海洋国家・マグダラ1-4
「…………」
黙々と目の前に出されたバケットを咀嚼し飲み込む。とうに口内の水分は失われているだろうに、共に出されている湯気の出た紅茶に口を付けず、変わらないペースで傭兵は大量のバケットを摂取している。
あれから再び当てもなく歩き続けた傭兵は一軒のレストランの前で呼び止められた。
「あの……本当にバケットだけでいいのですか?トマトのスープとか、カツレツとかもウチありますよ……?」
「…………」
無言で咀嚼しつつ、傭兵は首を振った。
傭兵を店の前で呼び止めたのはこの店の女主人だ。彼女は傭兵の目の前に座り、語り始める。
「夫は、この前の戦いでマシナリーに乗ることになったのです。あなたが奮戦して下さったお陰で夫は生き残ることが出来たと……本当にありがとうございます」
「…………」
「あの……」
「…………」
「…………」
「……ごちそうさまでした」
バケット全てを体内に収め、傭兵は立ち上がる。紅茶は残したままだ。
「あっはい……あの、紅茶嫌いでしたか?」
「……今は、苦手だ」
ーーーーー
一通り街を見て回り、傭兵はマシナリー倉庫へと戻った。ひしゃげた【ミスフォーチュン】のコックピット部分が治されていく様子をぼんやりと腰を降ろして眺める。
「あれあれー?もう帰って来ちゃったの?もう少し休日を楽しんだらいいじゃないかー」
補修か改修か、何やらロケットのような大きな機械を肩に担ぎながら、ラットは傭兵の存在に気づく。
よっこいせと見た目にそぐわないかけ声で荷物を降ろすと重い金属をぶつけた不協和音が生まれた。そのまま傭兵の隣に座り、話を始める。
「あー疲れたー……ねぇねぇ、なんか嬉しいことでもあった?教えてよー」
「……固い、パンをもらった」
「へー、固いパンねぇー美味しかった?」
即座に傭兵は頷く。
その様子が可笑しかったのかけらけらとラットの笑い声が響く。怪訝そうに傭兵が見つめる中、けらけらゲタゲタと涙を溢しながら震えるラットは十数分程笑い続けた。
「あー、おっかしかったー。頷くの早すぎだし、そんなに美味しかったんだー。パン一つ取ってもキミの故郷より良い物なんだねぇここは」
「…………」
「あ、怒っちゃった?もうちょっと会話しようよー。アタシはキミのこと、結構気に入ってるんだよ?ねぇねぇ、他に何を見てきたの?」
傭兵の顔を覗き込み、少女は口元に笑みを浮かべる。
「……墓と親子を見た」
「ほうほう、そこで何があったんだい?」
「恐らく……父親が埋葬されていた。あの戦闘で……死んだらしい」
「ふーん……それについて、キミはどう思ったのかな?」
「……戦うなら、死ぬものだろうと思った。どうでもいい」
「……それだけ?」
「それだけ……だ」
「はぁ、キミはもう少し情緒というものを学んだ方が良いぞ!折角、良い物秘めてるのに勿体ないなー……まあ、良いけどさ」
少女らしくないかけ声を上げて、ラットが立ち上がる。
降ろしていた機械を再び担ぎ上げ、【ミスフォーチュン】の元へと向かい始める。
「その時になったら、きちんと燃え尽きておくれよ?いざというときに湿気てて燃えなかったなんてつまらないからね」
「……分かっている」
小さく呟き、傭兵はまたぼんやりと治されていく【ミスフォーチュン】を見つめていた。
【用語説明】
《バケット》…所謂フランスパン、スープに浸して食べるのがわしは好き。