった、分かりましたと言っているのに何度もしつこく、そして最後の最後にスタンガンをバチバチさせて「守らなければ殺す」と幼女にしては花丸をあげたくなるような殺意を込めたお言葉と般若のお顔をし、半ば強引にご両親に引きずられるようにして帰省していったのが昨日のことである。
一つ解せないのはこの一連の幼女の言動についてご両親からお叱りのお言葉が無かったことである。
うん、まあいいでしょう。心の広い大人な俺はその程度のこと水に流してあげますよ。
数日間だけでも美咲ちゃんと二人きりの状況に浮かれているってわけじゃないんだからな。本当に。
「今日のお昼は素麺が食べたい」とのリクエストにお応えして、冷や麦はあったけどそうめんの買い置きがなかったため近くのスーパーまで買いに行った。冷や麦とそうめんの太さの差は相容れない看過できないものがあるらしい。
俺は同じ小麦粉製品だと思うけど、美咲ちゃんがそれじゃダメつて言うならダメだし。
俺はほら美咲ちゃんのイエスマンだから。
そして、これまた美咲ちゃんリクエストのアイスクリームが見つからなかったのでコンビニを三軒梯子した帰りである。
因みに一番遠くのコンビニにあったことを特筆しておこうと思う。
褒めてほしい訳じゃないけどさ、言うことって大事だと思うんだよな。
で、普通ならばアイスクリームが溶けないうちに早く帰るのがベストであろう。
だがしかし、玄関先に見たことのないカップルと思わしき二人組がいる。
普通なら何とも思わず、来客ぐらいにしか思わないだろう。
しかしながら俺は普通じゃない。盗聴したストーカーであり犯罪者でもある。
寧ろ疾しいことしかない。
見たことない二人組が警察である可能性が捨てきれない。
流れ落ちる汗は暑さのせいなのか、この何とも言いがたい不安からのものなのか。
ついにとうとうロリっ子が美咲ちゃんと俺を二人っきりにすることに不安になって通報したのかと思ってくる。
あーでも、捕まってもいいかな。最低な事したし、そのおかげっていうのも何だか変だけど、それで少しでも美咲ちゃんとの思い出ができたんだ。
美咲ちゃんにあまり迷惑がかからなければいいなとか今日の夜から美咲ちゃん何食べるんだろうとか、きっとまた台所は悲惨なことになっちゃうんだろうなとか。
あれ、感情に浸ろうとしたけど心配事が多すぎない?俺が捕まっちゃったら美咲ちゃんこれからどうやって生きていくの……外食産業盛んなこの世の中だから心配いらないかもだけど、栄養バランスとか考えられる子だろうか……
不二子ちゃんがムカつくけどしっかりしてるし、大丈夫かもしれないけど、あの子見た目も中身もお子ちゃまだからな……一週間分でも作り置き冷凍をしてからにお願いするか。
アイスクリームも溶けちゃうし。
自首する時ってドキドキして心が押しつぶされそうな不安とか色々複雑なものなのかなって思っていたけど、今の俺は穏やかな気持ちだ。
なんだか寧ろすっきりとした感じでもある。
あれだな、やっぱりずっと引っかかってはいたんだよな。
このままじゃいけないって、罪はちゃんと罰してもらわないとって。
俺の自己満足かもしれないけどさ、これでやっと前に進めるのかもしれない。
むしろ通報してくれてありがとうって感謝をしつつ、玄関先にまだ立っていらっしゃる男女二人組の方へ足を踏み出した。
「ほんっとにすみませんでした!!」
本当は土下座とかした方がいいんだろうけど、する相手は美咲ちゃんしかしてはいけないんだろうなって思って、両腕を差し出しながら頭を下げた。
お見合いとかの番組で見たことあるぞこのシルエット。
いや違う。ここはもうおちゃらけていい状況ではない。
この手首に今からおもちゃじゃない本物のあれが嵌まるのか。
あっ、こっちが正解だよな。
ごくりと生唾を飲み込む。
しかし相手からのアクションは無い。
あれ?
