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8話


 率いている、有象無象の魔物達が吹き飛ばされる様子を見ながら、灰色の髪をした魔族の男は考える。


(まあ、戦えない事はないか……)


 この数日間、一度に攻めずに消耗戦を行って稼いだ時間により、彼の胸に生じた傷は、完治には程遠いものの、なんとか戦闘を行えるくらいには回復していた。

 彼自身は回復魔法を苦手とするが、副官であるルナにとって、回復魔法は一番の得意分野だ。

 それに助けられた事は多い。

 そして、魔力も一時は枯渇寸前にまで減ったが、今は三割程度にまで回復している。

 不安は尽きないが、何もできずにやられる事はない。

 だが、その傍らにルナの姿はない。

 彼女は、彼の代わりに前線で指揮をとっているのだ。 


(後は敵の力量と、運次第か……)


 目前にまで迫った破壊を眺めながら、魔族の男は、それを迎え撃つ為に、ゆっくりと立ち上がる。


 ──そして、その存在と相対した。


「お前がこいつらの親玉か?」


 現れたのは、二人の男と一人の女。

 二人の男は、立派な鎧に身を包み、女は神官と呼ばれる姿をしている。

 彼に話しかけてきたのは、先頭に立った黒髪黒眼の少年だ。


「如何にもその通り。そう言う貴様等は何者だ?」


「俺は綾瀬ユウト。悪しき魔王を討つ為に、この世界に召還されし者、──『勇者』だ!」


「ほぉ……」


 ──勇者。

 男が遣える絶対強者にして、魔の支配者でもある魔王。

 その対となる存在。


 召還されたという情報は掴んでいたが、まさか、こんなに早く戦場に出てくるとは思っていなかった。


「そして、わたくしは勇者の仲間が一人、『聖女』ステイシア・フォード・アークセイラ!」


「同じく、『剣聖』タクト・レオノーラ!」


 続いて残りの二人も名乗りを挙げる。


「そうか。勇者。勇者か……。この体で相手にするのは、些か厳しそうだな。……だが、相手にとって不足なし!」


 そして、闘い、ここで散る事も覚悟した男もまた名乗りを挙げた。

 



「私は、魔王軍幹部が一人! 上位魔族、『狼王ウルフ・ロード』ベルゼだ!」 




 魔王より与えられた、彼の誇りであるその名を。

 

「勇者よ! いざ尋常に参る!」


「望むところだーーーー!」


 そうして、勇者一行と大魔族の闘いが始まった。






 ユウトが煌気を発動しながら、手に持った青白い光を放つ剣で斬りかかる。

 大振りで隙の多い一撃を、ベルゼは受け流し、そのままカウンターを決めようとした。

 ……しかし、


「ぬっ!?」


 剣を受け流す為に触れた手の甲に激痛が走り、慌ててその場を退く。

 見ると、手の甲はまるで熱した鉄板にでも触れたかのように、焼けただれていた。


「聖剣の類……、それも桁違いに強力な……、厄介なものを……!」


 ベルゼの読み通り、ユウトの持つ剣は、対魔特化の性質を持つ聖剣の中でも最高の性能を持つ剣、

 ──聖剣エクスカリバー。

 太古の勇者が扱っていたとされる、アークセイラ王国に伝わりし伝説の剣である。


「相性は最悪か……」


 触れるだけでダメージを受ける聖剣は、素手で闘う事を得意とするベルゼに対して相性が悪い。

 それでも並み大抵の聖剣ならば、上位魔族であるベルゼに対しては、焼け石に水だ。

 そして今の一撃も、万全の体調ならば、受け流すまでもなく余裕でかわせていた。


 ……だが、そんな事に意味はない。

 最後に立っていた者が勝者であり、敗者に待ち受けるのは死だけなのだから。

   

「だが、思った程強くはないな」


「なんだと!?」


 追撃して来るユウトと、連携しようとして出来ていないタクトを軽くあしらいながら、ベルゼは口にする。

 それにユウトは激昂した。


 ベルゼが言った事は事実だ。

 先程は予想外だったが故に、ダメージを負ってしまったが、種が割れれば、二人の剣はベルゼに掠りもしない。


「ハッ!」


「うわっ!」


「くっ!」


 ベルゼの拳を受けて吹き飛ぶ二人。

 それを見てベルゼは思う。

 

(弱すぎる)


