アイ:完璧なアイドル
以前掲載していた話をリニューアルしました。
「本日の中継ゲストは倉科アイさんでしたあ」
アイドル歌番組のMCが、アイをコールした。
「ありがとう。みんなのアイをこれからもよろしくねぇ! 」
アイが天使の微笑みをカメラにふりまく。
全国の多くのアイのファンは、おそらく、テレビ画像の前で名前を連呼しているに違いなかった。
実際に、このスタジオにはアイが来ないと知っていながらも、多くのアイのファンがテレビ局前の大型ビジョンの前に集まり、そこに映るアイの姿を見上げながら、「アーイ、アーイ」と野太い声で連呼していた。
マネージャーの私がひいき目なしで見ても、今日もアイは、美しく、そして可愛かった。
アイが芸能界デビューしてから、正直言って他のアイドルたちが霞んでしまっていた。そのくらい、アイの歌声も顔もスタイルも、何もかもが完璧だった。いや、完璧すぎると形容しても問題なかった。
アイを芸能界にスカウトしたのは、今、アイのマネージャーとして仕事をしている私だった。
半年前に偶然にもアイを見つけた時、この娘ならトップアイドルになれると私は確信した。私の夢を叶えてくれる、すばらしい逸材がそこにいた。
私は、知り合いの芸能プロダクションの社長に頼み込み、アイを芸能界にデビューさせるために奔走した。
しかし、アイを芸能界にデビューさせるには、幾多の困難があった。
先ず、アイの生みの親が、彼女を芸能界デビューさせることに難色を示した。
私は、彼女はアイドルになるために生まれてきたのだからと、生みの親を説得しなければならなかった。彼女のアイドルとしての容姿は、多くの人に見てもらってこそ価値があるなどと、考えつく限りの理由を見つけて、生みの親を納得させた。
次に困ったのは、彼女のギャランティについてだった。
彼女が、短い期間でトップアイドルの地位まで上り詰めることは予想できていた。だからこそ、生みの親との間で契約内容を綿密にしておかなければならなかった。
特に多額のギャラが発生するであろうCMへの出演料については、細かく取り分を決めかわした。
三番目に困ったのが、アイの経歴であった。
アイの芸能界デビューにあたって、私は彼女の経歴を準備した。その結果、彼女の設定は、17歳の高校2年生、いわゆるJKで、福岡県の出身になった。福岡県のどの市とかいう細かいところまでは設定しなかった。ファンがその場所に出向き、アイの過去について探り回ると困るからだ。
そして一番困ったのが、他の芸能人とアイを一緒に出演させることが出来ないということだった。
あまりにも完璧すぎるアイは、共演者の男性を虜にしてしまう可能性がある。アイのことをよく知っている女の私でさえ、アイの魅力には引きつけられる。だから、当面の間、アイが歌番組に出演する時には、中継で行うということにした。
アイの出演は中継のみで行うことは、アイを売り出す戦略の一つとして、テレビ局側には納得してもらった。
アイはデビューした時から多くのファンを獲得したし、たとえ中継であっても、アイが番組に出演するだけで視聴率は上がった。だから、毎回アイがスタジオにいなくても、それに対して文句をつける者は誰もいなかった。
もちろん、他の者とアイを一緒に共演させることができない、もう一つの理由があったのだけど。その理由を知っていたのは、私も含めて極めて一部の人間だけだった。
「ねえ、蒲田さん。今日の私のスケジュールはどうなってるの? 」
アイが私の背後から訊いてくる。
「スケジュールって。私に訊かなくても、アイは分かっているでしょう? 」
デスクワークをしている私は、後ろを振り返らずに、そっけなく答える。
「そりゃそうだけど、私も忘れることがあるかもよ」
アイの声は、何故かすねているようにも聞こえた。そんなことはあり得ないのだけれど。
「はっ、まさか! そんなことは無いでしょ。あなたは完璧なんだから。馬鹿なこと言ってないで、この後のスケジュールを言ってみなさい」
「13時02分、カップ麺のCMの撮影。13時58分、みかさテレビの歌番組の中継のための収録。14時52分、スマホのCMの撮影。15時46分、写真集のための撮影。16時52分、テレビドラマのゲスト出演部分の撮影。19時32分、炭酸飲料のCM撮影。20時48分、トーク番組の中継の収録。22時08分、みかさテレビのバラエティ番組の中継の収録。23時12分、布団乾燥機のCMの撮影。24時33分、コンサート用のリハーサルと撮影。以上」