そーっと頭を上げてお二人を見てみる。
かなり美形のモデルかっ!!と言いたくなるくらいの男性は虫でも見るかのように蔑んだ目を俺に向けていた。
ふむ。
隣の女性も美人なんだけど、聖母のような優しさの滲み出るような慈愛の目を俺に向けている。
しかしどちらとも動く様子も話しかける様子もない。
えーと……?
どうしようか……取り敢えず腕、下ろしてもいいの……かな?
「えーっとお父様、お母様で間違いないですか?」
「ふん、見た目で分かるだろう。俺のこの目元は美咲と同じだからな」
「まあ、じゃあお鼻は私ね」
「ふふっ、耳の形も花愛さんそっくりだよ」
「綺麗な髪質は洋平さん似ね」
キラキラした目で見つめ合うお二人。
あのー俺の存在はガン無視ですか、そうですか。
あの後、どうしたらいいのか分からない雰囲気を存分に楽しんで、眉間に皺を寄せたご立腹だけども綺麗なお顔で男性、お父様から美咲ちゃんのご両親だと告げられた。
失礼しましたとこれまた深く頭を下げてから急いで玄関を開けてお通し、作り置きの麦茶をお出しして絶賛正座中である。
以上、時間があるから回想してみたけれど、あのーまだですかね。
いちゃいちゃイチャイチャしてらっしゃる。
しかも美形だからこれまた絵になるんだよなぁー。
海外ブランドの広告みたいだもん。
でもね、いつも正座にあんまり慣れてないからさ、結構地味にキツいねこれ。
暫くして、んんっと咳払いをして、ゆるっゆるの顔を引き締めてから俺と向き合うお父様。
やっと終わった。結構待ちましたよ?そして足の痺れは大暴走ですよ。
全く。ラブラブなのはいいことですけどね、時と場所を選んでいただけないでしょうかね。
「で?山田くんとか言ったか。君、美咲の事はどうするつもりなんだ?」
「ゆくゆくは家族になりたいと思っております」
「ほお、即答か。盗聴をするような卑怯者が」
「えっ、知ってるんですか?」
「ああ、知ってるとも。お前の初日からばっちりと」
キリリと睨むお父様。
えー知ってたの?将来のお父様お母様の俺への第一印象が最悪じゃないか。
唖然とする俺にさらに爆弾が投下される。
「因みに山田くん、洋平さんに逆にストーカー?されてたのよ。知らなかったでしょう?」
ふわふわ笑いながら今日一で驚くことをおっしゃるお母様。
えっ、どういう事?ストーカーされてた?俺が?何で?
「敵を知るために仕方なくだ。おかげでこの近所の人たちに変な目で見られて辛かったがな」
「あら、そうだったの洋平さん。私が慰めてあげますからね」
よしよしとお父様の頭を撫でるお母様。
ああー止めてーまたいちゃつくのやーめーてー。
おいそこぉ!デレデレしないで、お願いだから。
ゆるっゆるのお顔じゃ威厳とか無くなっちゃうから。
目の前の光景を見たくなくて彷徨わせた視線の先に美咲ちゃんを見つけた。
どうせご飯の時間だからだろうけどさ、話し声とか多分聞こえていたと思うんだよね。
ってか、インターホン鳴ってたら出よう、まず見てみよう。
知らない人なら出なくていいけどね。危ないから。
でもね、両親なら分かると思うの、このラブラブを見たくなかったんだろうけどさぁ、俺も結構きついのよこれ。
だからさぁ、だから、助けてください。
お願いします!!
あっ、目が合った。良かった、助かった。
そう思ったんだけどなぁ、美咲ちゃん、君って人は上げて落とすのが物凄く上手いよね。
そういうところも魅力的で良いんだけどさ。
敵前逃亡は良くないと思うよ?
