闇の目覚め
底の見えない闇。これ程までに恐怖を感じたことは無い。クロノスの言った私のもう一つの力。自分でもどんな能力かすらわからない。のに、なぜここまで恐ろしく感じてしまうのだ。一体、過去の私に何があった? 何も思い出せない。私はヴァルハラで作られ、製作番号87、レーヴァテインであるという事しか覚えていない。ジョワにだけ伝えたが原因は判らない。どうしても思い出せない。
この記憶の奥深くにある闇の底には一体何があるというのだ。私は深い闇に囲まれている。その中で光るたった一つのモノ。私の希望はマスターであるアシルだけだった。でもその闇は邪悪なものではなく、寧ろ聖なる光のようにも感じられた。
気が付くと私はマスターの腕の中にいた。マスターは私を抱きしめたまま寝ている。
ああ、そうか。私は恐怖のあまり思考回路がおかしくなってしまい、マスターに泣きついてしまったのだろう。マスターには済まないことをした。
でもマスターの腕の中は暖かくて心地よい。まるで陽の光を浴びているような気分になる。私のマスターがアシルで良かった。
こっそりとアシルの頬にキスをする。自分でも赤くなってるのが解った。
(マスター、いつもありがとう)
水輝の塔の中、78階の寝室。そこの窓から見える景色は綺麗だった。まだうっすらと星が見えるが、空は朝焼け色だった。その空を反射する水面。空に浮いている島から水が滝のように流れる。その景色に感動していると、アシルがむくりと起き上がる。
まだ眠たげな目を擦って私に言った。
「おー……おはよう。もう朝か」
クスリと笑って私はアシルの横に座った。
『まだ早いよマスター。あの……昨日は迷惑掛けちゃったね』
アシルは笑って私の頭を撫でた。大きくて暖かい手だ。
「気にすんな、俺だってお前に色々助けてもらってるしな」
アシルに撫でられていると自然に顔が緩む。
『ありがとうマスター』
そんな暖かい気持ちに包まれていると、その時間を破壊するように轟音と激しい揺れに襲われる。
激しく塔が揺れる。天井は歪み、ドアが歪んでしまった。花瓶などが地面へと落ちて砕ける。
「くっ、大丈夫かレーテ!」
咄嗟に私を庇ってくれた。そのおかげで私は無事だった。
『ありがとうマスター』
廊下に出ようとするがドアが開かず、苦戦する。そこでドアを私の火で焼けばいいのではと思い、魔力をドアに集中させて、そこだけ燃えるようにする。ドアは焼けて炭になった。廊下に出ると、ジャンヌの声が聞こえた。
「誰か居ますか! こっちからじゃ開けられません!」
「ジャンヌ! 俺だ、アシルだ! 今開けるから離れてろ!」
先程と同様にドアを燃やす。そこから出てきたのは頭から血を流したジャンヌとそれに支えられたジョワだった。ジョワの頭からも血が流れていて、片目を閉じている。足は血だらけになっていて、曲がらない方向へと曲がっていた。たぶん、足の骨をやったのだろう。
『不覚です……。まさか天井が崩れてくるとは……』
部屋の奥を見ると瓦礫で埋まってしまっていた。私達の部屋よりも被害が大きい。
「一体何が起こってる? それよりも、レイラは何処にいるんだ。探さないと!」
『マスター、レイラは多分上にいる。爆発音が上から聞こえたから様子を見に行ったんだと思う』
アシルはジョワを背中でおんぶする。元が剣であるため、見た目よりは軽いらしい。私は負傷しているジャンヌの隣を歩いて塔の中心にある螺旋階段に向かう。
