第4話 幻の街のアリス
アクア=エリアの中心、水輝の塔。全750階の740階、特別応接室。そこには異例の客が来ていた。
「初めまして! 私の名前はアリス=プレザンス、ヨロシクね。で、こっちのシルクハットを被った彼が……」
金髪の少女はニコリと笑いながら話していた。
『お初にお目にかかります。クロノスでございます。お見知りおきを』
金髪の青年は黒のシルクハットを外して深々と礼をする。
丁寧すぎる口調で話すクロノスに対し、楽観的な話し方のアリス。
「私はここアクア=エリアの代表者、レイラ=アクアマリンです」
『その従者、ウンディーネでございます』
二人共頭を下げて言った。
「あなた達は?」
アリスは笑顔で聞いてきた。何か無邪気さが感じられる笑顔。
「俺はアシル=クロード。ドンレミの生き残りだ」
「私はジャンヌ=ダルク。アシルと同じだよ」
アリスは微笑んで
「アシルにジャンヌ! よろしく〜」
アリスは立ち、アシルに寄ってくる。そして笑って言った。
「でも〜、まだ居るよね。ちゃぁんと紹介してくれなきゃ!」
ジャンヌは少し警戒する。それはアシルも同じだった。こんな早くにバレるなんておかしい。
「そんな警戒しないでよ。私だって聖剣所持者なんだからさ」
「え? じゃあクロノスって……」
クロノスはアリスの隣に立って言った。
『私はアリス様の聖剣でございます』
そして突然、クロノスは聖剣をアシルに突きつけた。クロノスの顔は冷酷無比だった。氷のように冷たい眼光を向けられる。
『すみませんが、レーヴァテインを譲ってはもらえませんか』
丁寧な口調で言ったが、つまりはレーヴァテインを寄越せ。ということだ。そして寄越さなければ殺す、と。
「……どういう事だ」
アシルはクロノスに負けないような鋭い眼光をアリスに向けた。
「アシルがレーヴァテインを持っていることくらい知ってるよ。その剣は特別な剣でね」
アリスの目的が理解出来た。こいつはレーヴァテインがレアだから欲しいってことか。
「それさえ手に入れれば私は世界を牛耳ることさえ出来る」
しかし一つ疑問が残る。レーヴァテインが世界を牛耳るのに必要というならば、レーヴァテインにはよほどのチカラがあるだろう。アリス達はレーヴァテインの何のチカラを欲しているのか。それが気になった。
「何故そこまでしてレーヴァテインに執着する。レーヴァテインになんのチカラがあるんだ」
それを聞いたアリスは笑った。
「キミ、マスターなのに剣のことを知らないの? アハハ!」
ケラケラと笑うアリスの横でクロノスはハットを深く被り、ため息をついた。
『……制作番号87、レーヴァテイン。そうですね?』
するとレーテは姿を見せる。レーテは見たことがないほど警戒していた。
『なぜ、それを……』
ニヤリと帽子の下で笑うクロノス。
『レーヴァテイン。あなた自身理解出来ているのでしょうか。あなたに秘められた特別なコードを』
レーテの足が震えているのがわかった。何があったのかは知らないが、レーテが嫌で、怖がっているのはわかった。
『そ、それは……』
レーテにはレーテなりの秘密があるのだろう。だが、アシルはそれを知りたいわけじゃない。だって、秘密の一つくらい誰でも持っているから。アシルは立ってクロノスの前に立ち塞がる。
「引いてもらえないかな。レーテは俺の仲間だ」
ジャンヌも警戒して立ち、剣に触れる。何時でも剣を引き抜けるように。
「レーテはあんた達には渡さない……!」
アリスはそれを見てため息をついた。
「はぁあ、キミ達の立場、理解出来てないの?」
アシルの背中に悪寒が走る。すぐさま、剣に手を触れて戦闘態勢に入る。
(来る……!)