ふむ、どうしたものか……取り敢えず、素麺茹でて来ようかな。
素麺できたよーって美咲ちゃんを呼びに行って、初めての四人での食卓を囲んだ。
どきどきしすぎて、味わうことなく食事は終了したけれど、素麺だからそんな味わうこともないけどなとか、せっかくご両親に食べさせるのなら少しは印象が良くなるように手の込んだ料理にすれば良かったとか色々後悔が残る昼食だった。
夕飯こそはいい旦那になれますよアピールすべく出せる力を存分にと意気込んだのに、外食してくるとのご報告があった。
行ってきますと言って出て行った美咲ちゃんは清楚系お嬢様系のワンピースを着て、肩より長めの髪をハーフアップにしてバレッタで留めてらっしゃった。
何それ見たことないよその服。可愛いじゃん、お顔と洋服がマッチしてるの初めて見たよ?
えー何それずるい。
俺も一緒にお出かけしたいよー
涙目になりながら、美形ご一家をお送りする。
ん?えーと……何でしょうかねお父様。
美咲ちゃんとお母様はお手々繋いでお先に行っているのに、お父様は玄関先に立ったまま、しかも涙目の俺をガン見してらっしゃる。
「えーと……お父様?」
「君にお父様と呼ばれる筋合いはない」
おおっと、聞き古したお言葉が来たぞ。
これってさあ、何て呼んでも結局怒られるんだよな。唯一正解がない問題とも言える。
「いいんですか?先行っちゃってますよ?」
「追いかけるから問題ない」
ふむ……
「で?」
「え?」
「いや、どうするんだ?お前は。このままでいいのか?美咲の父親としてお前を許すことは一生ないがな、お前はこの始末をどう付けるつもりなんだ」
「始末……ですか」
「もうだいぶ経つ。いい加減、区切りを付けるべきだ」
「もう少し猶予が欲しいとは正直思ってますけど」
「猶予ならたっぷりやった。そうだろう?お前はあの日、三月に終わるべきだったものを今日この日まで引き延ばした。もう親に助けてもらう年でも無いし、これからは自分のことに責任が伴っていく年齢になる。このままではダメだと自分でも分かっているんだろう?さっきも私達夫婦を警察だと思ったんだろ。逃げることもできたのに、手錠を掛けてもらおうとした。そこは、そこだけは評価してやる」
真っ直ぐに、俺を見ながらちゃんと痛いとこも、俺の全部を見て、考えて言ってくれている。
大事な娘に危害を加えた男にここまで真剣に話をしてくれる人なんて中々居ない。
この人を裏切らないような選択をしなくてはいけないな。
「分かってはいるんだよ。このままずるずると続けていい関係じゃないことってさあ。始まったものにはいつか終わりが来るもので、それをゴールって思うかスタートって思うかは人それぞれでさ。俺にとってはそれは終わりに近くって……なあ、どうしたらいいと思う?」
縁側に二人、座って話をする。
ずっと黙って俺の答えの出ない話を延々聞いてくれていた隣の白いモフモフに話しかける。
奴からの返事はやっぱりない。だけど、広いとは言えないこの古民家も美咲ちゃんがいないだけですっごく寂しく感じるから、何も言わない綿しか詰まっていないこのモフモフにどこか安心感を覚えた。
隣のモフモフは俺にとっては暑すぎる日差しをエネルギーに変えて、話し始めた当初よりもモフみが増してきている。
美咲ちゃんの友達ならば、俺の友達ではあるよな……。
ぎゅっとそのモフモフを堪能すべく抱きしめる。
いつか聞いたことがあったな、ぬいぐるみは綿と優しさでできているって。
しかし、このダイフクは俺の知り合いにはいなかったタイプの奴らしい。
こんなダメで最低な俺にも優しさをちゃんとくれる。
どこまで器のでかい奴なんだ。
美咲ちゃんが離さず抱きしめているのが今やっと分かった気がする。
こいつが隣に居てくれるだけでも安心してくる。
すんすんと美咲ちゃんの匂いでも嗅げたら嬉しいなって、下心たっぷりで嗅いだダイフクは、お日様の優しい匂いがした。
読んでいただきありがとうごさいました。
多忙のため、次いつ投稿できるか分かりませんが、なるべく早くと思っております。
待たせてしまう日にちが多いと思いますが、よろしくお願いします。