到着すると大勢の兵隊が階段を登っていた。兵の一人が話しかけてくる。
「大図書館で爆発がありました! 直ちに避難をしてください!」
アシルが彼にお願いする。
「ジャンヌとジョワを頼む! 俺はレーテと一緒に上に上がる!」
今回は流石のジャンヌも止めなかった。今のジャンヌでは足でまといになることがわかったのだろう。
「ですが貴方も大切なレイラ様のご友人です。そんな危険なことはさせられません」
だがアシルはそれを聞き入れなかった。私の腕を引っ張って上へ上がる。
「スマン、付き合ってくれ」
アシルも無理矢理私を連れてきたのを後悔している。別に後悔なんてしなくていいのに。アシルは私のマスターなんだから。
『この階から大図書館までは500階近くある。魔法で飛ばないと間に合わないよ』
足を止めて振り返る。アシルは私の目を見て言った。
「出来るか?」
『もちろん』
魔法陣を展開して、アシルと一緒にその中へ飛び込む。魔法陣から出た時には既に大図書館の入り口前にいた。
『成功だよ』
「行くぞ」
扉を開けて、中に入る。見たことのないような数の本棚に、上が見えない程の高さ。そして、目を開けているレイラ。
レイラがこちらに気付く。そして驚いた顔と共に青ざめていく。
「避けて!!」
「え?」
瞬間、地面が波打ち、空気が歪んでいるのが見える。その歪みは高速でこちらに近づいて、私たちを襲った。
「がぁぁ!?」
『ッ!?』
歪みにぶつかった瞬間に吹き飛ばされてしまい、本棚に叩きつけられる。
『あぐっ!?』
一瞬息が止まる。酸素を要求するが、息が吸えない。
地面に落ちた私とアシルはコツコツと歩く音を聞いた。それはレイラのものではなく、誰か違う人のもの。
「面倒だな。そこで寝ててくれないか」
その男は左手をこちらへと向ける。それを見たレイラは叫ぶ。
「危ないっ!!」
彼の左手から空間が歪み始めて、それが高速でこちらへと放たれる。
「『残響』の能力、どうかな。痛いだろうけど我慢して。俺は面倒なことはしたくないし」
ぐわんと視界が揺れる。脳が揺れる感覚。これ以上奴の攻撃に当たれば動けなくなる。自分で実感した。
「あなたは何ですか! いきなり塔を爆破して、何が目的です!」
黒と白の髪のその男は答える。
「俺は帝国に雇われてるだけだ。アクア=エリアを襲撃しろって言われただけ。だるいな、まったく」
見た目から彼は若いと判断できる。だが、目に見てわかるほど強い。
「ま、契約書に載ってなかったし教えるか」
彼は別に帝国の為に働いている訳じゃない。金さえ貰えればどんな仕事でもこなす傭兵のようだった。
「俺の名前は無い。だからコードネームとして『エコー』と呼ばれている。ちなみに今回の目的は終わったし、もう帰らせてもらうよ」
異常だった。襲ってきた相手にしては徹底的に潰すつもりも無く、目的もペラペラと話す。前までの奴らより怪しい。
「まてよ……」
アシルがゆっくりと体をあげる。
「てめぇ、逃げる気か……!」
エコーはそれを見て驚く。そして笑った。
「ハハハッ! まさか『残響』を二発受けてるのに起き上がれるとは! でもお前には立ち上がるくらいしか力が残ってないだろ?」
実際そうだった。アシルの脚は小刻みに揺れ、ふらふらしている。だが、着実とエコーに近付く。