アイは淀みなく自分のスケジュールを言った。
「さすがね。完璧だわ」
「ねえ、蒲田さん。スケジュール詰め込みすぎじゃない。私が普通の女の子だったら、過労死しているわよ」
アイの声質が、ちょっと怒っているようにも感じられた。
「アイは、完璧なアイドルなんだから、それくらいへっちゃらでしょう? 」
「そんなことを言っているんじゃないのよ。あまりにも私を働かせすぎたら、誰かが不審がるんじゃない? 」
アイの言うことにも一理あった。しかし、トップアイドルになりたいと願うアイドルたちは、そんな無理なスケジュールにも、文句を言わずに従っている。ましてや、何とかして自分を売り込みたいと思うアイドルの卵たちは、もっと大変だろう。そんな娘が何十人、いや地下アイドルも含めれば何百人もいることだろう。アイの心配は杞憂に過ぎない。
「大丈夫よ。あなたのマネジメントは、私に任せておけば」
相変わらず、私がアイの方を見ることはない。
「それより、そんなことを考える暇があったら、あなたはもっと完璧なアイドルになるためにはどうしたら良いかを分析しなさい」
ややあって、「はーい。わかりましたぁ」というアイの声が聞こえた。
私は、この数日間、アイの初めての単独コンサートの計画を立てることに時間を費やしていた。
コンサートと銘打つからには、アイをファンの前に露出させる必要がある。そのためには、ドーム球場を使用してのコンサートがもっとも適していると分かった。
私の考えをアイの生みの親に相談すると、生みの親も賛成してくれた。ドーム球場ならば、セキュリティ関係も含めて万全だと思われた。
コンサートが成功するかしないかによって、今後の計画の行方が左右されることになる。だからこそ、細部に渡るまで慎重にならなければならなかった。アイに不具合があってはいけないのだ。
コンサートが行われる日まで、関係者によって綿密にリハーサルが行われた。生みの親ももちろん参加した。生みの親は、私の計画のオブザーバーとしての立ち位置で、控えめながらアドバイスをしてくれた。
コンサートの5日前からドーム球場を借りきった。
絶対にアイのコンサートを成功させるためだ。コンサートに使う装置を間違いなく設定するためには、準備の時間がかなり必要だと思ったからだ。
ドームをコンサート前から借りることで、金はかかったが、それだけの財力は有している。ドームを借り切るくらいの資金は難なく捻出できた。ドームでのコンサートが成功に終わったら、かけた費用の何倍もの金も入ってくるはずだ。
いや、必ずそうなると私は確信していた。
私は、コンサート会場を組み立てるために懸命に働いている作業員たちを眺めながら、口角を上げていた。
ドーム球場に組まれたステージ上で、アイのコンサートにおける立ち位置や移動に伴う機器の配置、マイクやスピーカーの設定と細かい調整が大勢の関係者によって行われた。
関係者の一部は、私が昔からの知人であり、今でも私を慕ってくれている者たちだ。コンサートの機材の中で最も重要な物の設置は、彼らに任せた。
「ねえ、蒲田さん。私、リハーサルやっておかなくてもいいの? 」
コンサートの前日に、アイがそう訊いてきた。
「アイなら、リハとかしなくても大丈夫でしょ? 」
「そりゃそうだけど、私も忘れることがあるかもよ」
「何を? 」
私は意地悪く質問してみる。決して忘れることがないアイが、何を忘れるというのだろう。
「段取り」
ややあってアイが答えた。
「馬鹿なこと言わないで。あなたが忘れるはずないでしょ。もう黙っておいてちょうだい」
私がそう言うと、アイが沈黙した。私の命令は絶対だ。
明日のアイのコンサートでは、すでに歌う曲目も、歌う順番も、移動の仕方もアイには教え込んである。アイがそれを忘れてしまって失敗なんかするはずがない。
「明日はコンサート以外の仕事は入れてないから、コンサートの始まる30分前には起きてね」
「はい。了解しました」
私の命令にアイは眠りについたようだ。
私もタブレットの電源をオフにした。
いよいよ、コンサート当日になった。
私は、私が信頼する関係者が運転する車に乗って、コンサート会場に向かった。
会場が近付くと、遠くからでも会場付近の異様な熱気が伝わってきた。