「じゃあ、無理矢理にでもレーヴァテイン、貰うね」
瞬間、アシルはレーヴァテインを引き抜き、防御体制に入る。ジャンヌはジョワを鞘から抜き、いつでも攻撃が出来るようにした。その速さは1秒未満。
だが、その速さでもアリスには敵わなかった。
ニヤリと笑ったアリス。ジャンヌは嫌な予感を感じて剣を構える。だが、異変はすぐに起こった。アシルが膝から崩れ落ちたのだ。
「がふっ!?」
アシルは口から血を吹き出す。斬られた腹からは赤黒い物体と共に血を吹き出した。ジャンヌはアシルが斬られた瞬間を見て防御体制に入る。だがそれも間に合わない。クロノスを弾くことは出来たが、クロノスは代わりにジャンヌの左手を切り落とす。
「キャァァ!!!?」
ぼたぼたと落ちる血はジャンヌの服と部屋を真っ赤に染め始める。それを見たウンディーネは真っ先にアリスの首を落とす。ボトリと鈍い音が響き、アリスの首は地面へと落ちる。
消え始めた意識の中、アシルは見てしまった。首だけになったアリスが笑っていたことを。
そして急に妙な感覚に襲われる。ぐわんと曲がりくねる視界。そして、地面にこぼれた血や赤黒い物体がアシルの中へと戻っていくのを見た。
まともに動けるようになるとそこには、首の取れていないアリスと左手のついたジャンヌがいた。
「「!?」」
アシルやジャンヌの見ている光景はついさっき、まさにアリスから斬られる前の光景だった。
「驚いたかなぁ? 私の聖剣、クロノスの能力は時間の停止と巻き戻し。キミ達じゃ勝てないのは理解したかな?」
時間の能力。それはあることを連想させた。そのことを考えてしまったアシルは足が震えて仕方なかった。
時間が止められるのなら、何時でも俺らを殺せるのだ、と。
こんな神のような能力のヤツに勝てるはずがない。どう足掻いたって時間の前に人は無力なのだ。逆らう事すら出来ないモノなのだ。しかもアリスを倒した所で時間が巻き戻されてはキリがない。
「アシル、どうやらキミは理解出来たようだね。そう、私を倒した所で私は復活するし、ダメージを与えたところでリセットされる。しかも私が時間を止めたらキミ達は死ぬことは確定している。つまり、キミ達の生命は私の手の中にあるってわけ」
必ず秘策を思いつくアシルがアリスの前ではまったくもって出なかった。
冷や汗が落ちる。緊張と恐怖で張り詰められたその空間の中、レイラは目を開く。
「アリス、ここから出ていってもらえませんか。私たちの街から早く出ていってください」
アリスはそれを聞いて笑った。
「アハハッ! なにいってんの? 私はいつでもキミ達を殺せ……」
針状の水がアリスの周りを一瞬で囲む。
「ッ!?」
アリスの笑顔が硬直する。何故硬直する必要があるんだ? 時間を巻き戻せばいいじゃないか。
「やっぱり……」
レイラは形勢逆転といわんばかりに微笑んだ。
「アリス、あなたの能力には弱点がありますね」
『!! なるほど。もう見抜きましたか』
「!? クロノス!!」
アリスは怒鳴り声をあげるが、クロノスは冷静に話し続けた。
『では、レイラ様の見解をお教え願います』
レイラは今の状況だけで全てを判断した。クロノスの能力は……。
「クロノスの能力は確かに時間を止めたり、巻き戻したり出来る。ただ、時間を止めたところで包囲された攻撃は避けようがないこと。そして巻き戻しには特定条件下でのみ発動可能であること。答え合わせを願います」
アリスの顔は硬直から焦りへと変化しつつあった。
『では、その条件とは?』
レイラはふぅと息を吐いてから話した。
「恐らくですが、時間の設定をしなければいけないのかと。必要なのは『巻き戻った時の時間』」
例えば12時00分にそれを設定する。その後12時半でそれを発動させれば時間は巻き戻り、12時00分になる。