「うるせぇよ……、ジャンヌを、ジャンヌを傷付けやがって!!」
アシルは臨戦態勢に入っているが、レーヴァテインを持っていない。
『マスター! 剣を!』
しかしその声すらアシルには聞こえていない。
「ウオァァァァ!!」
アシルは叫びながらエコーに殴り掛かる。
「面倒だな、さっさと済ませよう」
右手をアシルへと向ける。突然アシルの体が反対方向へと吹き飛ぶ。
「恨むなら帝国を恨めよ。俺は言われた通りにしたまでだ」
肋骨は多分折れているだろう。それでも立ち上がる。
『やめて! これ以上はダメ!』
私が止めなければアシルは死んでしまう。それは絶対に防がなくてはいけない。
「……クソッ!」
エコーは鼻を鳴らしてこう言った。
「俺は面倒なことはしたくない。非効率だし、俺の利益にならない」
めんどくさがり屋なのはわかったが、能力は異常だ。2発食らっただけで意識が飛びそうになった。
「俺は帝国に雇われたけど、別にお前らが雇ってくれても構わない。どうする? 俺は帝国への切符を持っているし、復讐でもなんでもしてやる。ただし、金によるがな」
あくまで自分優先の奴だ。金さえ渡せば殺戮も破壊もしてくれるだろう。だが、私達の目的は帝国への復讐だけではない。だからといってこいつを使わないのは勿体ないような気もする。恐らくマスターも同じ考えだろう。
エコーは笑って言った。
「次に会うときはターゲットか、それとも雇い主かだな。まあ、後者であることを祈っとくよ」
エコーが開けたのであろう穴から飛び降りる。600階もあるし、下なんて見えないのに恐怖など持たずに飛び降りた。しかも、思えば600階にある大図書館の壁に穴を開けた時点で空が飛べるということだ。
「何だったのでしょうか」
レイラはまだ何が起こったのか把握出来ていない。
「さぁな、でも言えるのはあいつは物凄く強いことだな」
マスターの言う通りだと思う。エコーという奴は戦闘能力も高いが、考え方がすべて合理的である。自分の利益が出なければ動かない。逆に利益が出るのなら戦う。敵としては厄介極まりないが、味方としたらとても役に立つ。ただ、かなりの要注意人物であること。場合によっては敵に情報を漏らすということだ。しかしあの言い方からだと、帝国に好き好んで雇われている訳では無さそうだ。
そこでジャンヌのことを思い出す。
『ジャンヌはどうなったの!? 見に行こうよ!』
アシルも苦しそうに起き上がり、服を払う。
「行こう、レイラはどうする?」
「後程まいります。今はここの修復を優先させていただきますね」
私は魔法陣を描いて、テレポートを行った。着いたのは水輝の塔24階、医務室。
そこには負傷した兵や、瓦礫に当たった一般人が沢山いた。
突然、バクンと心臓が跳ねる。機械仕掛けの心臓が痛み始める。
胸を抑えて倒れ込んでしまった。
(い、痛い……! )
強烈な痛みと同時に視界が暗くなる。次第にはほんの少しの光しか判断出来なくなった。
「おい! しっかりしろ! レーテ!!」
アシルの声と同時に聞こえる別の声。
『コロセ』
!? なんだこの声は!? 頭の中に直接話しかけてくる!?
『コワセ』
いや、嫌だ。助けて、話しかけてこないで!
『コロシツクセ』
嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!
────私は なんなんだ?
