4話
主人公はでてこないのデス。
レオナルド二十一世が見守る中、光の収まった召還陣の上に一人の少年が立っていた。
「えっ? あれっ? ここは……?」
「ようこそおいでくださいました勇者様」
状況がわからず呆然としている少年に向かって、レオナルド二十一世は語りかける。
どうか話の通じる人物であってほしいと切実に願いながら。
「あなた達は、いったい……?」
「私はアークセイラ王国国王、レオナルド・アレクセイ・フォード・アークセイラこと、レオナルド二十一世。
そして彼らは、異世界よりあなた様をお呼びする為に集った魔術師達です」
「王国……国王……異世界……魔術師……」
少年は混乱しながらも、確かめるように、レオナルド二十一世が告げた言葉を反芻する。
その様子を見て、どうやらいきなり暴れ出すような輩ではないと判断し、内心で胸を撫で下ろす。
珍しくレオナルド二十一世の頭痛が発生せずに乗り切れるかと思った瞬間、彼の隣で沈黙を守っていたステイシアが動いた。
「お初にお目にかかります、勇者様。わたくしはアークセイラ王国第一王女、ステイシア・フォード・アークセイラと申します。是非ステイシアとお呼びください!」
「あっ……、はっ、はい!」
ステイシアが手を握りながら名乗ると、少年は真っ赤な顔をしながら、若干慌てた様子で返す。
どうやら少年は女性にあまり慣れていないようだ。
目が泳いでいる。
一方、ステイシアは顔を見なくてもわかる程、浮かれている。
元々、物語の英雄に憧れていたステイシアは、少年の顔がそこそこ美形だった事もあってか、我慢できなくなってしまったようだ。
おそらく、彼女の目には勇者補正によって、少年がとんでもない美形に見えているに違いない。
「勇者様、どうぞこちらへ。このような場所ではなんですから、詳しい話は座りながらお話しましょう」
「あっ、はい」
ステイシアが少年を引っ張って、去って行く。
レオナルド二十一世は職務を理由に、その席を辞退すると、執務室へと戻った。
元々、職務の時間の合間を縫っての視察であり、そのタイミングで偶然勇者が召還されただけだ。
できれば勇者がどのような人間なのか、もっと確かめておきたかったが、これ以外の時間はとれない。
そして、職務が一段落ついた頃、レオナルド二十一世は側近であるハルトマンを呼び出した。
「お呼びですか? 陛下」
「ああ、先程勇者が召還されたのは知っていよう。ついては宮廷魔導師達がどの程度消耗したのか、どれほどで前線に戻せるのかを調べてもらいたい」
「既に調べ終わっております」
「さすがだな」
「お褒めに与り光栄です」
レオナルド二十一世は頭痛の種にならない優秀な側近に賞賛を送る。
こんなに優秀な側近がいて尚、頭痛はなくならないのだからゾッとする。
「して、どうだ?」
「半数は魔力枯渇により、一ヶ月は休養が必要です。残りの半数もかなり消耗しており、最低でも一週間は動けないでしょう」
「そうか……」
予想していたとはいえ頭の痛くなる状況だ。
「それと、もう一つ、悪い知らせが……」
「……聴こう」
聴きたくなどない。
聴きたくなどないが聴かねばならない。
いつかも思った通り、それが国王としての責務だ。
「前線からの情報ですが、魔物の動きが変わり、一カ所に集結するように動いているそうです。どこを狙っているのかはまだわかりませんが、群れの中に魔族の姿があったという情報も」
「……」
最悪だ。
最悪すぎて頭痛を感じるよりも、体が諦めに支配される方が早かった。
この状況での大攻勢、そして魔族。
ラオルート帝国滅亡の際に大きく数を減らしたせいか、アークセイラ王国が戦い始めてからは一度も現れなかった魔族が、よりにもよってこのタイミングで……。
こうなってしまっては、打てる手など限られている。
「如何なさいますか?」
「……大至急、宮廷魔導師達を回復させろ。回復したらすぐに前線に戻せ。戻す拠点は重要度順だ」
「……かしこまりました」
若干不服そうな顔をしたが、ハルトマンは指示を受け取り、戻っていった。
彼もわかっているのだ。
他に打てる手などない事を。
今から宮廷魔導師達を回復させたところでとても間に合わない。
奇跡的に間に合ったとしても、今回の大攻勢を防ぐ事はおそらく不可能だろう。
他国からの援軍もあるとはいえ、魔族を要する大軍勢相手に、一つの砦の戦力ではとても保たない。
戦力を集中させようにも、他の砦を留守にする事などできないし、そもそもどこに攻めて来るのかすらもわからないのだ。
(今回の戦いで、最前線の一角は落ちる)
半ば確定してしまった未来と、失われるであろう大勢の命を思って、レオナルド二十一世は重い溜め息を吐き出した。
◆◆◆
勇者が召還されてから数日後、勇者との顔合わせを終え、勇者の訓練に付き合わされているバロンは憂鬱だった。
「やああああーーーー!」
模擬剣を手に、黄金の闘気を纏いながら斬りかかってくる勇者を、バロンは模擬戦用の木槍で軽くあしらう。
