桃太郎の物語のその後の物語
いつものようにおじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。けれどその日は『いつもの』ではない日だったのです。
川へ洗濯に行ったおばあさんは、川上からどんぶらこと流れてくる大きな大きな桃を見つけました。おばあさんはその大きな桃をおじいさんと食べようと思い、洗濯物を放り出して桃を捕まえに川の中へと入りました。大きな大きなその桃をしっかりと捕まえ、おばあさんは家へと帰りました。
「おじいさん、おじいさん。川でこんなに大きな桃を拾ったのですよ。こんなに甘い香りがしていますからね。きっととても甘くて美味しいですよ。一緒に食べましょう」
おばあさんはそう言うと桃に包丁を近づけました。刃が桃に触れると桃が二つに割れ、中には元気な声で泣く赤ちゃんがいました。
「あれまあ!元気な男の子だこと!おじいさん、この子はきっと子供の居ない私達への神様からの贈り物ですよ。私達で育てましょう。桃から生まれた男の子だから、桃太郎と言う名前が良いんじゃないかしら」
泣いている赤ちゃんを抱き上げながらおばあさんが言いました。おじいさんに問いかけているようですが実際はもうおばあさんの独断で決定しています。おじいさんはそうだなと賛同し、桃から生まれた桃太郎は二人の子供として育てられることになりました。
残った桃の果肉はおじいさんとおばあさんが美味しく食べました。
桃太郎はすくすくと育ち、心優しい少年になりました。ある年、町が鬼に襲われお姫様が攫われてしまったと噂が村へ届きました。
「おじいさん、おばあさん、僕は鬼退治に行こうと思います」
桃太郎はそう二人に告げ、旅に出ようとしました。おじいさんは桃太郎に話し掛け、おばあさんが桃太郎に渡すキビ団子を作り終えるまで引き留めました。
「さあさあ桃太郎や、このキビ団子を持ってお行きなさい」
おばあさんは急いで作り上げた特製のキビ団子を桃太郎に渡しました。
「ありがとう、おばあさん。では、おじいさん、おばあさん、鬼退治へ行って参ります」
キビ団子を受け取った桃太郎は、鬼退治の旅へ出発しました。道中で出会った犬、猿、雉の三匹のお供と鬼ヶ島へと渡り、悪さをしていた鬼を退治して回りました。そして鬼達から宝物を取り返し囚われのお姫様を助け出すとまた村へと戻りました。桃太郎は助けたお姫様と結婚し、二人は仲睦まじく幸せに暮らしました。めでたしめでたし。
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桃太郎の冒険譚が物語となり、世間に広まってから数十年が経ちました。物語として広まった桃太郎の住んでいた村の外れにとある老夫婦が住んでいました。
「ばあさんや、儂は山へ柴刈りに行ってくるよ」
「あらおじいさん。気をつけて行ってらしてね。私は川へ洗濯に行ってきますから」
穏やかな日差しの中、二人は家から出て山と川へと別れて向かいました。それは本当に何の変哲も無い日常の風景。
山へ向かったおじいさんは、年老いた大猿が率いる群れに会いに行き猿達と共に柴刈りを始めました。時折雉の声が響き、猿が声の元へ向かいます。暫くするとおじいさんの持っていた籠は薪と山の幸でいっぱいになりました。
「ありがとう、助かったよ」
おじいさんはにこにこと猿と雉にお礼を言い、家へと戻って行きました。
一方その頃、洗濯物を抱えて川へ向かったおばあさんは川の上流からどんぶらこと流れてくる大きな桃と出会っていました。
「あれまあ大きな桃だこと。持って帰っておじいさんと食べましょうか」
何故川に桃が流れているのか、そもそもとてつもなく大きいが本当に桃なのか、そんな疑問が一瞬頭を過ぎったのですが、おばあさんは気にせず川へと入り桃を捕まえました。
洗濯物を入れてきた桶桃を入れると、桶を抱えてもと来た道をえっちらおっちら歩いて戻って行きました。
「ただいま戻りました。おじいさん、大きな桃を拾ったのですよ。『桃太郎の物語』のようだと思いませんか。ですがまあ気にせず今晩食べましょう」
おばあさんは家の扉を開けると、扉をくぐりながらおじいさんに話し掛けました。
おじいさんはそんなおばあさんの様子に内心頭を抱えておりましたが、そんな様子は一切見せずそうかそうかと頷きました。
包丁を構えたおばあさんが桃を半分に切ろうと刃を押し当てると、桃がパカンと二つに割れました。そして同時に響き渡る元気な泣き声。桃の中には男の子が入っていたのです。
