20話
召還命令を出してから十数日後。
レオナルド二十一世は謁見の間にて、新たなる英雄を待っていた。
彼は普通の交通手段、乗り合い馬車などで移動するのだから、それくらいの時間はかかる。
傍らには護衛騎士達とハルトマン、さらにダーヴィットとその息子だ。
名前は確か、ラビとかいった。
ダーヴィットはともかく、何故息子が居るのかよくわからなかったが、ダーヴィット曰わく新しい跡取りとして、英雄と顔を繋いでおきたいらしい。
疲れた顔をしている所を見るに、無理矢理ねじ込まれたのだろう。
ダーヴィットもまた、レオナルド二十一世やハルトマンと共に、勇者の暴走やガイル砦崩壊の後始末に奔走していた。
大方、疲れてた所につけ込まれて言質をとられたといったところところか。
余計な事だけはしてくれるなと、切実に思う。
──そこで、階下が騒がしくなってくる。
「何事だ?」
「私が見てまいります」
そう言って、ハルトマンは階下へと向かっていく。
戻ってきた彼は、とても疲れた顔をしていた。
嫌な予感がする。
「何があった?」
「お耳を」
ハルトマンはレオナルド二十一世の耳元で、彼にしか聞こえない声で報告した。
何でも、英雄殿は全身包帯だらけで所々血が滲んだ、魔物のような姿で現れた。
当然、門番は警戒した。
だが、その後がまずかった。
門番は彼に武器を向け、その瞬間斬られた。
敵対行為ととられたらしい。
同僚を斬られた騎士達は、標的に殺到。
英雄殿はそれを全て斬りながら進み、慌ただしくなってきたところでハルトマンが到着。
召還命令を受けた者だと、騎士達に説明して戻ってきた。
騎士達は死傷者多数。
英雄殿は返り血に濡れ、騎士達に仲間の仇を見る目で睨まれながら、ハルトマンについて行き、今は扉の前で待機中だそうだ。
(いきなりこれか……)
勇者よりも扱いの難しそうな英雄に対して頭痛がしてくる。
既に呼び出した事を後悔し始めていたが、ここまで来たら会わない訳にもいかない。
レオナルド二十一世は意を決して、声を張り上げる。
「入れ!」
その言葉と共に謁見の間の扉が開き、一人の少年が現れる。
黒髪赤眼のそれなりに整った容姿をした少年。
まだ子供と言えるような年だが、その眼光は鋭く、王であるレオナルド二十一世ですら震えてしまいそうな程だ。
それに、瞳の奥にその色と同じ、炎の如き執念と意志が見て取れる。
(これが、魔王を退けし英雄)
レオナルド二十一世は息を呑む。
そして、内心の緊張を悟られぬように気をつけながら、口を開く。
「よくぞ参った新たなる英雄よ。私はアークセイラ王国国王レオナルド二十一世だ」
「……ジンです」
ぶっきらぼうな言葉。
緊張したのかと思ったが、ジンに緊張した様子はない。
一国の王を前にして、堂々たる落ち着きぶりだ。
単純に敬語になれていないのだろう。
「そなたの成した功績は、他の英雄達と比べても、抜きん出ている。故に望む褒美をとらせよう。何か望む物はあるか?」
「スキルオーブが欲しいです。《闘気》を始めとした使い勝手のいい物を」
余程欲しているのか、即決で答えるジン。
無茶な要求をしてこなかった事に安心していたレオナルド二十一世だが、そんな一時の安名を打ち砕く声が発せられる。
「ハッ。英雄と呼ばれている癖に、スキルの一つも持っていないのか」
英雄に対して無礼極まりない声。
レオナルド二十一世が唖然としている間に、それを咎める声が上がる。
「ラビ! 貴様、英雄殿に対してなんたる無礼な! 即刻謝罪せよ!」
「父上、彼は平民です。平民如きに何を言ったところで、貴族がある私が無礼と言われる筋合いはないでしょう」
「貴様、何を……」
「それに彼は兵士だ。国を守る兵士ならば、戦って当たり前。当たり前の事に褒美を要求するなんて、厚かましい事この上ない」
「ラビ! いい加減にせよ!」
ダーヴィットの怒りに比例するように、レオナルド二十一世の頭痛が加速していく。
最悪だ。
ラビは貴族の特権意識が強く、平民を見下す類の貴族のようだ。
だが、まさか英雄に対してまで文句をつけるとは。
怖いもの知らずなのか?
それとも愚鈍すぎて、目の前の少年の実力がわかっていないのか?
おそらく後者であろう。
とんだ愚か者が紛れてしまったようだ。
「そもそも、魔王などという下賤な輩をいつまで経っても倒せない無能に褒美など……」
レオナルド二十一世が、ラビを追い出そうとした瞬間、
──ラビの首が飛んだ。
「は?」
間抜けな声を出すダーヴィット。
その視線の先にいるのは、目にも留まらぬ速さでラビの首を跳ね飛ばしたジンだ。
その身に怒りのオーラを纏った。
「ゴミが」
そんな言葉と共に、地面に転がるラビの首を踏みつけるジン。
首は、ぶちゃっ、っといやな音を立てて潰れ、見るも無惨な状態へと変わる。
「あとは剣と鎧が欲しいです。丈夫なやつが」
怒りのオーラを消し、何事もなかったかのように追加の要求をするジン。
それを見て、レオナルド二十一世はようやく悟った。
彼は、自分達を同じ人間として見ていない。
自分達の存在など目に入っていない。
だから、一切の躊躇なく殺せる。
虫けらのように殺せる。
親の前で子を殺して、平然と話し続けられる。
よく見れば、彼の目はどこか焦点があっていない。
どこか違う所を見ている。
それがどこかはわからない。
わからないが、一つだけわかる事もある。
これは、自分の手に負える存在ではない。
自分の都合で操れる存在ではない。
レオナルド二十一世には、この英雄の事が理解できなかった。
ラビを殺した時も、直前まではどうでも良さそうに見ていただけだ。
逆鱗がどこにあったのかすらわからない。
何をするのかわからない。
何の前触れもなく、国を滅ぼしてもおかしくない。
その事が酷く恐ろしかった。
結局、ジンにはすぐに用意できた《闘気》のスキルオーブだけ渡し、残りは後日に渡すという事で帰らせた。
レオナルド二十一世は、ラビの亡骸の前で涙を流すダーヴィットをなんとか宥め、疲れた身体を引きずりながら、次の仕事に向かった。
その夜、事件は起きた。




