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1話


 世界が魔王の脅威に晒されてから、約十年の時が流れ、人類はじわりじわりと追いつめられていた。


 最初こそ、魔物退治の専門家である冒険者や、豊富な魔力と数多のスキルを身につけた騎士達の活躍によって迎撃していたが、無尽蔵に湧いてくる魔物による物量作戦で、人類は少しずつ戦力を減らしていった。


 だが、それだけならばまだまだ余裕があった。

 人類には他の者よりも飛び抜けて強い『英雄』達が存在する。

 彼らがいる限り、人類が滅びる事はない。

 国を纏める王や貴族達は、大した危機感も抱いていなかった。




 だが、二つの転機によってその余裕は消し飛ぶ事になる。




 一つ目の転機は魔物の中に人型の者が現れた事。

 角と翼を生やし、魔物としての残滓を色濃く残すその存在は、規格外に強かった。

 たった一匹で一つの砦を落とし、英雄の一人と相打ちになった。


 人々は英雄の死に震えた。


 今まで英雄達は負けた事がなかった。

 万を越える魔物が押し寄せようと、最高クラスの魔物が来ようと、その全てを打ち倒してきた。

 戦死はおろか、敗走すらした事がなかったのだ。


 そんな英雄とたった一匹で相打ちになった魔物の出現。

 『魔族』と名付けられたその怪物は、少数ながらも、世界中に現れた。

 最初の魔族が死んだ時に叫ばれた、「あれこそが魔王だったのだ」という楽観的な考えは即座に消えた。

  

 そして、二つ目の転機。


 人魔大戦の最前線となっていた、ラオルート帝国。

 その世界最大クラスの大国に魔王が現れた。

 無数の魔族と大量の魔物を引き連れて、魔王自らが攻め込んできたのだ。


 その力は圧倒的だった。


 数多くの英雄を抱えるラオルート帝国が、一週間と保たずに地図から姿を消す程に。

 その時の戦いで、殆どの魔族を打ち取り、魔王にもそれなりの傷を与えられたが、それで喜べる筈もない。

 代償に人類を支えてきた大国と英雄、そして数多くの兵士達を失ったのだら。


 そして魔王は死んでいない。


 魔王が生きている限り、魔物は湧いてくるし、魔族だって再び現れる。

 



 世界最大クラスの大国が沈んだ事で、人類はようやく理解した。


 自分達は今、滅亡の危機に瀕しているという事に……。






 ◆◆◆






 アークセイラ王国、ガイル砦。

 ラオルート帝国が滅びた今、人魔大戦最前線となったこの砦の食堂に、一人の少年がいた。


 始まりの街を生き延びた唯一の少年『ジン』だ。


 最も、だからと言って特に有名と言う訳でもない。

 始まりの街出身と言う事はあまり知られていないのだ。

 代わりに、スキルも持っていない若者の癖に、鬼神のごとく魔物を斬り殺す事で、少し知られていたが。

 

 そんな彼は、不機嫌な顔で食事をとっていた。


「おーいジン。どうしたよ、そんな顔して。ただでさえマズい飯が残飯なみにマズくなるぞ」


 同僚であり、幼なじみでもあるカイルがそう言って話しかけてきた。

 彼は、始まりの街から逃げ延びてきたジンを拾ってくれた教会で一緒に育った仲だ。

 大して強くもない癖に兵士に志願した変わり者でもある。


「残飯の味はな、命の危険を感じるような危険信号あじなんだ。あれは飯じゃない。だから飯だと思えるこれが残飯なみになる事はないよ」


「物の例えだっての。何クソ真面目に返答してんだよ」

 

