11話
「はっ」
セレナの光魔法を打ち消すように、魔王の掌から闇の光線が放たれる。
大して力を込めたようには見えないが、その威力は絶大。
セレナの光は簡単に掻き消されてしまった。
……だが、その一瞬の隙をついて、バロンは魔王から距離をとり、死の運命から脱出を果たす。
「バカ野郎! お前、なんで逃げてねぇんだぁ!?」
バロンの叫びに、セレナは応えない。
だが、その目に浮かんだ覚悟を見て、バロンは悟った。
これは絶対に引かないと。
(死に場所を決めた奴の眼だな、こりゃぁ……)
おそらく、バロンも同じ眼をしている事だろう。
そんな眼を見たら、引けなどと言える筈がない。
「……後悔すんなよぉ」
セレナは、その言葉に頷く事で応えた。
セレナの脳裏には、昔の光景が浮かんでいた。
魔王に祖国を滅ぼされた時。
筆頭宮廷魔導師の身でありながら、魔王になすすべもなく敗れ、仲間達に庇われ、逃がされて、醜くも生き残ってしまった時の事だ。
大賢者などと呼ばれる力を持とうとも、セレナは、国も、主も、仲間も、師も、弟子も、友も、家族も、何一つ守れず、全てを失った。
全てを失っても、セレナは生きていた。
本当ならば、主や仲間達の後を追って、死んでしまいたかった。
でも、できなかった。
大切な人達が命と引き換えにしてまで救ってくれた命を自分の勝手で無意味に捨てる事ができなかったのだ。
その時から、セレナの人生は魔王を倒すためだけに費やされる。
どうすれば魔王を倒せるのか、
考えて、考えて、考えて、考えた。
そうして、セレナは創り出した。
魔王を倒せるかもしれない、秘技を。
禁忌に手を染めて……。
だからセレナは逃げない。
今度こそ逃げない。
(ここで差し違えてでも倒す!)
その覚悟を持って、バロンの隣に並び立つ。
その姿は、長年を連れ添った相棒の如く、様になっていた。
そして、セレナもまた、黄金の魔力、煌気を身に纏う。
「ほお! 魔術師の癖に、煌気を使うか!」
魔王は珍しいものを見たとでも言うように、楽しそうに笑ってた。
この少女にとって、二人は脅威とすら認識されていないのだろう。
(後悔させてやる……!)
そんな想いと共に、二人は駆け出した。
◆◆◆
『私に秘策があります。魔王を倒せるかもしれない秘策が。だから、一撃でいいんです。魔王が回避できないような隙を作ってください』
セレナから言われた言葉を信じて、バロンは再び魔王に挑む。
正直、魔王と直接槍を交えたバロンからすれば、本当にこの化け物を倒せるかどうかは怪しいと思っている。
しかし、バロンは賭けた。
それしか勝機はないし、何故か、セレナに命を預ける事に抵抗がなかったのだ。
バロンはそれ程、セレナを信用していた。
短い間とはいえ、共通の苦労を背負い、共に絶対の死と相対した事で、セレナに強い友情を感じているのかもしれない。
バロンは戦い方を変えた。
先程までは、ひたすらに魔王を進ませないための、強力なスキルをぶつけていたが、今回は全ての魔力を煌気に費やす。
既にバロンの魔力は残り少ない。
戦闘可能な時間は、一分を切っているだろう。
そうなれば終わりだ。
その最後の時間を、魔王を抑えこむために使う。
「《プラント》!」
セレナの魔法により、地面から生えた大量の蔦が、魔王を捉えるために動き出す。
「《フレイムスライス》!」
だが、魔王の放った炎の刃に切り裂かれ、燃え尽きてしまう。
(それでいい!)
魔王が魔法を使った分、僅かに剣技が疎かになり、その隙をバロンが狙う。
「そらよぉ! 《一文字》!」
バロンはフェイントを交えて、槍の基本スキルである突き技を繰り出す。
狙いは脚。
動きを止めるなら、一番に狙う場所だ。
「《流れ》!」
しかし、魔王には剣の基本スキルで簡単に弾かれる。
まだ足りない。
──が、
「ぬっ!?」
バロンは弾かれた槍を即座に捨て、魔王に抱きついた。
残り全ての魔力をつぎ込んだ煌気によって強化された、バロンの身体能力と、意表を突いた動きは、
──ほんの一瞬、魔王の動きを止めた。
「今だ! セレナーーーー!」
「はぁーーーー!」
同じく煌気によって、速度を増したセレナは、一瞬のずれもなく、バロンの下へと到達した。
そして、
「《セイクリット》ーーーー!」
セレナの右腕から放たれた、七色に輝く極大の光線は、バロンの横腹を貫通し、
──確かに魔王を捉えた。