海洋国家・マグダラ1-5
「つっ……かれたぁー!帰りは【トライソウル】で帰る、または船。ヒコーキはもう二度と乗らねぇ」
げんなりと項垂れ、ボニーリードは甲板へと降り立つ。
潮の香り、揺れる足場、騒がしく行き交う下品で粗野な言葉の数々。彼女が産まれ育った海洋国家マグダラに帰ったのだという実感が心を満たす。
「姫様ーどちらに向かうのですかー!そっちは首領の部屋と逆ですよー」
「あー?オヤジに会う前に先に腹ごしらえだよ!魚が足らねぇんだよ魚が!」
すたすたと商業船と繋がっている連絡橋へ向かうボニーリードをラカムが追い掛ける。
ここマグダラは正確には船団だ。メインの巨大船QAR号から商業船や工業船などに繋がっている橋が掛かっている。有事の際にはこの橋は切り離され、各々の船がこの大海原を駆ける。
その連絡橋の根元、QAR側の方で人だかりが出来ているのを二人は見つける。
「んだありゃ?」
「喧嘩でしょうか……ああいうの見ると帰ってきたなーと思うんですよね。他の国は皆さんお上品でそういうのありませんでしたし」
「ふーん……よし、見てくるわ。喧嘩なら俺も混じってくる!」
「え?ちょっと、姫様!?」
うきうきとした足取りで人混みを掻き分けていく彼女の耳にはラカムの言葉は入らなかった。
人混みの中心では、船乗りらしい筋肉質な体格の男とそれに比べれば幾分か細い貴族のような洒落た服装の男が睨み合っていた。
「そんな格好でこの国に来るとは、とんだお上りさんだな。俺がマグダラに相応しい格好にしてやるから有り金と身ぐるみ全部渡しな!」
「…………」
「てめぇさっきから聞いてんのかよ!?黙りしやがってふざけてんのか!あ゛あ゛!?」
船乗りの男がもう一人にちょっかいを掛けているが、掛けられている本人は聞いているのかいないのか無言で船乗りの男を見つめていた。
マグダラでは、よくあることなのか誰も止めようとせずに逆に船乗りの男に『ソイツを殴れ』やら『その金で奢ってくれ』だのと囃し立てる始末。ボニーリードは囃し立てはしないが、自分の望んでいた乱闘に発展しなさそうなので肩を落としている。
「…………」
「とっとと、有り金出しやがれ!!」
いつまでも無言の相手にしびれを切らしたか、船乗りの男が掴み掛かる。
動く気配の無さと体格差も有り、このまま無言の男が殴られるかと思った瞬間、乾いた破裂音その後に金属同士のぶつかる甲高い音が響き渡る。
「っ痛ぇ!?てんめぇ!!」
「……外したか」
船乗りの男のこめかみから血が流れる。無言の男の左腕に握られていた小型の拳銃の銃口から煙が吹き出している。
その拳銃を見て取り囲んでいた民衆が殺気だつ。
「てめぇ、やっぱりお上りさんだな。この国じゃあ、暴力は日常茶飯事だ。でもなぁ……それを使うことだけは、ダメなんだよ」
民衆がじりじりと囲みを狭める。ボニーリードはその場から動かない為に自然と囲みから外れていく。
「……作戦、変更だ」
そう男が呟いた瞬間、轟音と暴風が甲板に叩きつけられた。
「強奪に切り替える」
【用語説明】
《QAR号》…40門もの大砲が備え付けられた巨大戦艦であり、マグダラの中枢を担う船。黒光りする船体が勇ましい。