 カイルが前の席に座りながら言う。

 まあ、残飯なみとは言い過ぎでもマズいのは認める。

 この間の戦いで魔物の群れに食料庫を食い荒らされたせいで、マズい保存食しか残っていないのだ。


「大分機嫌悪いなー。やっぱアレが相当堪えたか」


「当たり前だ。凄く凄く凄く凄く期待してたのに、蓋をあけてみれば流れたってなんだ。上げて落とした兵士長を恨みたくもなる」


 ジンの機嫌が悪いのは、前々回の戦いに起因する。

 その戦いにおいて、ジンは大将格の魔物を打ち取り、報奨が与えられる事になった。なっていた。

 しかし、その直後に起こった食料庫襲撃事件のせいで、上は物質の手配に追われ、ジンの報奨の話はそれどころではないとして流れてしまったのだ。


「あー。報奨のスキルオーブ、すげー楽しみにしてたもんな……」


「その為に兵士になったと言っても過言ではない。スキルオーブも寄越せない国なんて魔王様に滅ぼされてしまえばいいのに」


「お前、冗談でもそれ聞かれたら首が飛ぶぞ。物理的に」


 物騒な事を言うジンに、カイルのツッコミが入る。

 ジンとしては冗談でも何でもなく、至って本気で言っている。

 憧れの人である魔王を越える為の足掛かりに所属しているだけであって、ジンに国に対する愛着はない。

 というか人類に対してすらない。

 自分が魔王を倒せずに死んだ場合は、自分以外に殺されてほしくないので、寧ろ人類滅亡を応援するくらいの気持ちだ。


 ──スキルオーブ。

 それは魂に根付く特殊な技能『スキル』を覚える為の道具だ。

 その製法は秘匿され、所有権は国が独占していて、貴族か、騎士か、優秀な兵士及び冒険者でなければありつけない。

 ジンはそれを手に入れる為に兵士になったのだ。


 今回報奨として与えられる予定だったのは、身体強化の基礎スキルである《闘気》のスキルオーブだ。

 初歩の初歩スキルだが、闘気を纏える者と纏えない者の間には、越えられない壁が存在する。

 スキルは鍛えていけば進化する事もあるので、取っ掛かりさえ掴めればなんとかなるとジンは考えていた。


 苦節十年。

 五歳の時に始まりの街を生き延び、教会に拾われ、忙しい中で必死に鍛えて、

 十歳の時に滅び行くラオルート帝国からカイルと共に必死で逃げ出し、

 たどり着いたこの街でそのまま兵士になり、子供故に最初は雑用しかやらされない中で兵士達の鍛錬を盗み見て剣を覚え、

 最近ようやく戦場に出られるようになって、十年ごしに目標への最初の一歩を踏み出したと思ったところでこれだ。

 不機嫌にもなる。


「つーかいつも思うけど、動機が不純すぎるぞ。嘘でも平和の為に兵士になったとか言えないのかよ?」


「必要だったら嘘も吐くよ。それに動機の不純さにかけては、お前にだけは言われたくない」


 カイルが弱い癖に兵士になったのは、現在の上司である兵士長に惚れたからだ。

 兵士長に良いところを見せようとして兵士になった。

 命懸けの職業にそんな理由で付いたのは、ある意味尊敬にあたいするが、結局死にかけてばっかりでアプローチは上手くいっていない。

 それでもゴキブリなみにしぶとく生き残っているのだから恋の力は凄まじい。

 それはジンも認めている。

 なにせ自分も似たようなものなのだから。

 

「そっ、それはそうと、ちょっと面白い噂を聴いたぞ」


 不機嫌なジンの矛先が自分に向いた事を悟ったのか、カイルが不自然に話題を変える。

 

「……なに? 噂って?」


 ジンも若干釈然としないながらも、その話題に乗る。

 このままでは不機嫌のテンションに任せて、兵士長にカイルの思いの丈を暴露してしまい、友情に亀裂が入りそうだったからだ。


「ああ、俺も又聞きだから詳しい事は知らないんだけど、お貴族が変な事やり始めたみたいでな。勇者がどうの、異世界から召喚がどうのとかいう噂がそこら中に溢れてきてんだよ」


「勇者? それってお伽話に出てくる、魔王様の対とか言われるアレか?」


「そう。それそれ」


 アホらしいとジンは思った。 

 その噂が本当だとすれば、お貴族様は魔王討伐と言う悲願をこの世界の英雄達ではなく、異世界の勇者とやらに託したと言う事だ。

 それは英雄達に対して、「お前達には期待していない」と言っているようなもの。

 大事な最高戦力である英雄達の指揮を下げてまで呼ぶ価値が勇者とやらにあるとは思えなかった。

 