「よっ、ほっ、はっ」
「でええええーーーーい!」
元気と勢いはいいが、動きは全然なっていない。
国から支給されたという、国宝でもあるスキルオーブで覚えた闘気の上位スキル、《煌気》のスキルと、それを常時発動できるような底なしの魔力のおかげで一見強そうに見えるし、実際そこらへんの魔物だったらごり押しで仕留められるだろうが、バロン的には落第だ。
……しかも、本当に問題なのはそれではない。
「きゃ~~! ユウト様、素敵!」
「さすがユウト殿です!」
こんな落第小僧を褒め称える男女。
『聖女』と『剣聖』だ。
そして、おだてられてニマニマしている勇者。
(はぁ……)
バロンは内心で溜め息を吐きながら、どうしてこうなったのかを思い返す。
勇者として召還された少年、『ユウト』を初めて見た時のバロンの感想は『好みのタイプ』だった。
若干ジンに似ていた事もあり、バロンは勇者に対して、いい印象をもっていた。
(これで才能までジンに似てたら万々歳だなぁ)
だが、その後すぐに、その認識は改められる事になる。
まずは、ユウトが現時点でどれだけ戦えるのか見る為に、模擬戦をする事になった。
相手は剣聖の異名を持つ、天才騎士タクト・レオノーラだ。
バロン的にはタクトもなかなか好みであり、既にこのパーティーが気に入っていた。
だが、模擬戦は酷い事になった。
スキルと魔力に任せて、終始ごり押ししかしないユウト。
対するタクトは何故か慌てふためき、何もできずに敗北。
これには、さすがのバロンも絶句した。
隣を見れば、『大賢者』セレナも同じ顔をしていた。
そんな二人を置き去りに、一人キャーキャー騒ぐ『聖女』ステイシア。
その視線の先で、信じられないという顔をして座り込んでいるタクトに、ドヤ顔のユウト。
カオスである。
後で聞いた話によると、タクトは生まれ持った絶大な魔力による身体強化のお陰で、自分よりも身体能力の高い相手と戦った事がなく、高貴な生まれのせいで戦場に立った事もない為、不足の事態に慣れておらず、どう戦っていいかわからなくなったとの事。
そして、問題は無駄に自身過剰で無駄に高潔なタクトが、この一戦でユウトの事を『必ずや魔王を倒せるだろう実力者』だと認識し、ステイシアと共に賑やかし担当になってしまい、そんな二人の態度のせいで、ユウトの鼻っ柱が伸びに伸びてしまった事だ。
バロンは仕事で一度魔族を見た事がある。
当時まだB級冒険者だった彼は、A級の先輩冒険者達と共に、ラオルート帝国の砦で魔族を迎え撃ったのだ。
それは、初めて魔族という存在が確認された戦い。
そこで、先輩冒険者達は全員戦死。
バロンも魔族に挑んだものの、歯牙にもかけられなかった。
だから、バロンは魔族の恐ろしさを知っている。
S級冒険者となった今のバロンならば、簡単に倒されはしないだろうが、それでも勝てるかどうかは怪しい。
そのバロンから見れば、魔族はユウトのごり押し戦法で勝てるレベルを超えている。
それは、セレナも同じ考えなのだろう。
彼女は旧ラオルート帝国の生き残り、魔族の恐ろしさは嫌という程知っているだろうし、バロンと違って魔王の戦闘を直接その目で見ている。
魔族にすら勝てないレベルのユウトが魔王に勝てる訳がないと考えるのは当然だ。
……しかし、不運はそれをユウトに教え込む事ができないという事だ。
「ユウト。おめぇは力はスゲェが、技術は雑魚だ。いい加減それを自覚して、ごり押しをやめろ」
「ふん。技術なんて不要だ。この最強の力があればどんな敵にだって勝てる!
バロン。俺がお前を倒せないのは、殺しちゃ大変だから手加減してるだけだ。それを勘違いして上から目線で話すのはやめろ」
「はぁー……」
バロンは盛大な溜め息を吐く。
全く同時にセレナも溜め息を吐いていた。
(殺すねぇ……)
ユウトは本当にわかっているのだろうか?
殺し合いの意味を。
自分を殺しうる力を持った相手に、本気の殺意をぶつけられる事の意味を。
どんなに訓練で動けても、大事なのは実戦だ。
実戦で勝てなきゃ意味がない。
勝てなければ負けて死ぬだけだ。
バロンはふと一人の弟子の事を思い出す。
殺し合いの天才と言えるような一人の弟子、ジンの事を。
ジンとユウトが似ていると一瞬思ったが、訂正する。
ジンとユウトは真逆だ。
教える前から、殺し合いの意味を完全に理解し、その上で狂ったように笑っていたジン。
教えても殺し合いの意味を理解せず、そのおかげで呑気に笑っていられるユウト。
(そう考えると、ジンは優秀な弟子だったんだなぁ)
優秀ではなく、いかれてるだけのような気もするが、それでもユウトよりはマシだとバロンは考えた。
「お疲れ様です」
疲労感を感じながら休憩用の椅子に戻ると、セレナが水を差し出してくれた。
(ヤバい。女なのに惚れそう)
「ありがとよぅ」
「いえ」
疲労による気の迷いを感じながら、バロンはセレナと共に、これからどうするかと頭を悩ませるのだった。