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2話


 アークセイラ王国国王、レオナルド二十一世は疲れきっていた。

 原因は言わずもがな魔王の事だが、今の疲れの原因は直接魔王に関連する事柄ではない。

 

 彼の頭痛の種は、味方である筈の貴族達だ。

 平和な時代が続きすぎたせいで、すっかり平和ボケしてしまったアホ貴族共。

 その分、政争や足の引っ張り合いに関しては滅法強いが、戦争となると無能集団に早変わりする。

 ラオルート帝国が滅びるまでは楽観視し、滅びた後は慌てふためくだけ。

 

 もっとも、そんな愚か者は一部のアホだけだ。

 大抵の貴族はしっかりと貴族の責務を果たしているし、アークセイラには、優秀な武官も多い。

 しかし、その一部が思いっ切り足を引っ張っている事も事実であり、レオナルド二十一世の頭痛を促進している事もまた事実だ。

 そんなアホでも、未だに現実の見えていないバカよりはまだマシだが……。

 

 そして、この日もまた、彼の頭痛の種を育てる為の、特上の厄介事ひりょうがやってきた。




 彼の居る執務室の扉がノックされる。


「入れ」


「失礼します」

 

 彼が入室許可をだすと、側近の文官であるハルトマンが疲れた顔をしながら入って来た。

 貴族らしく表情の制御に長けた彼が、そんな顔をしている事で、レオナルド二十一世は数秒後の自分の未来を悟った。

 間違いなく頭痛が酷くなる。


「レオナルド様、ご報告があります」 


「……聴こう」


 聴きたくなどない。

 聴きたくなどないが聴かなければならない。

 それが国王の責務だ。


「ダーヴィット様が宮廷魔導師達に命令をくだしたそうです。「勇者召喚の儀式を執り行え」と」


「なん……だと……」


 ダーヴィットはこの国の宰相であり、慌てふためく愚か者筆頭の男だ。

 『権力』とばかり戦ってきたダーヴィットは、魔王の純粋で理不尽な『暴力』に恐怖しきっていた。

 そしてアークセイラ王国に古より伝わる、伝説の召喚魔法を復元させ、勇者の召喚を行うべきだとほざいていた。

 魔王という未知の化け物に対して、自分が知りうる戦力で勝てる想像ができなかったのだろう。

 なんとかしようとしたのはわかるが、王の許可を取らずに、勇者召喚を強行するとは思わなかった。


「止められないのか?」


「残念ながら不可能です。既に儀式は始まってしまったようですから」


 レオナルド二十一世は額に手を当てて天を仰ぐ。




 ──勇者。

 それは魔王の対となる存在。


 太古の昔、今と同じように魔王が現れた時、異世界から現れし勇者が、この世界の者達と力を合わせ、見事に魔王を討ち果たしたのだ。

 巷ではおとぎ話として語られているが、昔、勇者を召喚した者の末裔であるレオナルド二十一世は、それがおとぎ話ではなく真実だという事を知っている。


 ……だからこそ、勇者召喚は本当に最後の手段の一つだという事も知っているのだ。

 

(勇者が召喚者に従うとは限らない。その場合、魔王と同格になりうる化け物をもう一人敵に回す事になるというのに……!) 


 それだけではない。

 勇者召喚の儀式を執り行うには、大量の魔力と魔術師が必要だ。

 この大事な時期に貴重な対集団用戦力である宮廷魔導師達を動かせば致命的な隙になりかねない。

 おまけに宮廷魔導師の一部は、スキルオーブの作成も担当しているのだ。

 勇者を召喚する事によって、どれだけの人員が魔力枯渇に陥るかわからない。

 その場合、当然スキルオーブの作成は止まり、いくつものの砦が魔術師なしという最悪の状況で魔物を迎え撃たなければならない。

 ……そうなれば、一体どれだけの兵士と、何人の英雄が死ぬ事になるか。

 危険すぎる大博打だ。


(それでも禁忌に手を出されるよりはまだマシと思うしかないか)


