第3話 水は冷たい
泣いてばかりじゃ始まんない。失ってしまったモノはもう取り戻すことなど出来はしない。ならば今、この手にあるものだけでも助けなくては。
「アリシア……」
森のはずれに作られた墓地。その中にアリシアは眠っている。小鳥の囀りが聞こえ、木々から漏れる光はまるでアリシアを天国へとむかえているようだった。
地面を踏む音が聞こえる。軽く踏んでいるようだからレーテだろう。
「レーテなのか」
少しの静寂がその場を支配する。神聖なところで騒ぐ輩など居なかろう。
『はい、マスター』
言わずまいとしていた。でも我慢出来なかった。自分の弱さを実感した。
「俺は、好きな人一人すら救えねぇ。俺は、俺は誰かがいないと何も出来ない奴だ。自分は弱いクセに護りたいものだけ沢山ある」
自分の手を見て自分の弱さを悔いていた。
「はは、無様だよなぁ。笑えるぜ」
するとレーテは後ろから抱き着く。心が落ち着く。
『マスターは私のマスターなんだから。きっと大丈夫だよ』
アシルは俯いたまま拳を握った。
「ああ……、ありがとう」
ログハウスに戻り、出発の準備をする。アシル達はこれからアクア=エリアへと旅立つ。そこでアリシアの友達であるアクアマリンに話をしようとしてる。
そこでとある男性がアシル達のために馬車を用意してくれた。ローランが馬車を動かせるみたいで、それで向かう事にした。
「よっこらせっと」
ありったけの食料と売れるものを持って馬車に乗る。
「気をつけてな! おめぇらはまだ一人前じゃねぇからな。何かありゃすぐにもどってこいや」
いろんな人たちがアシル達を見送りに来た。
「わかってるよ! じゃあな、ありがとよ、おっちゃん!」
馬車をくれた男性にお礼を言って馬車を走らせた。
「ローラン、何かあれば言えよ」
「おう」
アシルとジャンヌは荷台に乗る。ローランとデュランは先頭で馬を走らせる。風で髪が揺らぐ。ガタンと揺れる馬車の中、会話をすることはなかった。それはどう使用もなく孤独感に押し潰されそうになる。
「……この後はどうする」
ローランが前を向いたまま、アシルに聞いた。アシルは黙ったままこうべを垂れていた。
「……アシル。俺はな、アクア=エリアについてちょっと経ったら王都にいく」
ジャンヌが急に立ち上がる。
「なんで!? なんで二人共そんなに王都に行きたがるの!? ねぇ!」
アシルがジャンヌを止める。鋭い眼光で。まるでうさぎを狙う蛇のような目で。
「やめろ、ジャンヌ。俺も王都に行こうとは思っている。だけど流石に速すぎる。周りを解放していかないと攻められないぞ」
「それでも、だ。アリシアをみて気付いた。早く解決しないと被害者は増えるばかりだって。いつ、俺達の番になるかわからないって。アシルもジャンヌもわかってるだろ?」
でもジャンヌは反対し続けた。拳を握りしめ、でも足と肩を震わせて。
「だって、死んじゃったら意味無いじゃん! もっと慎重に行くべきだよ!」
ローランの怒号が飛ぶ。
「だから! ゆっくりしていたら被害者が増えるばかりだって言ってるだろ!!」
「おい! やめろって! 今争ったってどうにもなんねぇぞ」
アシルが立ち上がったその時。馬車は急に止まった。
「ぐぅぅ!」
「きゃっ!」
「うわっ!」
アシルとジャンヌはその場で倒れ込んでしまう。
「どうしたんだよローラン!」
ローランはアシルの方を横目にして言った。
「シッ! 隠れてろ!」
聞き耳を立てるともう一つの馬車の音が聞こえた。
アシルはこっそりと前を見る。その馬車にはエンブレムが刻み込まれていた。
(あ、あれは!? 帝国のエンブレムじゃないか!)
小声でジャンヌに伝える。
(え? 嘘でしょ?)
