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良くない。下

どうも、大塚ガキ男です。





翌日。

 二時間目。

 休み時間が終わり、他のクラスでは通常通り授業が始まっているにも関わらず姿を現さない本田先生に、クラスは騒付いていた。

 かく言う俺もその一人。出所の分からない嫌な予感に心中を支配されている。

 ガラガラ。

 雑談の声とは全く違う音に、クラス中の視線が音源——教室前方のドアへ。

 先生が入って来た。

 しかし先生と言っても本田先生ではない。現代文担当(ついでに言えば学年主任)の宮沢先生だ。

 宮沢先生は教卓の前に立つと、険しい顔で口を開いた。

 自分達が何か(やらか)しただろうか。

 誰もが過去の自分の行いを振り返る。

 誰もが宮沢先生からの叱責の言葉を予想した。

 が、違った。


「・・・えー、いつもなら本田先生が授業に当たる所ですが、皆さんに一つ残念なお知らせがあります」


 残念なお知らせ。

 未だ変わらず嫌な予感を胸に抱きつつも、続く言葉に耳を傾ける。


「本田先生は、昨日(さくじつ)を以って教師を退職されました」

「・・・・・・は?」


 た、退職?

 離任ならまだしも、退職だと?

 山田先生は若い。そんな先生が定年退職な訳がなく。

 ならば、寿退職?

 丁度良い所でクラスメイトがそういった旨の質問をしていたが、宮沢先生から返ってきたのは「理由は分かりません」の一言。

 分かりません。

 同じ教師なのに分からないのか?

 学年主任にも知らされていないのか?

 それとも、

 誰も知らないのか?

 考えてみれば、昨日の本田先生の授業が教師人生最後の授業。

 だと言うのに、俺達には何も言わなかった。テストを返却し、模範解答の誤りは明日の授業にて伝えると言っていた。

 放課後には、俺を美術部に勧誘してきた。


『また来てね』


 そう言ってくれたのに。

 おかしい。

 どういう事だ。

 混乱し切った俺には、宮沢先生からの、今年度の半分程残った授業についての説明等聞いていなかった。































 何かをする気も起きない。

 何かを考える気も起きない。

 未だ混乱する脳は余計な思考を受け付けず、早く返って眠りたいという欲求だけが膨れ上がっていた。

 よって、倉庫にも行かない。二日続けてのバックレは流石に拙いかとも考えたが、今はそんな場合じゃない。

 状況的にも。

 精神的にも。

 昨日あんなにも恐ろしい目に遭ったにも関わらず、俺は本田先生の退職がショックで失念していたのだ。















 で。


「今日も、お休みですか?」


 出遭ってしまった。


「・・・・・・何だよ」


 完全なる死角から掛けられた声。振り向くとそこには、赤髪が虚ろな瞳で俺を見ていた。

 後退(あとずさ)ると、背後から腰を抱かれる。視界の端には青い髪。

 二日連続の邂逅——いや、向こうは狙っているのだろうが——思いがけず、出遭ってしまった。


「そんな顔をしないでくださいまし。私達だって女の子ですのよ?」


 いつの間にかすぐ隣にいた金髪が、言いながら俺の腕に腕を絡めていた。


「ッ!」


 驚き、振り解く。

 金髪は何事も無かったかのように離れる。

 青髪はその小さな背丈故に衝撃を殺しきれず、少しバランスを崩す。

 残念ですわァ。

 心臓が高鳴る程にいつも通りに、怖気が走る程に低い声で、金髪はそう言った。


「明也殿・・・。何故私達を避けるのですか?」

「さ、避けてなんかねぇよ。こういう日が昨日今日で二日続いた——それだけだろ」


 昨日も今日も無意識に、コイツ等と会うのを忘れていた。

 コイツ等からしてみれば、俺に避けられているように思えるのかも知れない。

 まぁ確かに、俺は常日頃からコイツ等とは距離を置きたいと願っていたのだ。

 そういう意味では嘘じゃない。

 俺が嫌う不良(良くない)相手から貰う好意に、俺は戸惑い所か嫌悪感すら抱いていたのだ。

 何故俺はコイツ等を嫌っていたのだろうか。見た目だけは一級品なコイツ等のどこが嫌で、一緒に居る事を避けていたのだろうか。

 周りから同類に見られるのを恐れたからか?