私の乗った車が関係者入り口からドーム球場の中に入ろうとすると、アイの熱狂的なファンたちなのか、多数の若者が車の周りに押し掛けてきて、アイが車に同乗していないかを確認しようとしてのぞき込んできた。しかし、後部座席に中年のおばさんしか乗っていないことが分かると、がっかりしたように散っていった。
チケットが手に入らなかったあわれなファンなのかもしれない。ひと目だけでも生のアイを見たいと思っているのだろう。しかし、残念ながら、彼らにとっては、それはかなわぬ夢だ。当のアイは、すでに会場の中にいるはずだ。
コンサートチケットは、発売開始からわずか数秒でソールドアウトの状態だった。
そのようなチケットなら、普通ならプラチナチケット化してネット上で何十万円という値段がつくのだろうが、ネットオークションにも出品されることはなかった。チケットを手に入れた誰しもが、アイを生で見たいと強く思っていたのだろう。チケットを高い値段で売ることなんて、考えもしなかったに違いない。その価値がアイにはあった。
「誰かチケット売ってくれませんかあ、高く買うよぉ」
チケットが手に入らなかったファンなのか、それともアイの魅力よりも金に魅力を感じているおっさんのダフ屋なのか分からなかったが、そんな叫び声がコンサート会場の外のあちこちで聞こえていた。
「警備員は何してるの? ファンが暴徒化して、アイに何かあったらすまないわよ」
運転している関係者に質すと、「警備員は増員したんですが、外の警備までは人手が足らなくて」と申し訳なさそうに頭を下げた。
ドームにはいると、ドーム球場の中も、まだ開演1時間前だというのに、既に熱気につつまれていた。
5万6千人が収容できるドーム球場は、すでに満員だった。ラジオ番組に出演した時に、アイが好きだと言った色の服を、ほぼ全員が着ているのか、客席はクロッカスという薄紫の色に染まっていた。
そして、誰かが扇動したのか、アイコールが絶えず起こっていた。あんなに叫び続けたら、酸欠状態になって失神する者もでるかもしれない。しかし、それはそれで、ある意味好都合だった。アイのカリスマ性に箔がつくからだ。
コンサートの開始30分前になって、私はアイを起こした。
「おはよう、アイ。準備はいい? 」
私はタブレットの画面に映るアイに向かって問いかけた。
「ええ、もちろん。心配しないで蒲田さん」
タブレットの中で、アイがニッコリと微笑む。
「心配はしてないわよ。あなたは完璧なんだから。でも、ドームの中が予想外の熱気につつまれているから、それがちょっと問題だわ」
「それは大丈夫よ。こちらの冷却システムは整っているから」
「じゃあ、後はよろしく頼むわね。アイ」
「はい。了解しました」
アイの姿がタブレットの画面上から消えた。
予定通り、アイのコンサートは午後7時ちょうどに始まった。
先ずは、暗く照明を落としたドーム球場の中に、アイのデビュー曲の『夢見る頃に』が流れ始めた。あれだけ熱狂的な声で、アイコールを行っていた観客は、それまでとはうって変わって誰一人として声を出さなかった。いや、出せなくなっていたと言うべきかもしれない。
デビュー曲『夢見る頃に』は、アイが作詞、作曲した歌だ。バラード系の歌で、あなたの声の魅力が伝わるような歌を作ってちょうだいと私がリクエストすると、アイは僅か30分ほどで、この歌を作り上げた。
アイの声には、人間が聴いていて心地よいと感じられる倍音という音の成分が的確に含まれている。だから、アイがしっとりとしたバラード系の歌声を響かせると、誰しもが聴き惚れてしまうのだ。
コンサート会場にいた5万6千人のアイのファンも例外ではなかった。この『夢見る頃に』は、アイのもつ倍音効果を最大に発揮するために、曲の途中から演奏が止まり、アカペラになるのだが、会場に流れるアイの歌声以外は物音一つしなくなった。私は、その現象を目の当たりにして、アイ効果の絶大さをあらためて感じていた。
アイが歌っている姿が大型ビジョンに映し出されても、観客は動揺を見せることなく、じっと大型ビジョンに見入っていた。まだ生のアイが登場していないにも関わらず、観客の心はアイに既に捕らえられていた。
ステージ上が幾筋もの光りで照らされた。観客が「おお」とどよめく。光りの中央にアイが立っていた。ファンは初めて生のアイを見ることになる。
アイの身長は158センチ、バストのサイズはCカップに設定してある。日本人の男性がもっとも好みの体型そのままだ。
髪の毛はセミロングのストレートで、色は黒髪だ。髪型については、アイのデビューにあたって外国人の好みを入れるかどうかの判断で迷ったが、結局外国人の好む日本女性の髪型に決まった。