「そして、制約としては設定した時間帯への巻き戻りは一度しか出来ない事」
先ほどと同じように巻き戻しを行う。つまり時間としては12時。その後、巻き戻った時の時間設定を変えないで時間の巻き戻しは行えないということ。
「もしくは、一日に同じ時間への巻き戻りは出来ない事。合ってますか?」
クロノスは帽子を外して笑った。
『ハハハ! お見事です! 私の能力は貴方の仰る通り、同じ時間への巻き戻りは出来ない。そして時間の設定をする必要がある。100点の回答ですよ』
ただ、それを可能にするには時間を把握していなければ成せない。魔力時計(魔力を感知して、現在の太陽と月の位置を計算して、時間をだす時計)でも細かい時間はわからない。
「アリスさん、貴方も能力者ですね?」
アリスは冷や汗を垂らすが、笑顔だった。まさにやられたと言わんばかりの顔だった。
「ここまでバレちゃあ仕方ない。今日のところは帰らせていただくよ。でもレーヴァテイン、諦めないから」
言い終わると同時にアリスとクロノスはその姿を消した。
『……』
レーテは膝を折り、ボソボソと何かを言っている。
「なん……なの」
ジャンヌは驚きを隠せずにいた。
「ふぅ、危ないところでしたね」
目をつぶったレイラはニコッと笑った。
「また助けてもらったな。ありがとう」
「いえいえ、あなた方も私の大切な友達ですから」
それよりもレーテだ。いつもと雰囲気が違う。
「おいレーテ。大丈夫か?」
だが反応しない。ブツブツと何かを呟いている。
「おい! レーヴァテイン!!」
肩をビクッとさせてこちらを見る。恐怖で顔が歪み、目には大量の涙が浮かんでいた。
『マスター、怖い、嫌だ』
レーテは自分で自分の肩を掴んでガタガタと震えている。
『レーテ、もう大丈夫ですよ』
ジョワの声もレーテには届かない。
するとアシルがレーテの手をつかむ。ビクッとなるレーテ。
「レイラ、部屋を用意してくれるか。俺らとジャンヌの部屋」
レイラはうなづいてウンディーネに用意させた。
「78階は豪華な方だから満足してもらえたら嬉しいです」
といって78階への鍵を渡された。アシルはレイラに別れを言ってから客室へと向かった。ジャンヌとジョワはまだしたい事があると言ってレイラと一緒に何処か行ってしまった。
震えるレーテの手を繋ぐ。少しでも安心させたかった。
「レーテ、俺がいる。俺の命に変えてもお前は守るから」
『マスターは離れないで……。もう一人ぼっちは嫌だよ』
弱々しく呟いた。アシルはため息をついて、レーテを抱きしめた。
「安心して。俺はお前のマスターだ。離れる訳ねぇだろ」
アシルはレーテにどんな過去があろうとも離れる気は無かった。レーテは仲間だし、しかも俺はマスターだ。絶対にレーテを1人にはしない。
「絶対に一人にはしない」
『うん……』
レーテはアシルの腕の中でうなづいた。
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夕方の太陽に照らされる道。
「あーあ、結局レーヴァテイン手に入らなかったじゃん。クロノスのせいだよ?」
『私のせいにされては困ります。実際、レーヴァテインがアクア=エリアにあるとは思いもしませんでしたし。それにアリス様も慢心なさってたじゃないですか。まったく』
アリスはギクッといったような顔をする。
「うぐっ、それはそうだけど……」
クロノスは深いため息をつく。やれやれといって帽子を深く被った。
『もう少し警戒というものを知った方が……』
その時、いきなり目の前に片腕が鉄で作られている男が現れる。剣を腰に刺して鋭い眼光をこちらへと向ける。