もう、いい。このまま、闇の中にいた方が心地よい。
『もう、ダレもはイッテこないデ。もう、あンなことシタクない』
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
レーテが倒れて2時間が経った。未だ起きる兆しは見えない。
「レーテ……」
アシルはレーテの手を握りながら祈る。無事でいてくれ、と。
コツコツと歩く音を聞く。振り向くとそこにはレイラがいた。
「アシル様、伝えておくべきと判断したことがあります」
レイラの方を向いて答える。
「教えてくれ」
するとレイラは目を開いて、レーテを見る。
「このことはくれぐれも内密にしてください」
深いため息とともに発する言葉。
「先ほどの『残響』と同じように、私も能力を持っています。能力は『心眼』。そして、レーテも能力所持者です」
「ッ!?」
レーテを見ると能力が見える。それはレーテ自身も気付かないモノ。
「能力名は『惨劇』。それだけじゃない、レーテは能力を二つ持っています」
「なんだと!?」
「でも、詳細がわからない。『惨劇』によって見えなくなってます」
アシルは再びレーテを見る。レーテは恐らく『惨劇』と闘ってるのだ。そう思うと胸が苦しくなる。俺が助けられないなんて、まるであの時と同じじゃないか。
「『惨劇』の能力は解るか」
手を離してコップについであった水を飲み干す。レイラは椅子に座る。
「はい。『惨劇』の特徴は『人格支配』と、『惨劇』を齎すようにしようとすることです。恐らく『惨劇』に勝つことは困難を極めると思います。アシル様も多分手出しできません。これはレーテ様のみの闘いです。負ければ人格の主権は『惨劇』へと移るでしょう」
「クソが!!」
アシルは座っていた椅子を蹴り飛ばす。でも仕方ないだろう。パートナーであるレーテを助けることすらできないのだから。もう、二人には祈る事以外残されていなかった。
レーテが次に目覚めた時、世界の運命が決まる。レイラの『心眼』がそう教えてくれる。『惨劇』による支配か、平和を取り戻すか。
「あなたに渡すものがあります。着いてきてください」
その場から離れるのは心配だったが俺がいた所でどうにかなるわけでもなかった。
俺はレーテを信じるしかない。俺にも能力があれば……。
アシルはレイラの後ろを着いていく。何階か判らないが恐らくレイラの部屋だろう。そこにつくとレイラは、「まっていてください」といって椅子に座らされた。
シーンとした空間。いつもならレーテが隣に居てくれるのに今日は居ない。それがすごく悲しく寂しく思えた。まさか、俺はレーテのことを……。
そんなことを考えているとレイラがある石を持って戻ってくる。
「それは?」
アシルに手渡される。透明だが若干、光を放っているのが解る。
「心眼石。私の能力で作られた唯一無二の能力石です。これをアシル様に授けます」
レイラはそれを渡すとアシルに背中を見せた。
「それは初めて私が能力を使った時に出来たものです。それを使えば相手の能力、感情までもが目に見えてしまう。それさえあればレーテの心の中に入れるかも知れません。それが出来るのは他でもない、貴方だけです」
それをポケットに入れる。レイラは目を開いてこう言った。
「貴方は選択できる唯一の人間です」
何を言っているのか判らなかった。だが、レイラの意思はしっかりと伝わった。
「それじゃあ、行ってくる」
レイラにテレポートをしてもらい、レーテのところへと飛ぶ。
眠るレーテの横に座る。綺麗な顔立ちだ。でも俺には見蕩れている暇なんてなかった。
石を両手で持って願う。レーテの心の中を見せてくれ!
────突然、強い光に包まれる。
眩しい。そして目が慣れて周りが見える。そして驚愕した。
「何だ……ここ」
見たことのない街。空は真っ黒に染まり、明かりは街の光のみ。
そしてある人が話しかけてくる。
「お待ちしておりました。レーテのマスター様」
それは優しい目をもった銀髪の女の子だった。そしてアシルにこう言った。
「私はエスカ。レーテをお救い下さい。私と共に『惨劇』を倒してください」
人物紹介
No.1 アシル=クロード
能力 ???
聖剣 レーヴァテイン
この小説の主人公。仲間思いで、仲間が傷付くことを最も嫌う。ただ、その性格ゆえか、感情の制御ができなくなる時がある。黒髪の青年で、今は右眼だけが紅く染まっている。能力は無いと思っているが、レイラ曰く、面白い能力らしい。親をドンレミ襲撃の件で亡くしてしまう。その復讐のために帝国へと目指す。
No.2 ジャンヌ=ダルク
能力 『天啓』
聖剣 ジョワユーズ
アシルの幼馴染み。誰もが羨むほどの美しさを持ち、時々誘拐などの事件に巻き込まれるほど。平和を好み、争い事は好まない。また、アシル達を失う事に過剰なまでの反応をする。そして、ジャンヌの過去や家族のことを知るものは少ない。
『天啓』は神の声を聞き、未来を予測できる能力。しかし、まだ未熟であり、寝ている間でのみ、発動可能である。