「おじいさんや!桃の中から元気な男の子が出てきましたよ!子供のいない私達へ神様からの贈り物かしら?どんな名前が良いかしら、おじいさん。桃……桃太郎……いえ、太郎は私のおじいさんだけですから駄目ですね。桃次郎とか良いと思いませんか」
おばあさんは矢継ぎ早に言葉を放ちます。そんなおばあさんの勢いに押されたおじいさんは、赤ちゃんを抱き上げあやしながら桃次郎で良いんじゃないかと少々投げやりに答えました。
こうして桃から生まれた赤ちゃんは桃次郎と名付けられ、おじいさんとおばあさんの元ですくすくと育ちました。
あるとき、町に鬼が出ると噂が立つようになりました。それを聞いたおじいさんは眉を顰め、おばあさんはただ静かに微笑みを浮かべました。
「おじいさん、おばあさん、僕は鬼退治に行きたいです」
桃次郎はそう言いましたが、おじいさんもおばあさんも誇張表現の過ぎた噂でしょうから行かなくても良いと止めました。誰かが攫われたなどもありませんし、きっと野党なのでしょう。噂が囁かれ始め早数日、おばあさんは町へ行きました。
「おじいさん、桃次郎、私は町の問屋へ反物を売りに行ってきますね。明日の夜には帰ってきますよ」
少しずつ作っていた反物を売りに行く、おばあさんはそう言って出かけました。家から町までは少し遠く、おばあさんの足で一日程の距離です。おばあさんは道中同じ方向に進む荷馬車に乗せてもらいながら町へと向かいます。荷馬車と別れて少しすると、おばあさんの前に大柄な男が立ち塞がりました。
「有り金全部置いてきなぁ」
大きな笠の下から覗く赤い瞳。
笠の裂け目から覗く鋭い角。
町で噂の鬼です。しかしおばあさんは怯みません。
「あらあら、困りましたねぇ。お財布は隠してあるのよぉ。こんなところで着物を脱げませんからお宅へ連れて行って下さいな」
「それもそうだな。よし、一緒に来い」
おばあさんは穏やかに告げていますが言っていることは無茶苦茶です。しかし鬼は何も思わなかったのか、その主張に頷きおばあさんを隠れ家へ連れ帰ってしまいました。ちょろいなこの鬼、おばあさんは鬼に聞こえない程度の囁き声でぼそっと呟きました。
「なんでばばあを持って帰ってくるんだよ……俺は金目の物を盗って来いって言っただろう」
鬼の親玉は頭を抱えおばあさんを連れ帰った子分に深い溜息を吐きました。拾った場所に戻して来いと言おうにも隠れ家の場所を知ってしまった人間を帰す訳にはいかず、思案を始めました。
「ば ば あ 、ですって?」
おばあさんの額に青筋が浮かびます。
「そんな事よく言えますね、あなた鬼吉でしょう。この私が判らないだなんてその目は節穴ですか?それともまたお仕置きされたいの?」
おばあさんは鬼の親玉に歩み寄りながら笑顔で威圧しています。
「鬼吉……?まさか!あのときのじゃじゃ馬姫か!?」
鬼はじりじりと後退り、壁へと追い詰められていました。
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一方その頃、おじいさんと桃次郎は帰ってこないおばあさんを心配し家の前でうろうろと歩き回っていました。そこへおばあさんと鬼を見かけた村人が走って来ました。
「大変だぁ!おまえんとこのかかぁが鬼に連れて行かれたぞぉ!!」
「おじいさん!僕鬼退治に……」
「なんだと!?桃次郎や、わしはおばあさんを迎えに行ってくるからお前は家に居なさい!!」
おじいさんは桃次郎の言葉を遮り家を飛びました。桃次郎はあっけにとられ置いて行かれました。
「え?ちょ……おじいさん……?」
「直ぐに行くからなぁぁぁぁぁ!!お前達ぃぃぃぃぃ戦じゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
おじいさんは叫び声をあげ誰かを呼び出しました。すると家からは犬が、山からは大猿と大雉が飛び出してきました。
「わんわんわん」
「ぎゃぎゃぎゃっ」
「けーんけーん」
犬を先頭に、大猿はおじいさんを抱え走り、大雉は空から先を見通します。犬はおばあさんの匂いを辿り鬼達の隠れ家を探し当てました。
「たのもー」
一人と三頭は隠れ家に乗り込みました。門の近くに居た鬼は突然やって来た老人と動物に驚き、追い返そうとしました。しかしおじいさんは持っていたこん棒で鬼を返り討ちにします。