 レオナルド二十一世は、そうして自分を無理矢理に納得させた。

 代わりに頭痛の種は見事に開花し、華麗に咲き誇ってしまったが。


「いかが致しますか?」


「……やってしまったものは仕方がない。大至急勇者を迎え入れる準備を」


 今にも血管が切れそうな程に痛む頭を抑えながら、レオナルド二十一世は指示を下す。

 それが国王の責務だから。


(しばらくは眠れなくなりそうだ)


 そう考えた瞬間、頭痛は更に酷くなった。






 ◆◆◆






 カイルの叫びによって食堂中の注目を再び集め、しかも今度はその視線が非常に生暖かかった事に居たたまれなくなったジンは食堂を飛び出し、ついでに砦も飛び出して近くの街まで来ていた。

 普段愛想の一つもない戦闘狂が真っ赤な顔をしながら、恋バナを求められている姿は、最近不満を抱えた兵士達のおもちゃとして大変お気に召したらしく、驚く程の速度で話が広がり、外出するときには既に門番までも話が広がっていたのか、ニヤニヤとしながら見送ってくれた。


 彼らもジンの想い人の正体(魔王)と、彼のデートプラン(殺し合い)や歪んだ愛情まで語れば、そんな目で見る事はできなくなるだろう。

 おそらく狂人を見るような目をするに違いない。


 だが、ジンは恥ずかしいので黙秘を貫くつもりだ。

 その場合、彼が帰る頃には、想像したくない事態になっている事は間違いないだろう。











 ジンが今居るのはガイル砦の数キロ後方に位置する街エルモアだ。

 ガイル砦は人魔対戦の最前線の一角だが、他の要所に比べれば重要度が低く、魔物の襲撃も他の最前線に比べれば少ない。

 魔物の姿が見えたら、魔術師達の遠距離攻撃魔法で数を減らし、打ち漏らしを兵士達で処理する。

 その基本戦術は今のところ有効に作用しており、これまで一度たりとも、防衛線の向こうに魔物の侵入を許した事はない。

 故に、この街、『前線都市エルモア』の住人達は、最前線周辺の街とは思えない程、普通に暮らしていた。


(それも見納めかもしれないけどな)


 街をぶらつきながら、ジンはとある問題を思い出した。

 カイルも言っていた、宮廷魔導師の突然の召集だ。

 カイルの言っていた事が本当ならば、宮廷魔導師達は勇者を召喚する為に呼び出された事になる。

 

(てっきり魔族の大群でも攻めて来て、そこに派遣されたんだと思ってたけど……)


 さほど重要な拠点ではないとは言え、後ろに守るもののあるガイル砦から、主戦力である魔術師達をごっそり持って行ったのだから、それ相応の理由があるとは思っていた。

 そして、その理由を考えるなら、別の場所が危機に晒されて、苦渋の策として派遣されたと考えるのが自然だ。

 だが、もし本当に勇者を召喚する為だけに呼ばれたのだとすれば……、


(この街は国から見捨てられたって事になる)


 つまりはそう言う事だ。

 これまでの襲撃を考えれば、残った戦力だけでも、砦が墜ちる事はおそらくない。

 しかし、防衛線まで完全に守り抜けるかと言われれば無理だ。

 魔術師が殆どいない状態では、どうしても、かなりの数の打ち漏らしがでる。

 結果、この街は多大な被害を受けるだろう。


 ……実際はジンの想像よりも事態は深刻であり、ガイル砦だけではなく、他の要所からもガイル砦程ではないが、宮廷魔導師の召集がかけられている。

 その分、被害予想は悲惨な事になるが、ジンはそれを知らない。

 もっとも、


(まあ、俺の知った事じゃないけどな) 


