5話
短いデス
勇者が召還されたという噂は、既に遠く離れたガイル砦にも届いた。
そして、その食堂、いつもの場所でジンは、ここ数日感じている、どこかソワソワとして落ち着かない気分を引きずりながら、カイルと一緒に昼飯を食べていた。
「どーだ、ジン! 俺の情報は確かだっただろう!」
「はいはい」
カイルのドヤ顔での自慢を軽く受け流しながら、ジンはスープを啜る。
こいつは昔から変わらないな、と思いながら。
「なんだよー。もっと誉めろよー。俺の情報おかげでバロンの旦那に再開できたんだろ? いろいろ教えてもらえたんだろ?」
「確かにそうだけど、バロンに会ったのはどちらかといえば悪い出来事だし、そもそもお前の情報で一番信憑性を感じたのは、兵士長への夜這い未遂だぞ。それを自慢げに語られてもな」
「私がどうかしたか?」
「わぁーーーー!? なんでもないデス!」
兵士長ことミネルバの絶妙なタイミングでの登場に、カイルは慌てふためいた様子で敬礼した。
ジンはそんなカイルを呆れた目で見てから、ミネルバに声をかける。
「兵士長、なにかご用意ですか?」
「別に用はないさ。たまには部下と一緒に飯でも食べるかと思っただけだ」
カイルが挙動不審なのはよくある事なのでスルーしたミネルバが、ジンの質問に普通に答えた。
だが、ジンはミネルバの持つお盆に酒の姿がある事を見逃さない。
(あぁ。愚痴を言いに来たのか……)
この状況もよくある事なので、ジンはすぐに察した。
察したところでどうにもならないのだが。
「それでだな! 守将の奴が酷いのだ! 魔術師なしで魔物の大群、それも魔族入りから砦を守り抜く策を考えろとかいう無理難題を私に押し付けて来たのだ! ふざけるな! 貴様の仕事だろう! なにが「できなかったら君の責任だからね」だ! 砦が落ちたら皆死ぬのだから責任もクソもないだろうが! そんな事もわからんのか、あのハゲ! お前達もそう思わんか!?」
「はい! その通りだと思います!」
「よろしい! よく言ったカイル! ほら、もっと飲め! なんなら口移しで飲ませてやるぞ!」
「まじっすかーーーー!」
随分と酔っ払っている。
余程ストレスが溜まっているのだろう。
ここまで出来上がってしまったミネルバを見るのは久し振りだ。
ミネルバは普通にしていればキリリとした美人なのだが、この酒癖のせいであまりモテないらしい。
前に本人が愚痴っていた。
魔王に禊を立てているジンとしては、どんな美人だろうがピクリともしないので関係ないが。
酔ったミネルバに口移しを実行され、幸せそうにとろけた顔をしているカイルを見て、自分も魔王にやられてみたいと考えながら、ジンは思う。
(案外お似合いの二人かもな)
ジンは恋する者同士として、友人の恋は応援している。
だが、カイルの恋路を手伝ってやる気はない。
真に愛しているのならば、自分の力で落とすべきだというのが、ジンの持論だからだ。
恋の前に障害が立ちふさがっているのならば、考えないでもないが、カイルの場合は彼が勇気をだして告白し、ミネルバに相応しい男になろうと努力すればすむ話。
ジンの出る幕はない。
それよりも、ミネルバの話に気になる所があった。
「兵士長、兵士長」
「なんだジン! この問題児め!」
カイルにハグという名の絞め技をかけ始めたミネルバは完全に出来上がっている。
カイルはミネルバの胸に顔が当たっている事が嬉しいのか、幸せそうな顔で昇天しかけている。
これは、まともな返答は期待しない方がいいなと思いつつも、一応問い掛ける。
「魔族入りの魔物の群れってなんですか?」
「ああ、それか! ハゲから聞いたんだけどな! 魔物共がどうにも一カ所に集まってるらしいぞ! そしてその中に魔族の姿があったとかなかったとか……、まあ、今までの襲撃具合から考えて、目的地は多分ここではないだろう。ハゲが妙な事言い出したのは、臆病者のチキンハゲの戯れ言だ! 戯れ言! 第一もしここに来るというのなら対処法などないのだから考えても無駄だと言うのに、あのハゲ……」
既にジンの質問の事を忘れて自分の世界に入ってハゲハゲ言っているミネルバの言葉を聞き流しながら、いちいち大声だったが、予想外にちゃんと答えてくれた前半の言葉を思い返し、ジンは思案する。
(魔物達の目的地はここだな)
ミネルバの言葉を聞いて確信できた。
その理由は、ジンが数日前から感じている、ソワソワとして落ち着かない感覚だ。
この感覚は大きな戦いの前特有のもの。
確たる証拠はなにもなく、ただのカンと言ってしまえばそれまでだが、ジンは己のカンに絶対の自信があった。
何故なら、この感覚は魔王と相対したことで手に入れた力だからだ。
世界最強の存在を肌で感じ、絶対の死を告げる者をこの目で見たからこそ研ぎ澄まされた危機感知能力。
そのカンが告げているのだ。
嵐が来ると。
いや、それだけではない。
ここまで落ち着かないのは初めてだ。
もしかしたら、なにかそれ以上の……。
「聞いているのか貴様らーーーー!」
「くっ、苦しい……かはっ……」
と、そこまで考えて、ジンは思考を切り上げた。
今はまだ、この愉快な雰囲気に浸っていようと思ったのだ。
……これが最後かもしれないのだから。
「いや、温かい目で見てないで助けろよーーーー!」
さっきからずっと絞め技をかけられ続けて、さすがに限界に達したらしいカイルの絶叫を聞いて、ジンはますます笑みを深めるのだった。