「わたしの姫を返さんかぁぁぁ」
おじいさんは絶叫しながら隠れ家の中を走り回り手当たり次第に物を破壊していきます。犬、大猿、大雉はやってくる鬼達と戦い相手を気絶させています。一方的な戦いと言えば良いのでしょうか。鬼達を蹂躙していくその様は鬼神が如し、と言いたいのですが倒している相手が鬼であっておじいさんは人間です、多分。
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「で?私に何か言う事はないのかしら?」
外の騒ぎがまだ届いていない奥の部屋で、おばあさんはまだ鬼の親玉こと鬼吉を笑顔で威圧していました。
「ばばあ呼びして申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁ」
ずささささっ、と音が聞こえてくる勢いで鬼吉はおばあさんに土下座をしました。土下座している鬼吉の頬をおばあさんはぺちぺちと叩きます
「うふふふふ。どうしましょう」
とっても楽しそうな良い笑顔です。そこへ、おじいさんの絶叫が小さく響きました。
「あら?お迎えが来たようだわ。良かったわねぇ、鬼吉」
お仕置きを回避できて、と艶やかに嗤うおばあさんに鬼吉は戦慄を覚えました。
ばたんっ、扉が開きおじいさんが飛び込んできました。
「姫ぇぇぇぇぇご無事ですかぁぁぁぁぁ」
「えぇ、無事ですよ。何もありませんでした」
おばあさんは先程までの威圧をなかったことにし、頬を染めておじいさんを出迎えます。しかし足元には土下座した鬼吉、何もないと言うには少々無理があります。おじいさんは足元の鬼吉に冷たい視線を向けました。
「姫、それは?」
「今回の鬼の親玉こと懐かしの鬼吉ですねぇ。鬼吉の子分に連れて来られたのですが、鬼吉が少々おいたをしたのでお説教をしているのです」
おばあさんはおっとりと答えます。鬼吉は震えながら土下座を続け、頭を上げようとしません。
「まぁ良いでしょう」
おじいさんは鬼吉を睨むのを止め、おばあさんに笑顔を向けました。
「鬼吉など捨て置いて家に帰りましょう、わたしの紅姫」
「そうですね、桃太郎様。お迎えに来て下さってありがとう」
桃色の空気を辺りに撒き散らし始めた二人を横目に、鬼吉は早く帰ってくんないかなこの人達と脳内で溜息を吐き、犬、大猿、大雉は空気を呼んで扉の外で静かに息を潜めていました。
手を取り合って部屋を後にした二人。鬼吉は生気を失った瞳でその後姿を見送り、二人と三頭が出て行ったのを確認すると気絶している子分の介抱を始めました。
「前回もボコボコにされてるのにじゃじゃ馬姫と桃太郎に勝てる訳無いじゃん……」
零れ落ちた言葉は悲哀に満ちていました。
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桃色の空気を撒き散らしながら帰るおばあさんとおじいさん。
「前回負けているのに私達に勝てる訳ありませんよね」
そう軽やかな笑い声を響かせ楽しそうに歩いて帰って行きました。
「桃次郎、今帰ったよ」
そう言いながら桃から生まれた桃次郎の待つ家へ入り、三人と犬とで仲良く暮らしました。大猿と大雉はおばあさんに頭を撫でて貰い、ご機嫌でまた山へと帰って行きました。
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おじいさんとおばあさん、二人は一体何者だったのでしょうか?答えは鬼吉が言っていましたね。
『桃太郎の物語』として語られる主人公の桃太郎と攫われたお姫様、それが二人の正体でした。じゃじゃ馬姫と名高い紅姫は、鬼に攫われましたが鬼ヶ島で暴れ回り鬼達を恐怖のどん底へ叩き落し、鬼退治にやって来た桃太郎が救いの神に見えたと当時の悪さをしていた鬼達は語っています。語られない裏話、ですが。
桃太郎は勇ましい紅姫に一目惚れし、その場で求婚したのでした。
「私の桃太郎様は素敵でしょう!」
「わたしの紅姫は美しいでしょう!」
いや、こんなところで惚気ないでください。桃次郎?幸せになったんじゃないですかね?『桃太郎』なので桃次郎のその後なんて私は知りません。鬼吉は反省して畑を始めたらしいですよ、風の噂ですが。
私の知る『桃太郎の物語』はこれでおしまい。
読んで下さりありがとうございました。
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