デュランがこちらを向いて話す。
『荷物の中に隠れて! レーテ、魔術結界を張って、早く!』
言われた通りにアシルとジャンヌは荷物の中に入る。レーテは結界を張ってから具現化を解く。
耳を傾けると、徐々に近付いているように聞こえた。
「おい、何が積んである!」
ローランは強気に反発する。
「あ? なんでもいーだろーがよ」
「さっさと言わないとその首を落とすぞ!」
剣を抜く音が聞こえる。
「ちっ! ただの食料だ」
「本当か……? おい! 後ろを探せ!」
バタバタと何人かが後ろ側に入ってくる音が聞こえる。ガサガサと乱暴に探っているのがわかった。
「おい! 止めやがれ!」
「うるせぇ!」
殴られる音が聞こえる。
(レーテ! 出たらダメか!)
『マスター耐えて! 何か近づいてくる!』
耳を澄ますとまたもう一つの馬車が来ているのが聞こえた。
「何をしているのです? ウンディーネ」
『なにか下郎が邪魔をしているようで』
女性二人の声が聞こえた。
「なっ、なんだと!? 俺らが下郎だと?」
帝国軍は怒りを込めた声を漏らす。そして荷台から降りる音が聞こえたのでアシルとジャンヌは荷物から出る。
「てめぇ! 名を名乗れ!」
『ふぅむ、邪魔をしたがっていますがどうしますか?』
冷静に状況を知らせている。
「ウンディーネ、やってもいいですよ」
『了解』
アシルがその姿を見る。そこにいたのは紛れもない、レイラ=アクアマリンとその従者、ウンディーネだった。
レーテが具現化してアシルの肩からのぞき込む。
『ウンディーネ!? 何故ここに!?』
その声を聞いたデュランは驚愕する。
『嘘!? 驚いた……』
ジョワもそれに気付いて具現化する。
『これは……一体何が起きているのでしょうか』
「ジャンヌ、出るぞ! レイラを支援するからローランを頼む!」
「りょうかい!」
荷台から飛び降りて剣を抜く。
「レーヴァテイン!!」
「ジョワユーズ!!」
炎を纏い、周りに火の粉を散らすアシル。風を纏い、周りに気流を起こすジャンヌ。
『ああ、なんて幸運! レイラ様! アシル様とジャンヌ様ですよ!』
ウンディーネが水を針状にして飛ばしながらレイラに言う。
「今、目を開きます」
レイラが魔法式を手の中に描き、魔力を注ぐ。すると魔法陣が手の上に出来上がる。それを目に持ってきて当てる。レイラは目から手を離すと同時にゆっくりと目を開く。その目は不思議な色をしていた。左眼はアクアマリンのような青色だったが、右眼は本来白目である所が緑で、黒目が金色だった。
レイラはそのオッドアイの目を細めて笑う。
「アシル様、ローラン様、ジャンヌ様。ご無事で何よりです」
帝国軍は巨大な馬車に乗っていたせいか、10名前後いる。
「でも、挨拶をしている暇は無さそうですね。大丈夫です。あなた達には手を煩わせはしません。ウンディーネ」
『はい、マスター』
ウンディーネはレイピアの形となり、レイラの手元へと渡る。
「あんたも聖剣所持者か!?」
ニヤッと笑うレイラ。それを見たアシルは悪寒を感じた。そこにはほんの少しだけ狂気を感じられた。
「水式31、ミズキリ」
レイラの周りから水が現れる。その水が聖剣ウンディーネそっくりの形となり、レイラの周りを囲む。レイラはゆっくりと帝国軍に指を指す。
「穢を排除せよ、我が聖剣ウンディーネよ!」
辺りに浮いた沢山のウンディーネは帝国軍目掛けて飛んでゆく。それを見るレイラの笑顔は狂気の具現化ともいえるようなものだった。輝く瞳を細めて、無邪気に笑うその姿こそ、彼女の狂気を知らしめるのである。アシルの背に走った悪寒はこれを予知していたのかもしれない。戦うその姿、盲目の少女ではなく、狂気に満ちた狂戦士であった。
「アハハッ! 弱い、弱いですね!」
次々に倒れる帝国軍の屈強な男ども。一瞬で残り一人になった。その一人は後退りをして命乞いをする。
「た、助けてくれ。お願いだ……」
泣きそうになっている男のことなど気にもせず、剣を突きつける。
「蜂の巣にしてあげますねぇ……」
「待てっ! レイラ、それくらいにしとけ」