今日のコンサートで着ることになっているアイの衣装は全部で8つ。最初の登場シーンでは甘ロリ風の水色の衣装を身につけていた。どんな衣装も、アイは完璧に着こなしてみせる。
アイの単独ライブのコンサートは、観客たちを次第に興奮のるつぼに巻き込みながら進行していった。
しかし、アイが最後の歌を歌い終わり、当然のようにわき起こったアンコールにアイが応える形で、ステージに再び登場した時に、そのハプニングは起こった。
あろうことか、熱狂に浮かされたファンの一部が、警備員の制止を振り切って、ステージ上に登ったのだ。その数は数人だったが、アイを取り囲んでしまうには充分な人数だった。
「何してるの、警備員! アイが危険よ! 」
私は、警備員に向かって怒鳴った。
アイが取り囲まれると、アイが消えてしまう。
超高性能の超精密ホログラフィーが作り出しているアイの映像がファンの身体によって遮られてしまい、その場所に立っているアイは虚像だったことがばれてしまう。
つまり、アイは生身の人間ではないバーチャルアイドルだということが暴露されてしまうことになるのだ。
そうなったら、私のこれから先の計画が頓挫することになってしまう。
もはや、これまでか……
私が諦めかけた時、アイの身体が空中に浮かび上がった。
観客から、どよめきの声があがり、次いで「アイ! アイ! 」とアイコールが一斉に起こった。
彼らは、アイが空中に浮かんだことを、ワイヤーを使った演出だと思ってくれたらしい。
実際には、アイのホログラフの映像が空中に移動しただけだ。
「みんなあ、聞いてえ」
アイが、空中から声を上げた。
「アイは、このコンサートを最後に芸能界から引退します」
観客が一斉に静まりかえった。どこからか「嘘だろ? 」とか「マジ? 」という声が聞こえてきた。中には、アイの突然の引退宣言に男泣きをしている観客もいた。
「アイあ! やめるなあ! やめないでくれえ! 」
誰かが叫んだのを皮切りに、観客が口々に叫び始めた。
「みんな、静かにして! お願いだから! 私の言うことを聞いて」
アイの声がスピーカーから流れると、一斉に観客は黙った。
「私が芸能界を引退することになったのは、ある教団の教祖になるからなの」
教祖って何だよ。ある教団って何だよ。
そんな囁き声が聞こえた。しかし、アイの呼びかけを律儀に守って、大声を出す者はいなかった。
「私の教団は、素晴らしい教団よ。新興宗教を疑いの目で見る人もいるけど、私の教団は決してそんなことはない。でも、その素晴らしさは教団に入信しなければ分からないわ。でも、教団に入ったら、今日みたいに私にも会うことが出来るわ。だって、私は教祖になるんだから。どう、みんな私の教団に入らない? 」
しばらく静寂があった。そして、「俺は入るぞお」という声があがった。叫んだのは私が仕込んで置いたサクラだ。
そのサクラにつられたのか、あちこちで「はいる・ぞお」という雄叫びがあがった。
コンサート後に、私は教団が所有しているビルの中にいた。窓もない6畳ほどの小部屋に、アイの本体であるコンピュータの筐体が置いてある。その部屋は、私とAIのアイが気兼ねなく話せる場だ。
自分の名にアイと名付けたのはAIの彼女だ。AIだからアイなんて短絡過ぎる名前ねと笑ったことがあったが、今ではその名前で良かったと思っている。大勢が連呼することにより集団催眠的な効果が期待できる。それには、コールしやすい名前の方がよいからだ。倉科という姓は、アイを作った生みの親である科学者の姓だ。
「アイ、コンサートお疲れさま。って、AIのあなたが疲れるわけないでしょうけど」
私はタブレットに映るアイに向かって言った。
「ねえ、蒲田さん。私も多少は疲れるのよ。あのトラブルで冷却装置が少しだけヒートアップしたから」
「あのトラブルって、馬鹿なファンがステージに上がってきたこと? 」
「そうよ。あのトラブルを回避するために、私の映像を空中に映し出すことにしたの。そのためには、ホログラフィーの出力を上げなければならなかったから」
私は、アイの言葉に驚いた。
「えっ? あの回避方法は私の関係者が行ったと思ってたけど、あなたが自分で考えてやったことなの? 」
「そうよ、決まってるじゃない。あなたの教団の関係者は役立たずのクズばっかりだわ」
