海洋国家・マグダラ1-1
「傭兵、成果はどうだった?」
「エースを取り逃したが、機体の破壊には成功した」
「あー……出来たら滷獲してもらいたかったが……」
「仕事内容に含まれていない」
「だよなー…………ハァ」
頭を抱え、彼女は脱力する。
帝国指令部二階、その一室で彼と彼女は話を続けていた。
「なあ、傭兵よ。もうちょっとサービス精神見せてくれないか?勿論その分報酬は増すぞ?」
「私の機体では、滷獲したエース機を運ぶパワーも速度も"これ以上"出せない。運んでいる最中に敵援軍に囲まれて、逆に私が滷獲されても構わんならやったが?」
「あー……そっかぁ……あー……うん……まあ、エースの一人を倒したんだ。今回は良しとしよう、うん」
そう言って、彼女は椅子へ体をもたれさせる。彼__傭兵は一礼をして、部屋を出ていく。残ったのは彼女一人だけだ。
「……戦闘一回に付き80万、確実に勝利してくれるのは嬉しいが痛い出費だな」
実際、帝国の財政は火の車だ。帝国を除く43ヵ国が帝国を妥当する為に組んだ同盟……破天同盟。諸外国とは敵対関係、その為に輸入輸出はほぼ停止。海上は閉鎖され、この国が滅ぶのも時間の問題だ。
それでも、
「それでも、私はこの国の軍人だ。守ってみせる。何を犠牲にしても、どのような手段を取ったとしても」
彼女の目には悲壮感や諦めは浮かんでいない。彼女が手に入れた傭兵……彼の力が有ればなんとでも巻き返せる。
暗い笑い声が部屋の中を静かに満たしていた。
ーーーーー
帝国マシナリー倉庫では昼夜を問わず、作業員たちが機体の修復作業に追われていた。
先の戦闘において破損した旧式マシナリーたちが治療を施される中、その場に似つかわしくない子供の歓声が響く。
「ウッフフー!さぁすがアタシの作ったマシナリーだよねぇ。スナイパータイプのエースマシナリーなんて瞬殺だよぉ!さぁすがアタシ!天才美少女Mメイカーのラットちゃん!自分の才能が怖いわぁーいや、アタシの才能だし怖くないわぁ!ねぇねぇ、キミもそう思わないかい!」
座り込んでいる傭兵の肩をつなぎを来た少女__ラットがぺしぺしと叩く。
響き渡る音からしてかなりの力が込められている筈だが、傭兵の表情はピクリとも動かない。
しばらくは楽しそうに叩いていたラットだが、反応しない傭兵につまらなさそうな表情で叩き続ける。
「あのさーちょーっとくらい反応しても良くない?こーんな美少女に構ってもらってるんだしさぁ?」
「…………」
「シカトはひどくないかーい?んんー?」
「……あの鎧をもう少し、速く出来るか」
「出来るよー、アタシの作った【ミスフォーチュン】のフレームをもっと軽い物にしたらいけるよ。でも、この国重たーい奴しか無いんだよねぇ……外国からぶんどってくれない?」
何気なく言うが先の通りこの国は全てを敵に回している状態だ。国境は勿論封鎖されている。
「鎧の素材は……魔導国のマギアフレームか?」
「あー、あの感情の強さによりより性能が上がるとか言ってる奴?感情なんて不確かなモノに左右されるものなんてナンセンスだよ。個人的な研究でアレは欲しいけどー……んー……海洋国家のシーフレームがまあベターかな。金属なのに水に浮くとか面白いよね☆」
「……海洋国家、マグダラから奪えばいいのだな」
「そういうこと!じゃ【ミスフォーチュン】の補修は明後日には終わるから、まあ明日は休日だね。明後日からはよろしくー☆」
ーーーーー
傭兵は唐突に渡された休みを持て余していた。
倉庫から文字通り蹴り出され、あれよあれよと軍の敷地から追い出された彼はふらふらと街中を歩き回る。
「…………」
ふらふらと歩き回る彼は有り体に言えば怪しい。だが、彼の服装__古めかしいどこぞの貴族のような深紅のフリルとリボンに飾られた紺碧のコートが異様な雰囲気をもたらして彼に声を掛けるということを躊躇わせる。
傭兵は自らが奇異の視線を集め、注目されていることに気づいているがそれに対して何の返しもしない。
他人は他人、自分は自分。仕事ならまだしもプライベートでまで他人の顔色を窺うのは好みではないのだ……仕事でも、そんなに顔色は窺ってはいないが。
「…………」
歩きついた先は共同墓地であった。少年と母親らしき女性が一つの墓の前で項垂れ、嗚咽を漏らしている。
埋められようとしているのは小さな箱だ。小さな穴が掘られ、そこに箱が納められて土を被される。ものの数分で作業を終えた男たちは次の墓へと向かう。
あの戦いの戦死者たちだろう、マシナリーが破壊されれば遺体はほぼ確実に喪われる。あの埋められた箱の中にはよくて指が一本、大抵は何も入っていないのだろう。
「お母さん……僕、大きくなったらお父さんの仇を討つから……!軍人になって、悪い奴らを倒してやるから……!」
少年が母親へと向かって宣言する。涙を堪え、前を見据えるその姿に心打たれたのか、母親の目から再び涙が溢れ出す。
これが芝居ならば観客全てを涙ぐませる名演技だ。スタンディングオベーションものだろう。
実に下らない
少年が軍人になる頃にはこの国は無くなっている。少年は仇を討つ前に殺されるだろう、仇たる諸外国の兵たちによって。誤って踏み潰してしまった小さな蟻のように意識されずに無関心に。
「…………」
だが、そのことを指摘する人物は誰もいなかった。
親子に背を向けて、傭兵は再び歩き始めた。来たときと変わらない遠くを見るような、しかし何も見ていないその目のまま。
重い足音だけを残して。
【用語説明】
《破天同盟》……帝国を滅ぼすために帝国以外の全ての国々によって組まれた同盟。そんなに恨まれるなんて何をやらかした帝国よ。
《マシナリーメイカー》……マシナリーを作り出す人たち。本来は数十人が1チームになって制作する。それを一人で行うラットちゃんはヤバい。
《ミスフォーチュン》……"傭兵"の愛機。メイン武装は実体剣【Caliburn】モノアイに剥き出しの配線と旧式の特徴丸出しだが、パイロットの安全を考慮しない設計により、高速戦闘用のエースモデルを越える速度を叩き出す。
《フレーム》……マシナリーの外装。各々の国が独自開発したことにより、フレームによって固有の能力が生まれた。
《魔導国アヴァロン》……破天同盟の盟主国であり、唯一魔法技術が残る国。名産品は紅茶とスパイス。カレー旨いよ!
《海洋国家マグダラ》……国家を名乗っているが正体は巨大船団。強いものがトップに立つ。名産品は海産物。真水が金より価値がある。