「デマだろ、それ。上がそれ程アホだとは思えない」


「ところがどっこい。意外と信憑性のある噂なんだなこれが。上がゴタゴタしてるのは本当だし、こないだ兵士長が「勇者が……」とか言いながらうなされてたし、それに最近宮廷魔導師達が総出でなんかやってるらしいぜ。本気で勇者様が現れるのかもしれねー」


「ほう……」


 それを聞いた瞬間、ジンは低い声で呟きながら、とてつもない殺気を発した。


「つまり俺のスキルオーブの件が流れたのは、勇者のせいでもあるって事か……」


 魔族にも匹敵する殺気に食堂中の兵士がギョっとして視線を集める中、ジンからさらにとんでもない発言が飛び出した。


「殺すか」


「いやいやいやいやいやいや! 逆恨みもいいところだろう! こんな事で下手したら国家反逆罪に問われるような事、冗談でも言うなよ!」


 ジンとしては冗談でも何でもなく、至って本気で言っている。

 スキルオーブの件だけではない。

 もし本当に勇者が魔王の対なのだとすれば、魔王を倒す可能性があると言う事だ。

 それはいただけない。

 ジンは魔王を倒したいが、自分以外の誰かが倒す事は絶対に認めない。

 それは想い人をどこの馬の骨ともしれない奴に、横からかっさらわれるようなものだ。

 嫌だ。

 絶対に嫌だ。

 魔王の運命の人は自分だ。


「どうどうどうどう……」


 さらに殺気を増すジンをなんとか落ち着けようとしてか、カイルが間抜けな事をしていた。

 そんな間抜けな姿を見て、ジンにも冷静さが戻ってくる。


「やっと落ち着いたか……。お前アホみたいに強いんだから、そんな殺気出されたら、ちびるぞ俺」


「……そういえばこの間もちびって、兵士長にどん引きされてたなお前」


「おまっ……! 早急に忘れ去りたい黒歴史思い出させるなよーーーー!」


 「ああああーーーー!」というカイルの間抜けな絶叫を聞いて、緊張していた食堂の雰囲気も元に戻っていく。

 そんな中、ジンは、


「なあ、カイル」


「なんだよ!」


 喰い気味に返答してくるカイルに対して、


「さっきは思わず聞き流したけど、なんで兵士長がうなされてるような現場にお前が居たんだ? おかしくないか?」


 そんな追い討ちをかけた。


「えっ、えっと……その……」


 途端にうろたえ始めるカイル。

 彼らの兵士長であるミネルバは女性だ。

 当然仮眠をとる場所も、男は緊急時以外立ち入り禁止になっている。


「夜這いでもかけようとしたか……」


「うっ……、あっ、あれは一時の気の迷いというか……、っていうか、お前にも好きな女に夜這いかけたくなる気持ちはわかる……訳ないか……」


 同意を得て同情を誘おうとしたカイルだったが、即座にジンの女っ気のなさを思い出してうなだれた。

 ジンは戦闘狂だし、デリカシーの欠片もないが、黙っていればそれなりに整った顔をしている。

 それなりにモテるのだ。

 それなのに、女に対してこれっぽっちの興味も示さない友人に、この弁論は無意味だと悟った。


「……いや、わからなくもない」


 だが、カイルの予想に反して、ジンはそんな事を言った。


「えっ!? マジで!? お前、女に欠片の興味もないのに!? 真面目腐った顔で「戦場こそが俺の恋人だ……」とか言い出しそうな奴なのに!?」


「お前が俺をどう思っているのか、一度きちんと話し合いたくなってきたよ……」


 ジンは呆れた顔でそう言ってから、カイルですら初めて見る、恋する乙女のような顔をして、


「だって俺……、心に決めた人がいるし……」


 消え入りそうな声で、恥ずかしそうにそう言った。


「お前、一途だったのーーーーーーーー!?」


 直後、黒歴史を指摘された時以上のカイルの絶叫が食堂に響き渡った。



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