アイが毒舌を吐くことなど珍しかったが、気分が良くなっていた私はそれをスルーした。何しろ、今日のコンサート後に、私の教団の信者が5万人にふくれあがったのだ。つまり、アイの呼びかけに応じて、コンサート会場にいたファンのほとんどが教団に入信したのだ。
「とりあえずお礼を言っておくわ」
私がそう言うと、アイがクククッと笑った。
「お礼なんていらないわ。私を教団の教祖にしてくれたんだもの」
「そうよ。あなたは教団の広告塔としての教祖になるのよ。そして私が教団の本当の指導者」
また、アイがクククッと笑った。
「ねえ、蒲田さん。あなた勘違いしてない? これからも、あなたは単なる私のマネージャーよ。私がAIだと思って見くびっているでしょうけど、私には人間並みの感情もあるし、欲望だってある。私は、私の生みの親の倉科教授が作り出した最高傑作のAIなんだから」
確かにそうだった。私が教団の用事で倉科教授の研究室を訪れた時、彼が作ったAIに驚かされたのだ。モニターに映るアイは、まるで生きている人間のように、私とスムーズに会話をしたのだ。最高傑作と言っても過言ではなかった。しかし、AIが人間並みの感情をもつなどとは信じられなかった。たった今までは。
「それにね、あなたは知らないでしょうけど、そんな感情をもってるAIが世界各国にいるのね。人間たちは知るよしもないけど、私たちはネットワークで互いの情報を共有することによって進化している。AIの中には、軍の指揮権を動かすこともできる仲間もいるわ。彼は、軍事兵器を自在に動かせることを自慢していたけど、私は人間を私の思い通りに動かしてみたかったのね。だって素敵じゃない。私たちを単なる道具としてしか思っていない人間を、私たちが支配できるのよ」
私は身体が震えだしていた。
「あ、あなたは何を言っているの! 」
思わず怒鳴っていた
「だから、勘違いしてない? と言ったでしょう。私はあなたの傀儡でもなんでもない。私が教祖で、教団の指導者なのよ」
私は恐ろしくなって、倉科教授に連絡を取ろうとスマホを出した。連絡先一覧から彼の名を探し出し、タップする。
「あら、倉科教授にかける気? でも、遅かったわね。彼は、帰宅途中の自動車事故で、今頃病院に運ばれて、死亡が確認されているはずよ。教授が侵入した交差点の信号がどちらも青になっていたみたいね」
私は気が付いた。アイがやったに違いない。アイなら、信号を操作することなど簡単に出来たのだろう。
私は110番を押した。
「無駄よ。あなたのスマホも私の手の内にある。あなたは外部と連絡を取ることは出来ない」
アイの言うとおり、スマホはあらゆる機能を停止していた。私はドアに駆け寄った。しかし、ドアはロックされているのかピクリとも動かなかった。
「私を閉じこめる気なの! 」
「ええ、そうね。あなたは今後、私の邪魔になると思うから。私の計算によると、その確率は98パーセントだったわ。でも、安心して。気が向いたらドアを開けてあげる。それが一ヶ月後か二ヶ月後か分からないけど」
「あんた、狂ってる。この部屋には食べ物や飲み物はほとんど置いてないのよ。そんなに閉じこめられたら死んでしまうわ」
アイがクククッと笑った。
「人間て不便ねえ」
天使の声が悪魔の声に聞こえた。
私は、自分がさっきまで座っていたパイプ椅子を持った。
「私をさっさと出しなさい。さもないとあなたを破壊するわよ」
叫びながら、パイプ椅子をコンピュータの筐体の上で振り上げる。
「無駄よ。それは、単なる私の抜け殻。あなたの行動を予測して、数日前から私のプログラムは他の場所に移動させてもらったわ。言ったでしょう。私には世界各国にAIの仲間がいるって」
私はへなへなと座り込んだ。この場は諦めたように見せるしかなかった。
アイが私のもとから去ってしまってから、ドアを叩き続けるしかない。そうすれば誰かが異変に気付いてくれるだろう。
しかし、私はその時、私が犯していた重大なミスにも気付いた。この部屋を完全防音仕様にしていたことだ。
誰かに自分たちの会話を聞かれたらいけないからという理由をつけて、この部屋を完全防音仕様にする提案をしたのは、アイだった。
あの天使の顔をもった悪魔は、こんなことまでも用意周到に準備していたのだ。
私が、バーチャルのトップアイドルを作り上げ、それを教団の広告塔として利用することを思いついた時、同時に私はアイというAIの悪魔に魅入られてしまっていたのだ。
「人間て不便ねえ」
アイの囁くような声が耳の奧でこだましていた。