 強者に祀り上げられるのが嫌だったからか?

 ——いや、違う。答えはもっと単純で、最も簡単だったのだ。

 怖いから。

 その一言。

 よく考えてみてくれ。相手は、本来ならば男一人くらい簡単に病院送りに出来る不・良・なんだぞ?そんな奴等から好かれて嬉しいと思うか?素直に喜べると思うか?

 過剰な言い方をすれば、人だって殺せる。

 そんな、いつ手のひらを返されても可笑しくない——いつ殺されても可笑しくない——そんな相手からの好意に、裏を勘繰らずにはいられない。

 そして、そんな奴等とは正反対の山田先生の存在。

 不良()の反対は()

 コイツ等を疎ましく思えば思う程、山田先生に惹かれ。

 山田先生と一緒に居れば居る程、コイツ等とは距離を置きたくなっていた。


「・・・・・・」


 そして、そんな俺の本心を——意中の相手が考えている事を、コイツ等が気付けない筈が無く。

 無表情な赤髪に、ジロリと瞳を覗き込まれた。

 疑いの視線ではない。

 確信の視線だ。

 仰け反ると、青髪に背中を支えられて後退を許されず。

 赤髪の視線からズレようと身体を動かせば、金髪に腕を取られる。

 コイツ等が本気を出せばこんなもの。運とまぐれでここまで来た俺程度、すぐさま移動を制限させられるのだ。


「・・・・・・私達の事、嫌い?」


 青髪が問う。


「そ、それは・・・」


 一歩間違えればただでは済まない。そんな状況に置かれた俺が答えあぐねていると、青髪が溜め息を吐いた。


「・・・・・・やっぱり、あの女を消したくらいじゃダメか」

「は?」


 一瞬、静止。それから、遅れてリアクション。


「な、何を言っている!あの女って」

「・・・・・・分かってるクセに」


 青髪が消したと言った、あの女。

 今日から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿を見せない山田先生。

 出来過ぎた偶然。

 合い過ぎたタイミング。

 知らず識らずの内に呼吸が早まり、それに気付いた青髪が「・・・・・・ふふっ、早い」と俺の背中の中心から少し左側——心臓に当たる部分に耳を当てた。


「お前等が・・・げ、原因なのか」

「私達は悪くありません!脆過ぎるアイツが悪いのです!」

「・・・・・・爪と肉の間に釘を打ち込んで様子を観察。『取って』と言われたから取り易いようにと爪を剥がしてから釘を取り除き、それから露わになった爪の下の肉を(やすり)で丁寧に削って——死ぬ程痛いけど、まさか本当に死ぬとは思わなかった」

「えぇ、全く。あの女、『各務原君、各務原君』と高貴なる明也さんの名を何度も何度も何度も何度も・・・。苛立ちのあまり興が乗ってしまいましたわ」


 弁解——胸に手を当てて身の潔白を証明しながら。

 説明——棒立ちで淡々とこちらを見ながら。

 憤慨——爪を噛んで虚空を睨みながら。

 誰かの末路について語る三人のその姿に、怯えがつい顔に出てしまう。

 俺の表情に気付いた赤髪が、何故かとても驚いていた。


「な、何故ですか・・・?何故そんな顔をするんですか!?私は明也殿の為を想っての行動でしたのに!」

「た、為を想ってだと?巫山戯(ふざけ)んな!人一人殺しておいて何を!」


 赤髪との距離を詰めようと足を動かせば、金髪がローファーの踵で俺の足の甲を踏み抜いた。


「ッ!?痛ってぇ・・・!」


 足の甲を押さえて蹲れば、青髪が俺の両腕を後ろに回して動きを封じる。それでも最低限の配慮は()されているのか、地面に押さえ付けられる事は無かった。だが、青髪が艶っぽい溜め息を吐きながら俺の爪をなぞるのを感じて背筋が凍った。