アシルが止めに入るが、レイラは聞いていない。
「汚いものは掃除しないとですから!」
レイピアを喉に突きつけて、笑う。
『アシル様、レイラ様は目を開いたときに剣を持つと人格が変わるんです。サイコパスに近い性格になって敵に対しては容赦ない。こうなったら私には止められません。無理矢理にでも剣を離させてください』
「オーケー!」
地面を強く蹴り、まるで光のようにレイラに近づく。
「オォラァ!!」
剣を強く振り回す。レーヴァテインはレイピアを弾き飛ばした。レイラは反動で倒れてしまう。
「ぅ、うう、あら? どうしたのでしょう」
「ふぅ……危なかったな」
目を閉じたレイラはいつも通りの優しいレイラに戻っていた。
生き残った男はあまりの恐怖で気絶していた。
「では、改めまして」
レイラは服の端を払いながらいった。
「久しぶりです、アシル様。ローラン様。ジャンヌ様」
『無事で良かったです』
レイラはニコリと笑い、ウンディーネは少し泣きそうになっていた。
「でもまさかウンディーネが聖剣だとは思ってなかった」
『まあ、私は普段聖剣として戦ってる訳じゃありませんからね』
レイラはアシルに訪ねた。
「あの……アリシアはどこに?」
「ッ!! ……」
だれもその問に答えることは出来なかった。
「……そう、ですか」
『……お気持ちは察します。やはり、ドンレミ襲撃の件は真実なのですね』
「ああ、俺らは何も出来なかった」
何も出来なかった訳じゃない。現にこの三人と数百名は残っている。それはアシル達のお陰だった。しかし、アシルが助けたかった人達は助けることが出来なかった。アシル達が悪いわけじゃない。それは誰もが承知していた。
「アシル様、貴方のせいではありません。余り自分を責めないでくださいね」
レイラの優しい気遣いが今のアシルにとってはとても痛かった。
『アシル様、これからどうするおつもりですか?』
「俺らは王都に向かう」
途端、耳を劈く声を出す。
「駄目ッ!! なんで、どうして二人共行こうとするの?」
ジャンヌは涙を浮かべながらいった。
「どうしても! どうしても行くって言うなら!」
息が荒くなっていた。今にも溢れんばかりに貯めてある涙。
『マスター……』
ジョワは悲しそうにジャンヌを見つめる。
「わ、私を倒してみなさい!!」
ジャンヌはジョワユーズを抜いてアシルに向ける。
「やめてください! 何故味方同士で争うのです!」
レイラが止めようとするがそれをジャンヌは睨む。
「邪魔、しないでッ!」
強風が吹く。立つことすら厳しくなる。
「な、なんて強い風!」
しかし、相性でいうとアシルのレーヴァテインの方が有利だ。風対炎。だがレイラの見解は違った。
「恐らく、アシル様が負けるでしょう」
『?』
(ジャンヌ様から感じる神のチカラ。あれはなんでしょう?)
「行くぞ! ジャンヌ!」
燃え上がる炎を纏いながらジャンヌに向かって飛ぶ。
「絶対に止める!!」
飛んできたアシルを剣で流し、その力で払う。アシルは飛ばされて後退りする。
「!?」
だがアシルも諦めない。火焔を小さい玉に圧縮して飛ばす。
「喰らえッ!! 火炎弾!!」
だが、それも避ける。アシルはあらゆる攻撃を行うが、ジャンヌはそれをガードするか避けるかして、一向にダメージが入らない。
「攻撃が当たんねえ!」
ジャンヌはアシルの全ての攻撃を躱す。疲労するのはアシルだけだった。
『マスター! チカラの制御をして! これじゃチカラが尽きるよ!』
アシルのチカラが尽きるのも時間の問題だった。技を連発すればチカラが減るのは当たり前のことだ。
ジャンヌは剣を抜き、祈った。
「神よ、私の親友を守る為にチカラを……」
ジャンヌが振るう剣先は必ずアシルに当たる。攻撃が絶対と言っていいほど当たってしまうのだ。
「くそ、どういう事だ?」
アシルはどんどんチカラが無くなっていくが、ジャンヌにはそんなこと関係ない。避けられない攻撃を放つ。
その時にレイラは気付いた。ジャンヌのチカラの正体を。
(未来が見えてる……。つまりは神の声が聞こえるってことかしら)