 ジンの目的は魔王を倒す事であって、人類を守る事ではない。

 仕事上助ける事はあるだろうし、気が向いたら助けないでもない。

 しかし、例えば魔王が目の前にいて、そのすぐ側でカイルが死にかけていたら、ジンは迷わずに魔王と闘う事を望むだろう。

 十年来の友人ですらその扱い。

 その他の赤の他人の事など、知ったことではないのが、ジンという人間だ。

 もっとも、ゴキブリ以上にしぶといカイルがそんな事になるとは想像もできないが。











 そんなジンが今日エルモアの街に来たのは、そんな感傷に浸る為ではない。

 勇者の噂が気になり、ちょっと調べてみたくなったからだ。

 

 ジンは遊ぶ事に興味がない為、普段の休日の過ごし方と言えば、魔物狩りか盗賊狩り、もしくはカイルに強制的に遊びに連れ出されるかの三択だ。

 今日のように気になる事ができた時や、武器防具を見にくる時くらいしか、一人で街に足を運ぶ事はない。

 夢がないようにも見えるが、彼の夢は魔王討伐だ。

 ある意味、誰よりも夢見る少年だろう。




 勇者の情報を求めて、冒険者ギルトを目指す。

 近道する為に入った路地裏で、ジンはとても不快な物体を目撃した。


「まったく! あの腐れ冒険者共め! この僕の依頼を断るとは、どういう事だ!」


「ヴァンダー様、落ち着いてください。時期が悪かったのですよ」


「そうですよ。あの件のせいで、どこもかしこも戦力は、喉から手がでる程欲しいでしょうから」


「だとしても、この僕の依頼だぞ! 名門シュミル家嫡男たる、この僕の!」


 煩く喚き散らすジンと同い年くらいの少年と、それを諫める鎧姿の若者二人。

 我が儘貴族のボンボンと、それに振り回される新人騎士と言ったところだろう。


(こういう輩は、関わらないに越した事はない)


 そう考えて、道を変えようとした時、少年はジンの前でだけは言ってはいけないセリフを吐いた。


「なにが勇者だ! なにが魔王だ! そんな下賤の輩よりも、貴族である僕を優先するのが、平民として当然の……」


 そこまで言ったところで、少年の首が斬りとばされて宙を舞った。


「「なっ!?」」


 驚愕し、動きを止めた騎士達を、下手人であるジンは続けて切り裂く。

 少年の首が地に付く前に、この場からジン以外の全ての命が消え去った。


「魔王様を侮辱するな。このゴミが……!」


 そう呟きながら、なにもわからないまま地面に転がった少年の首を、ジンは思いっきり踏みつける。

 頭蓋が割れ、元は人間の頭部だったとはわからないような物体が産まれた。


「ふぅ……」


 一仕事終えたジンは一つ息を吐き出し、少年の服で靴についた汚れを拭き取ってから、何事もなかったかのように、歩き始めた。

 

 ジンが少年を殺害した理由は一つ。

 彼がジンの想い人である魔王を侮辱したから。

 ただ、それだけだ。




 魔王を恐れるのはいい。

 彼女は畏れ敬われるような存在なのだから。




 魔王を嫌うのは仕方がない。

 彼女はそれだけの事をやっているのだから、仕方のない事だ。




 だが、魔王を侮辱する事だけは許さない。

 そんな事をジンの前ですれば、彼の理性は吹き飛び、条件反射で相手を殺すだろう。

 今回のように。


 ジンの前で魔王を侮辱する事、それは敬虔な聖職者の前で、信仰する神をバカにする行為に等しい。

 いや、それ以上の事だ。

 ジンにとって魔王は、神であり、英雄であり、大好きな女の子でもあるのだから。


 


 騎士達を殺したのは、頭の中の冷静な部分が証拠隠滅を図ったため。

 巻き添えで殺された騎士達に対しても、ジンは特になにも感じていなかった。


 ……ジンが公衆の面前で事件を起こしていないのは奇跡と言っていい。

 

 人間が狂人を理解する事などできないのだから。


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