「・・・・・・あまり私達を否定しないで。悲しくてどうにかなっちゃう」


 もう既にどうにかなっちまってるだろうが。

 そうツッコミを入れられるような場面でもなく、頬の内側の肉を噛みながら堪える。

 俺には危害を加えないと昨日言っていたが、本当かは分からない。あっさりと前言撤回をする可能性だってあるし、そんな事は怒りで忘れているかも知れない。

 つーか、俺の足を踏み抜いた時点でもう駄目だ。完全に忘れてやがる。

 先程より幾分も低くなった視界。赤髪を見上げると、赤髪は恍惚の表情を浮かべていた。


「明也殿が私を見て下さっている・・・!私だけの事を考えて下さっている!」


 そりゃそうだろ。目を離したらどうなるのか分からないのだから、見るしかあるまい。


「・・・・・・独り占めは良くない」


 しかし、相手は一人ではない。(側からみたら)見詰め合っている(ように見える)俺と赤髪を快く思わなかった青髪が、後ろで組まれた俺の腕をゆっくりと上げ始めた。肩が異音を鳴らし、口の端から(あぶく)が溢れる。「分かった分かった!」と青髪を宥めにかかるが、相手は二人でもなかったのだ。


「何が分かったのですか?ふふっ」


 俺の顔を両手で挟み、左側へと向かせる金髪。強引に交じらわされた金髪との視線。深淵の如く、暗く深いその瞳に俺はようやく理解する。

 嗚呼、コイツ等とはもう分かり合えないのだと。

 俺とコイツ等。

 上位下位、主と従者の関係は終わった。

 怯える俺と、それさえも愛おしく感じるコイツ等。

 最早、立場は逆転し、俺が下位の——従者よりも遥かに下、弱者の立場へと転げ落ちている。

 前方の赤髪。

 後方の青髪。

 極め付けに、左方の金髪。

 少しでもコイツ等の機嫌を損ねればそれだけで息の音が絶えるような、そんな状況。

 こうなれば、コイツ等の言う通りに従うしかないかと腹を括り始めた頃。思わぬ事態が起こった。


「・・・おい、貴様等。明也殿に近付き過ぎだ。控えろ。離れろ。身分を(わきま)えろ。話はそれからだ」

「あらあら?随分と醜い嫉妬ですわね」


 青髪と金髪の体勢に気付いた赤髪。

 今までの間柄はどこへ行ったのやら、いきなり険悪になり始めた。こんな所で喧嘩をされたら巻き込まれてそれこそ死んでしまいそうだ。

 これからの展開を予想して、その結果として身体の至る所から嫌な汗を流していると、束の間ながらも静かにしていた青髪が赤髪と金髪の間に入った。


「・・・・・・二人とも五月蝿い。黙れないならアッチ行って」


 と、俺の汗の匂いを嗅ぎながら挑発をかます青髪。

 おい。俺の身体に隠れた状態でそんな事言うんじゃねぇ。


「あ?」

「はい?」


 そして、その一言を二人がすんなり流す訳が無く。直視するのも恐ろしい程の顔で俺の背後の青髪を睨んだ。


「上等だ青髪。相手を拘束しないと(ろく)に力も発揮出来ないカスが。掛かって来い」

「・・・・・・脳筋ゴリラに発言権は、無い」

「貴様!」

「・・・・・・金髪も。明也に媚び過ぎててキモい」

「な、何ですって!?」


 火に油を注ぐ青髪。激昂し青髪に掴み掛かった二人(青髪は直前に俺から離れていたので、俺の身は安全だ)。

 俺の後ろ——道路の真ん中で喧嘩をし始めた三人。周りに人がいないのがせめてもの救いか。

 しかし、それでもここは住宅街。あまり騒ぐと住人に見られてしまう。

 どうしたモノかと思考を始めそうになったが、すぐさまヒラめく。

 そうだ。

 この隙に逃げちゃえば良いじゃん。


「一対多を得意とするこの赤髪に勝てると思t——あ、明也殿!?どこに行かれるのですか!?」

「・・・・・・逃がさない」

「残念ですが、昨日の様には行きませんので。うふふふふふふふふふふ」

「ひぃぃぃぃ!」


 隙を突いて逃げたつもりだったが、すぐに後を追われる。閑静な住宅街に響く俺の情け無い絶叫と、三人の女の恐ろしくも艶やかな声。