「失礼する、私の名はシャルレイト。帝国の者だが、こいつを見たことはあるかな」
シャルレイトが差し出した紙に描かれていた人はまさに先ほど見たある人物と一致していた。だがアリスは嘘をつく。
「ごめんなさい、知らないわね」
シャルレイトは少し黙ってからその紙をしまった。
「時間をとってしまったな、済まない」
「いいよ、時間なんて私にとってはなんの支障にもならないから」
怪しい目を向けられるがアリスは普通に歩き出す。
「あ、そうだ。なんでその人を探してるわけ?」
鼻を鳴らすシャルレイト。
「貴様にいう義理はない」
アリスは笑って言った。
「協力、してあげてもいいんだけど?」
クロノスは黙ったまま、シャルレイトを観察し続ける。なにか怪しい動きがあれば即座に斬れるように。シャルレイトは舌打ちをして話す。
「こいつには神の声が聞こえるらしい。まぁ噂なんだがな。だが帝国はこいつを捕らえろってうるさいんだ。何かしたのかもしれんな」
「ありがとね、素直に教えてくれてよかった」
アリスは時間を戻す。巻き戻しの特徴の一つは、時間が巻き戻されたことを認識されないように出来るということ。つまりはアリスとクロノス以外の巻き戻し前の記憶を無くすことが可能である。
「貴様にいう義理はない」
シャルレイトはアリスに情報を流していないことになった。
「そうね、聞いて悪かったわ」
そういってアリスはその場から離れた。
(なるほどねぇ。あの子、そんな能力を持っていたなんて)
クロノスがアリスに訪ねた。
『あの紙に描かれた少女、たしかジャンヌという名前の……』
アリスは振り向かずに答えた。
「そうね、さっき一緒にいた女の子だよ。神の声が聞けるジャンヌ。ふふっ、欲しくなっちゃった」
クロノスはアリスの狂気に満ち満ちた目を見てしまった。
(アリス様の狂気、やはり常人とは違う。アリス様は一体何者何でしょうか。まあ、知った所で私はマスターであるアリス様からは逃れる事など出来ませんし。彼女の『現在の時間を0.001秒単位で解る』能力は私の『時間』と相性が最も優れてますから)
アリスは正確すぎる時計を何時でも見れるような能力だ。だがこの能力にも代償がある。それをアリスは理解していない。
(アリス様の能力、使うほどに自分自身の寿命を縮めてしまうのが代償。でもこれを知れば彼女は力を制限する。それじゃ私へのメリットがない。最大限活用させて頂きますよ)
そしてそのことをレイラは見抜いていた。場所は変わり、水輝の塔600~700階にかけての大図書館。
ジャンヌの用事でレイラは図書館に来ていた。
(あのアリスさん、聖剣のクロノスに操られていますね。これじゃどっちがマスターか判らないくらいに。だけど、アリスさんの『時間把握』とクロノスの『時間掌握』。面倒でしかありませんね)
本を探しているジャンヌを見て考える。
(そしてまさかジャンヌさんも能力者だとは。神の声を聞けるという『啓示』の能力者。上手く使えば敵に遭遇せずとも王都へと侵入出来るでしょう。ですがあの能力は未発達だ。寝ている間くらいしか『啓示』を受けることは無理でしょう)
不思議な模様をした右眼を抑えてバレないように笑う。
(実際、私も能力者ですしね。私の右眼は全てを見抜くことが出来る『心眼』。能力の把握や隠された事実の読み取り。そしてアシルさんとローランさん。彼等の能力はとても面白いが、自分たちは気付いてない。これ程までに胸が高まることがあったでしょうか。私はアシルさん側に付きますがこれは楽しい時間が過ごせそうですね)
あらゆる思惑が交差する中、さらに強大な力が動き始めた。それはレーテの中で目覚め始める。これからの戦いをさらに激化させる原因となるレーヴァテインのもう一つの力が。