それからは圧倒的だった。アシルはジャンヌの技を避けることが出来なかった。手も足も出ないとはこの事だ。
「な、なんで……」
「はぁ、はぁ」
アシルはその事実を受け入れられずにいた。それはローランも同じだった。ジャンヌも人よりは強いが、アシルの方が力量は圧倒的だったはず。なのにアシルは負けた。
『マスター、なぜさっきの様な動きが出来たんですか?』
ジョワは姿を現し、服のはしを払いながら言った。ジョワも理解出来なかったようだ。
「な、ナイショ」
ジャンヌは目を逸らして言った。何かを隠すように。
(ふむ、理解できました。一応警告しときますか)
「さて、私は仕事があるのでお先に失礼します。また後ほど。次はアクア=エリアで」
レイラは微かに目を開けて、ジャンヌに近付く。
「そのチカラ、誰にも教えない方が良いですよ」
「?」
レイラはウンディーネと共にその場を去った。
「わかったよジャンヌ。俺は王都へは行かねえ」
ローランも賛成した。だが条件をつけて。
「俺は少し別行動する。なぁに、王都にゃ行かねぇ。だけど力不足を実感した。だから俺はお前らとは別に行動する」
それはローランの意思だった。そしてそれを止めることが出来るわけ無かった。
「……そっか、静かになるな」
アシルは寂しそうに呟く。だが、これは永遠の別れじゃない。
「うん、わかったよ。元気でね」
ジャンヌも寂しそうだったが、笑顔で送り出そうとした。
「ありがとう、馬車はやる。俺は歩いて行くからな。お前らも元気でな」
そして、アシルとジャンヌは馬車に乗って出発した。それを笑顔で見送るローラン。
「すまん、デュラン。付き合わせて悪いな」
するとデュランは笑顔で答えた。
『マスター。責任、取って』
ローランは苦笑して何処かへと歩き出した。ローランは自分のチカラを強めて、仲間を護れるように。もう誰も傷付けないように。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
流れる水が弾ける。水滴が頬にあたって気持ちが良い。
「ここがアクア=エリア」
ジャンヌは目を輝かせながら言った。アシルはアリシアと何度か訪れていたがジャンヌは一度もなかった。
『綺麗なところですね』
ジョワも笑顔でそういった。だが、レーテはあまり喜んでいなかった。
『水は苦手だ。チカラが無くなるし』
レーテの属性は炎。そのため、水は弱点でもあるからだ。
馬車から船へと乗り換えて進む。レーテは完全に酔ってしまった。アシルにもたれかかって唸っている。
『ヤバイマスター。出そう』
「おいやめろ!? 出すなら水に吐け!」
すると船の運転手が言った。
「水を汚すのは大罪です」
「よし、我慢してくれ」
『うえぇ……』
しかし、水の匂いは良いもんだ。心が洗われる。空の色も独特でそれに映える虹。そして岩の上で日向ぼっこをする人魚達。
「可愛い〜。私も人魚みたいに泳いでみたいな〜」
ジャンヌが人魚に憧れるとは。でもそこが女の子らしいといえば、らしいのか。
人魚達がこちらに気付いて手を振る。鱗をキラキラとさせてとても綺麗。青色や赤色。黄色もあるし緑もある。色とりどりの人魚たちが手を振って歓迎してくれた。
「わぁ〜、アシル君! 久しぶり〜。ようこそアクア=エリアへ!!」
アシル達はだいたいVIP待遇なので人魚たちのなかで知らない者はいないそうだ。それも当然、アシル達はここ、アクア=エリアのトップ、レイラの親友でもあるのだから。
すると塔の方向からレイラが水面を歩いてくる。
「ようこそおいでくださいました。このレイラ=アクアマリン、大歓迎致します。と、いいたいところですが……」
深刻そうな顔をしてどこかを見る。
「どうした? 何かあったのか?」
アシルはその場で立ち、あたりを見回す。が、何も変化はない。
「都市機密ですが、貴方がたには教えましょう」
さらに深刻であるような顔をする。ジャンヌも不安になってきたのか顔が少し強ばってきた。
「幻の都市、クロック・エリアからの来客が」
その都市の名前を聞いた瞬間、その場にいた全員が驚いた。そして突拍子もない声が出る。
「はあぁ!?」