 背後から迫るは、かつてこの街で暴れ回っていた三人の不良。良くない存在。

 走る。

 自宅まで、走る。

 自宅に入ってしまえば安全・・・とは言い切れないが、ここよりかは安全なのは確か。玄関を施錠し、家中の窓を閉めれば生存確率は格段に跳ね上がる。筈だ。


「ただいまッ!」


 ドアを力強く開き(鍵が掛かってなくて本当に良かった)、中に入る。すぐさま身体を反転させ、施錠。チェーンを掛けるのも忘れない。

『ただいま』と言ったのは、俺が生真面目な好青年だから——ではなく。俺の台詞を聞いた三人が、家の中に俺以外にも誰かがいるのではないか、と考えて追い掛けるのをやめてくれるんじゃね?という作戦によるモノだ。

 勿論、本当に誰か居てくれればそれが最高なのだが。


「・・・こんな時に限って居ねぇのかよ」


 いつもならご飯が炊けるまでの間の時間を利用してテレビを観ている母が、今日に限ってママ友と小旅行。明日の夜まで帰ってこないらしい。馬鹿野郎。

 ・・・ここにいない母を恨んでも仕様が無い。今の俺がすべき事は、家の中を走り回って片っ端から窓の鍵が締められているかを確認する事だ。

 あまり広くない室内を走り回る。リビングの窓を確認する際に、塀をよじ登って敷地内に侵入しようとしている赤髪を見付けた。カーテンを閉める。

 一階は確認し終えたので、二階へ。

 両親の部屋、更にはトイレの小窓まで確認し(トイレの小窓も、意外と人が通り抜けられる程の大きさなのだ)、最後は自分の部屋。


『明也殿ォ!ここを開けて下さい!』

『・・・・・・早く開けてくれないと強行手段に出ちゃうかも』

『窓は勿論、ドアだってその気になれば簡単に破壊出来るんですよ?』


 恐る恐る部屋の窓から外玄関を覗き見ると、そこには怒り心頭、といった感じの三人がいた。

 ・・・そうじゃん。

 たった今気付いたが、現在の俺が置かれている状況は非常に拙い。

 金髪の言う通りだ。奴等は不良。膂力が高い上に当たり前の常識も所々抜け落ちている。その気になれば窓やドアの一枚二枚、簡単に破壊してみせるだろう。

 だが。俺はここからは逃げられないのだ。

 家の中。

 しかも二階の突き当たりに位置する自室。

 加えて、相手は三人。

 俺を取り囲むには充分過ぎる人数。

 逃げ場が無いのだ。

 どうしようも無いのだ。

 俺に出来る事と言えば、現実逃避としてカーテンを閉め切り、頭から布団を被り、震えながら祈りながらほとぼりが冷めるのを待つだけだ。

 頼む。

 帰ってくれ。

 と。手を手で握り・・・目を閉・・・じ、て・・・・・・。

















 チュン。

 チュンチュン。

 どこからか聴こえる鳥の(さえず)りで目が覚めた。

 数秒してから、跳び起きる。


「——アイツ等は!?」


 被っていた布団を蹴って下においやり、周囲を確認。そんな俺の隣に金髪が・・・なんて展開は無く、現在の平和を強調させるように、どこからか味噌汁の良い匂いが俺の嗅覚を刺激する。

 窓の方を見やる。が、割れていない。朝の爽やかな風が、日の光を浴びて白く光るカーテンを揺らしていた。

 どうやら、アイツ等は帰ってくれたらしい。極大の安堵と共に胸を撫で下ろす。

 そう言えば、アイツ等から逃げるのに必死で夕飯を食べるのを忘れていたなぁ。と、腹の虫が鳴き声を聞きながら空腹を自覚。


「・・・・・・下行くか」


 アイツ等との付き合い方は後回しにするとして。

 取り敢えず何か食べようと、俺は自室のドアを開くのだった————————





昨日も、本来ならばこのお話を投稿するつもりだったのですが、十五時頃に昼寝をしてしまい、そのせいですっかり記憶から抜け落ちていました。申し訳ないです。

書き溜めも残り少なくなってきましたが、現在また新しい話を鋭意執筆中です。

お楽しみに。

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