 それがベルゼの勇者に対する正直な感想だった。

 手負いで、しかも煌気も使っていないベルゼにすら勝てない程度の男。

 単純な力や速度は高いが、それだけだ。

 技術もなければ、格上との戦い方もなっていない。


「そんなバカな……、俺は最強の筈だ! 負ける訳がない!」


 そんな、よくわからない事を口走りながら、力任せに剣を振るユウト。

 ベルゼはそんなユウトの顔面を殴りつけ、体が硬直したところを蹴り飛ばした。

 その衝撃でユウトは遠くの地面に叩きつけられ、無様に転がった。


「「ユウト様(殿)!」」


 それに気をとられた二人の内、タクトにベルゼは迫り、その鳩尾に、部分的に煌気を纏った拳の一撃を喰らわせる。


「ぐはっ……!」


 咄嗟に防御の構えを取ったのか、致命傷は避けたタクトは、攻撃の衝撃で吹き飛ばされ、魔物の群れの中に消えていった。


(あの傷ならば、魔物共でも充分)

 

 飛んで行ったタクトを無視して、ベルゼは、うずくまるユウトと、必死にその治療をしているステイシアの下へと、歩を進める。


「ユウト様! ユウト様! なんで!? どうして回復しないの!? いつもならこんな傷、すぐに治せるのに!」


「う……、あ……」


「女。貴様戦場は初めてか? 精神が乱れると、スキルの発動は覚束なくなる。よく覚えておくんだな。……もっとも、次があるとは思えんが」


「あっ……」


 そう言って、狂乱したようなステイシアの首筋に手刀を叩き込んで気絶させた。 

 殺してはいない。

 ステイシアが、かつてラオルート帝国で見た事のある、「高貴な身分の人間」だと判断したベルゼは、殺すのは情報を吐かせてからでも遅くないと判断した。 

 その後は、『鬼王オーガ・ロード』か『豚王オーク・ロード』にでもくれてやればいい。

 ベルゼは興味がないが、女大好き、繁殖大好きな、あの連中ならば喜ぶだろう。

 そうすれば、何かと融通を利かせてくれる筈だ。

 今回、雑兵を貸してくれたように。


「さて……」


「ヒッ……! あぁ……」


 最後に残った勇者は、小さな悲鳴を上げ、涙を浮かべた目でベルゼを見ていた。

 その股間は濡れ、嫌な臭いが漂ってきている。


(こやつ、本当に勇者なのか?)


 少なくともベルゼの目には、こんな醜い姿を晒すこの男は、お世辞にも勇者には見えなかった。

 もし本当にそうだとすれば、こんなのの対と呼ばれる魔王に対する、盛大な侮辱である。

 

「偽物? しかし、精神と技量はともかく、魔力量だけは、勇者と言われても納得できるか……?」


 そうして真剣に悩むベルゼに話しかけてくる人物がいた。


「……これどういう状況っすか? 先輩?」

  

 ルナである。 

 その手には、ボロ切れのようになったタクトを引きずっていた。


「戻ったか」


「ええ、まあ、あんなでかい音聞いたら戻って来るっすよ。てっきり、今の先輩だけじゃ相手できないような強者が現れたと思ったんすけどねー……」


 ルナの視線の先にあるのは、一見無傷に見えるベルゼと、気絶したステイシア、そして涙を流しながら股間を濡らし、臭い匂いを撒き散らす汚物だ。

 混乱の一つもする。


「で? なんすか、それ?」


「勇者だ」


「いや、訳わかんないんすけど……」


 それはそうだろう。

 ベルゼだって、何も知らない状態で、この汚物が勇者だと言われたら、同じような反応しか返せないに違いない。

 だが、それ以外に言いようがないのも事実だ。


「ていうか、先輩よく見たら怪我してるじゃないっすか! ダメっすよ。怪我したらちゃんと言わないと」


「……うむ」


 目を離した隙に死にかけたせいか、ここ数日ルナが過保護になっていた。

 自業自得なので、ベルゼはおとなしく腕を差し出す。


「で? どうするんすか? こいつら?」


「一応、生かして捕らえておく。信じがたいが、本物の勇者という可能性も一応あるからな。そこの女はおそらく貴族だ。情報を吐かせる為にも、こいつも生かしておく。そっちのボロ切れは生きているのか?」


「生きてるっすよ。かろうじて」


「ならば、そいつも生かしておく。ついでだ」


「了解っす」


 ベルゼの治療を完了されたルナが敬礼のポーズをとって応えた。

 ラオルート帝国の連中がやっていたポーズだ。

 ルナはこれが気に入っているらしい。

 そんな若干弛緩した雰囲気の二人の下に、




 ──新たな乱入者が飛び込んで来た。




「《グングニル》ーーーー!」 


「むっ!?」


「先輩!?」


 膨大な魔力を乗せた槍が、寸分違わずベルゼの額を狙って飛来し、

 ベルゼは煌気を発動させた拳で撃ち落とした。


 しかし、槍はまるで意志を持っているかのように、持ち主の下へと戻っていく。


「ギリギリセーフ……、いや、アウトかもしれねぇなぁ……」


「うっ……」


 そこにいたのは、馬に跨がり、戻ってきた槍を掴んだ男と、真っ青な顔をした女、




 ──バロンとセレナだった。


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